第32話
仕事前の朝早い時間。
俺はクラウスさんとの訓練を行うため、庭にきていた。
すでに、クラウスさんは到着していて、俺は少し急ぎ足でそちらへ向かう。
「待たせてしまって申し訳ございません」
「構わん」
俺に気づいたクラウスさんは、すぐに剣を抜いた。
……クラウスさん。最近いつもよりも来る時間が早いんだよな。
訓練も一時間という予定だったが、それよりも長くつけてくれることもある。
ダンジョンボスを倒した俺だが、いまだにクラウスさんと全力でやって勝てるかどうかは分からない。
それでも、クラウスさんがこちらに合わせてくれているからなんとかなってはいる。
クラウスさん、相手に合わせるの上手だよなぁ。
「魔力操作の訓練は日々行っているんだな?」
「……はい、まあ」
日々の訓練を思い出す。毎夜、俺はエレナの部屋へと向かい、あの魔道具によって魔力の操作訓練を行っている。
返事が歯切れの悪いものになってしまったのは、エレナがあんな感じだからだ。
「ならば、今日もスキルを使って全力でかかってこい」
……クラウスさんはそう言って、こちらをじっと見てくる。
かなり魔力操作にも慣れ、剣技だけでなく、【付与術師】としての能力もかなり上がった。
今の俺なら……少しはクラウスさんに食らいつけるはずだ。
深呼吸をして魔力を込める。まずは基本の強化からだ。俺は【加速】と【剛力】を発動する。毎日かかさずルシアナ様の相手もしているため【甘やかし上手】のスキルレベルも6になっている。
それらを同時に使えば、俺のステータスは跳ね上がる。
【加速】に、【しゅんそく】――【瞬足】を合わせ、地面を蹴った。
「……ほぉ」
一瞬でクラウスさんの懐へと入り込み、剣を振り抜いた。今の俺が持てる最高速での攻撃に、クラウスさんはあっさりと反応してみせた。
クラウスさんが俺の体を切り裂こうと剣を振り抜いてきたので、【跳躍】を発動。高く跳び上がり、上から斬りかかる。……同時に【じゅう力3ばい】――【重力3倍】を発動する。
自分とその周囲への重力をあげ、動きの阻害と……何より俺の一撃を重量あるものへと変える。
「……ふん!」
だが、クラウスさんは俺のデバフをものともしない。
一瞬体が沈んだのだが、すぐに彼はスキルを使ったようで俺の剣に合わせる。
軽く受け流されたが、俺はそこから次の一手をすぐに繰り出す。
俺の剣は、無駄なく連撃を続けるように【れんざん】――【連斬】の技を使っていく。
剣に魔力をのせ、攻撃を素早く、加速させ、手数を増やしていく。
「なかなかだが――甘い!」
クラウスさんが剣を振りぬき、俺の体を弾いてきた。
一度距離をとりながら、俺は体を反転させるようにして、【火矢】を放つ。
即座に空中に文字を書き殴り放った火の矢が、クラウスさんへとまっすぐに飛ぶ。クラウスさんは、それを薙ぎ払いで消しとばす。
俺は瞬時に剣に【ざんげき】――【斬撃】を付与し、遠距離からも攻撃を仕掛ける。振り抜いた剣から放たれた斬撃が虚空を切り裂き、クラウスさんへと飛んでいく。
「ほう……【付与術師】は本当になんでもできるのだな」
しかし、クラウスさんはすべての斬撃を軽々と退ける。
さすがだ。だが、まだ終わらない。
「今度はこれで……!」
まず、クラウスさんの動きを止める必要がある。そのために、デバフ魔法である【くもいと】――【蜘蛛糸】の魔法を発動した。手から繰り出された細い魔力の糸が、クラウスさんの動きを絡めとるように狙う。
これで少しでも動きを封じることができれば――。
だが、クラウスさんはそれさえも振り抜いた剣で魔法を切りながら、こちらへ一気に迫る。
クラウスさんは糸を剣で断ち切り、そのまま一気に反撃に転じてくる。彼の剣が俺に迫る。
俺は彼の一閃に剣を合わせる。だが、重い。
「くっ……!」
