第35話


 それから、エレナとの魔力操作訓練を行っていった結果……かなり難しいことが分かった。

 常に一定の魔力を維持するのは、大変だ。目標だった三十秒も、達成することができなかった。

 少し気を抜くと、目標としていた魔力量を超えてしまい、「あっ、だ、ダメですロンドさん! 魔力強いです……んあ! いい!」とエレナが反応するからだ。


「……はぁ、はぁ……まだまだ、制御は難しそうですね」

「そうだな。悪いな、何度も過剰に電気を流しちゃって」

「いえいえ、気にしないでください。とても……気持ち良かったので」


 エレナは満面の笑顔である。むしろ、俺が失敗したときの方が彼女は嬉しそうな声をあげるものだから、内心複雑である。

 エレナとの訓練を終えた俺は、その足でルシアナ様の部屋へと向かう。


 以前よりも、ルシアナ様の警備は増しているため、部屋の入口には二名の兵士がいる。

 俺に気づいた彼らが軽く会釈をしてきて、俺もそれに同じように頭を下げる。それから、中へと入っていく。


「ロンド、訓練はどうだった?」

「……ええ、まあ順調、ですかね」


 前には進んでいるが、その歩幅はあまり大きくない。今の悩みはそのくらいだ。

 扉がしまったのを確認したところで、ルシアナ様は凛々しい表情を一転させる。


「ロンド、抱っこしてー」


 ルシアナ様の甘えた声が響く。

 ……いつものこととはいえ、その変化には毎度驚かされる。

 こちらに抱きついてきた彼女を、俺はお姫様抱っこのようにして抱きかかえる。


「……強くなったのはいいけど、抱っこまでさせられるとは思ってませんでしたよ」


 レベルが上がり、ステータスを強化したおかげで……ルシアナ様を持ち上げられるようになった。まさかこんな方法で自分の成長を感じるとは思ってもいなかった。


「今日は、こうじゃなくて……背中とんとんしてほしい!」

「……えーと」


 ルシアナ様の要望を叶えるため、俺はお姫様抱っこから一転抱き合うような形になった。

 言われた通り彼女のリクエスト通り背中を軽くトントンし始めるとそれはもうルシアナ様が満足げな声をあげ、さらに体を寄せてくる。

 寄せてくるのだが、俺の体に押し付けられるルシアナ様の胸と絡みつく彼女の足が、なんというか。


 これ、凄いことになってんだけど。意識しないように心掛けているが、これはさすがにな。

 深呼吸をすると、間近にルシアナ様がいるため、余計に彼女の香りで色々と意識してしまう。

 それでも俺は、ルシアナ様をあやすように抱きしめながら部屋の中を歩いていると、


「ところで、兄弟姉妹たちの間でまた問題が起きているみたいでな。また何か面倒なことが起こるかもしれない」


 ……あっ、いつもの雰囲気で話し始めた。

 ルシアナ様の言葉には、ほんの少しの疲れが感じられた。


「やはり、王位継承の問題ですか?」

「恐らくはな。私が関わりたくなくても、彼らが巻き込んでくることがあるから面倒で叶わない」


 ルシアナ様の表情は、あまりよろしくはない。……もう、関わりたくないという気持ちが強いようだ。

 王族の血筋に生まれた彼女は、常にそうした危機に直面しているんだろう。

 ……大変だな。


「……俺にできることがあれば言ってください」

「ありがとう、ロンド。……今はこうしてくれているだけで十分だ」


 ……ここ最近、ルシアナ様の幼児退行が加速しているのはそういった不安からなのかもしれない。

 なんだかんだあるとはいえ、ルシアナ様に俺は助けられている。

 ……彼女のためにも、彼女がこれ以上悲しまないようにしないとな。



 ルシアナ様の部屋での時間が終わり、俺はようやく自分の部屋へと戻った。

 すでにキャリンが部屋に来ていて、俺が入ってくると彼女は楽しそうな笑顔を向けてきた。

 そんなキャリンは、ベッドに服を並べている。


「ロンドくん、見て見て! 今日の新しい衣装、下着まで揃えてきたんだ!」

「……は?」


 キャリンの言葉に視線を向けてみると、彼女は……本当に女性物の下着を持っていた。


「いや、さすがにそれは……もう今のままで十分じゃないか?」

「ダメだよ! 私まだまだ慣れてないんだもん!」

「だけど、下着は別に関係ないんじゃないか!?」

「関係あるよ! 私、ロンドくんが寝付いてからスカートとかめくりあげてるんだけど、やっぱり男のものだとちょっとテンション下がっちゃうんだもん!」

「何やってんの!?」

「だからスカートめくってるの!」

「犯行の再度の供述は求めてねぇ!」

「……お願い! 私が男性になれるために協力してほしいな……! そうしたら、私ももっと頑張れると思うんだ……!」

「い、いや……そりゃあ協力できるなら……協力したいけど……」

「もしも、私がもっと安定してサキュバスの力を使えるようになったら、夢の中でできることが増えるかもしれないよ?」


 両手を合わせてお願いしてくるキャリンに、俺は首を傾げる。


「……どう変わるんだ?」

「夢の中での時間の感覚を弄れるかもしれないんだ。サキュバスなら、そのくらいは余裕なんだって」

「……な、なんだって? そんなことできるのか?」

「うん。そうやってサキュバスって男性の夢に長く入って、相手の生気を奪い取るんだって。私の場合は奪うことはしないけどね?」

「……単純な話、二倍の時間夢の中で技術の訓練ができるってことだよな?」

「そうなるかな? 慣れてきたら、二倍よりもっと長くだってできると思うよ?」


 そ、それはなんて魅力的な話なんだ。

 剣にしろ、魔力にしろ、技術を習得するにはとにかく時間が必要だ。

 ……今でも、他の人よりも効率よくできているというのに、その時間がさらに短くなるのか。

 それならば、やるしかないだろう。


「キャリン、何でも持ってこい。俺は……全力で女装をするぞ」

「……ほんと!? それじゃあ、早速下着から履いてね?」


 俺の言葉に、キャリンは嬉しそうにそう言ってきたので……俺はまだちょっと迷いはあったけど、女性用の下着を身に着ける。

 これも、強くなるために必要なことなんだ。それから、キャリンから渡されたキャミソールを身に着け、俺はキャリンとともに眠りにつき、夢の中へと入った。


「……私、時間の感覚を弄ってるからね。ロンドくんは、自由に修行してていいよ」

「……ああ、ありがとな」


 早速俺は、夢の中にクラウスさんを召喚し……そこからいつものように訓練を始めていった。

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