第39話
「ロンドぉ!」
部屋に入るなり、ルシアナ様が情けない顔とともに抱き着いてきた。
ぎゅっとすぐに抱き着いていた彼女を俺は受け止める。……まだ、扉を閉める途中だったというのにこんな行動に出てくるなんて、いつもよりもお疲れのようだ。
ひとまず、彼女を受け止めつつ、もう片方の手で扉の鍵を閉めた。
「どうしたんですか、ルシアナ様」
「今日は疲れたんだよぉ……いつもよりもたくさんお仕事いっぱいだったんだもん」
「……それは、大変でしたね」
「もっとよしよししてぇ」
よしよし、と頭をとにかく撫でつつ、彼女のベッドへと向かう。ベッドに腰掛けると、ルシアナ様はいつものように俺の膝の上に頭をのせてくる。
夕食のときに少し見た時はいつものキリッとした顔だったんだけどな……。
それが今はいつも以上に情けない表情でこちらを見てきている。
……それだけ、今日一日にストレスが溜まったということだろう。
今日って、そんなに仕事は大変だったんだろうか?
今はとにかく甘やかしつつ、落ち着き次第、事情を聞いてみるとしようか。
そんなこんなで、いつものように彼女の頭を撫でつつ、問いかけてみる。
「今日も、お仕事たくさんあったんですか?」
「うん……ちょっとしたいざこざがあったみたいなんだ……」
「いざこざ、ですか?」
「……うん。隣の領地が、シアの兄の領地なんだけど……うちの兵士が魔物討伐の時にちょっと入っちゃったみたいで。勝手に入るなって怒られて……でも、魔物放っておいたらどうせそれはそれで怒るくせに……どっちに転んでも絶対何か言ってくるんだもん! 頭きちゃったんだ!」
「……ああ、なるほど。そういうことでしたか」
ルシアナ様の家族たちは王位継承権で争っていて、ほとんどの人たちが仲の悪い状態だ。
疑わしい行動をとると、すぐにいちゃもんをつけられる状態なんだろう。
「それでね……今度、兄がうちにくるみたいなんだ……もう本当に面倒臭くて。たぶん、兄の領地で色々と問題があるから……今日のことを不問にする代わりにとかいって、色々要求されるんだよぉ。もう、本当面倒なんだよぉ」
「……それは、大変ですね」
ルシアナ様はぎゅっと俺の腹に顔をうずめるようにして服を掴んできた。
……本当に、心底嫌なんだろう。
その気持ちは……分からないでもない。
俺は彼女を優しく抱きしめつつ、少し考えていた。
いつも以上にストレスをためている原因について理解した以上、今は存分に彼女の求めることをするべきだ。
「ルシアナ様、無理だけはしないでくださいね」
「もうかなり無理だよぉ……どこか誰も知らないところで休みたいよぉ」
……言葉選びを間違えてしまったようだ。
「ゆっくり、休める日が来るように俺も頑張りますから」
「……うん。私の影武者をやってほしいくらいだよ……」
「いや、それは……」
「でも、キャリンから女装した姿も似合ってるって聞いたよ?」
「いや、それはキャリンに色々手伝ってもらってるので俺も力を貸していると言いますか……」
キャリン……! 何話してんだよ!
ここにはいない彼女の名前を心の中で叫んでいたのだがルシアナ様がぎゅっと抱き着いてくる。
しばらく、そうやってルシアナ様の頭や背中を撫でていたのだが……唐突にルシアナ様が声をあげる。
「うぅ……いやだぁぁ!」
その瞬間、彼女の顔が一変し、甘えた声の中に不満が混じった。
「兄が来る日、仮病したいぃぃぃ! 休みたいぃぃぃ!」
「……落ち着いてください、ね」
よほど、ルシアナ様にとって家族と会うのは嫌なようだ。
いつもよりも酷い状況だし、俺としても力になってあげたいのだが……ルシアナ様の兄が何のためにくるかも分からない状況で俺にできることは少ないんだよなぁ。
「絶対に、嫌な話持ってくるよぉ……。前なんか変なお見合いの話も持ってきたしぃ……今回もどうせ無茶な要求とかしてくるに決まってるんだもん……シア、会いたくないよぉ」
ルシアナ様がさらに俺の胸に顔を埋め、子供みたいに駄々をこねるように言う。 どうやら、兄が来るということ自体が相当なストレスになっているらしい。
「……ルシアナ様、何かあれば、俺が手助けしますから。安心してください」
「うぅ、ありがとぉ、ロンド……でも、もうぅぅぅ……」
俺は彼女を再び強く抱きしめながら、その背中を優しくトントンして、彼女の気持ちを少しでも和らげようとした。
「大丈夫ですよ。俺がついてますから」
「……ママぁ?」
「ママじゃないです」
「パパぁ?」
「パパでもないです」
ぎゅっと抱き着いてきたルシアナ様に、俺はそう返しつつ頭を撫でる。
俺としても、ルシアナ様の心の負担を減らせるのであればそうしてあげたい。
あとで、ルシアナ様の兄について調べてみて、俺にできることを考えてみようか。
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