重い一撃が全身に響く。
……こうなると、【付与術師】は弱い。魔法を発動するには文字を書く必要がある。
ゲームの時も、文字の入力中には他の操作ができないため、それが隙になってしまうという部分はあった。
このままでは、押しつぶされる。
「おおおお!」
声を張り上げ、気合を入れた俺は……クラウスさんの攻撃を横にそらしてそのまま回避する。
すぐさま、次の攻撃へと転じるが、クラウスさんは俺の全てを弾いてくる。
……俺の手札はかなり多く、小技含めればかなりの攻撃になる。
だというのに――全てを受け止め、すべてを返すクラウスさん。彼の実力はやはり圧倒的だ。
結局、クラウスさんに一度も攻撃を当てることはできず、その日の訓練も終わりの時間となる。
「どれだけ手数が増えても、小技ばかりでは結局突破はできない。小技を増やすことは悪くないが、大技を当てるためのものだと考えておけ」
「……つまり、必殺技的なものを磨けということですか?」
「そこまで大仰な表現をしなくともいいがな。……例えば――」
クラウスさんはそういった次の瞬間、剣を鞘へと納め、そして振り抜いた。
瞬間、空気が切り裂かれる音と共に、凄まじい衝撃波が生まれる。
まるで世界そのものを斬り裂いたかのような一撃が放たれた。
「……わしには、この技がある。この技のために全ての剣術は存在する。すべてのわしの剣技はフィニッシュまでを完璧に繋げるためのものだ」
その言葉の後、俺の目の前で次の一撃が繰り出された。
クラウスさんが放った技は、剣士としての最終奥義――【天絶刃】。
巨大な斬撃のエネルギーが、一瞬にして目の前の空間を切り裂き、まるで嵐のような風圧が辺りを襲う。
その破壊力は凄まじい。クラウスさんが放った場所の、地面には深い傷が刻まれる。
敵のすべてを粉砕するかのような絶対的な一撃。……確かに、近距離でこんなものを打ち込まれたらひとたまりもないだろう。
あれだけのクラウスさんの剣術と組み合わされたら、この一撃を回避することはまず不可能だ。
俺は一瞬息を呑んだが、冷静さを取り戻し、問いかけた。
「その技は、【天絶刃】ですよね……?」
……俺も、能力が足りていれば【付与術師】で再現することはできるだろう。ただ、俺のステータスやレベルで発動したところで、威力はたかが知れている。
クラウスさんは一瞬黙って俺を見つめると、フッと鼻を鳴らして言った。
「スキル名は、な」
「……どういうことですか?」
俺が少し戸惑いながら尋ねると、クラウスさんはやけに得意げな顔をして、口元に微笑みを浮かべた。
……いつもよりも、上機嫌な様子だ。
「その技には、真の名がある」
「真の名、ですか?」
「ああ。わしは【終焉ノ漆黒刃】と呼んでおる」
「……は?」
俺は一瞬言葉を失った。俺の反応に、クラウスさんは眉間を寄せる。
「スキル名としては【天絶刃】だがな、本当の名はもっと荘厳でなければならん。だから、【終焉ノ漆黒刃】だ。かっこいいだろう」
「……」
……元々決まっているスキル名に、どうやらクラウスさんは自分で名前をつけたようだ。
どうやら、この人は「技」に自分で中二病的な名前をつけているらしい。
しかも、かなりの自信を持っておられる。
「そうだ。全てのものを滅ぼす、最終奥義だ。スキル名なんぞ飾りに過ぎん。この名こそが真の姿だ。お前も、そのような技名を考えるといい」
……いや、やらないっす。
もしかしたら、クラウスさんは――厨二病なのかもしれない……。
俺は内心、どう反応していいのか分からずにただ頷くことしかできなかった。
クラウスさんの実力は確かだが、命名センスに関しては触れないでおこうと思った。
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