第31話
甘えてくるルシアナ様を受け入れた俺は、いつものように彼女を膝枕しながら頭を撫で片手で資料を見ていた。
すると、ルシアナ様がこちらを見てきた。
「ロンド、なにみてるの?」
「今回、入ってきたメイドの方々の書類ですね」
「ああ、彼女らか。何か、気になることでもあったのか?」
どう、伝えようか……少し迷う。
俺は少し考えたところで、ルシアナ様に濁しつつ、伝える。
「……以前、その。男娼にいたときに裏の人間を見る機会があったのですが……その時に見た人に似ている人がいるんですよ」
「……何? 誰だ?」
「この、リーニャンという人です」
「……ふむ、そうか」
俺の膝の上で、ルシアナ様は渡した紙を眺めていた。
「……一応、経歴などは特に問題なさそうだが。これらは、私が管理する諜報部の方で調査をしてもらっているから大きな問題はないと思うが」
「……それなら、良いのですが」
……杞憂、なのかもな。
「まあ、そう難しい顔をしなくてもいい。頭を悩ませるのは私だけいいからな」
「……かなり、過敏になっているんですね」
「そうだ。私は王位継承権を破棄し、こうして国の端の方で領地の経営を行っているのだが……それでも、私が地方からこの国の王を狙っているという輩もいないわけではなくてな。……無駄に、私の命を狙う輩というのもいるんだ」
そういえば、そうだったな。
この国では、随分と前に王がなくなり、今も……王座を争って醜い争いを繰り広げているんだったな。
「その割には、男娼には一人で来ていたんですね」
「……あの日は、少し自棄になっていた部分もあったんだ」
俺の指摘に、ルシアナ様はぽつりと言ってから、ため息混じりに言葉を続ける。
「あの数日前。……私の妹が毒殺されてな。あの街で葬式が行われ……私は数日街に滞在していた。……それなりに親しくしていた数少ない信頼できる相手でな。あの時の私はかなり落ち込んでいて……死のうかとも思っていた。それならばと最後に興味のあった男娼とやらに行ってみて、思い切りおぎゃってみたいと思ったんだ」
「……そう、だったのですか」
ルシアナ様の妹が、毒殺された、か。
……そういえば、男娼に連れて行かれるときにそんな話を聞いたかもしれない。
俺は自分のことで精一杯でよく覚えていなかったが。
「まあ、そのおかげでお前に出会えたのは運が良かったのかもしれないな」
そう言って、こちらを見て微笑んでくる。俺としても、彼女に拾われたことは運が良かっただろう。
「王族というのは本当に面倒でな。私は……生まれてすぐに女だったことから母に嫌われた。……王には何人も側室がいてな。この国では男の方が価値が高いから、女を産んだ母の序列が下がってしまったからだそうだ」
「……そう、なんですか」
「それでいて、私にも王位継承権はある。死産だった義母に、あるいは自分の子をより玉座に近づけるために恨まれ、殺されかけたことは何度もあった。……そんな中で、母は気づけば死んでいたな」
……王族、大変だな。
というか、この国が余計に大変なんだよな。王様が次の王を決めずに死んだ挙句、女好きでたくさんの側室を迎えて、たくさんの子どもが生まれた。
確かゲームでは『一番能力の高いものが次の王様ね』とかそんな感じの内容の遺言を残したせいで、結構国内が荒れているんじゃなかったか?
「そんなときにな。私は一度だけ父と話す機会があった。……なんて言われたと思う?」
「……ルシアナ様の父といえば、王様ですよね? 俺には……思いつきませんね」
「『人を信用するな』、だ。……父は、王位継承権を持つすべての子に対して、そう伝えているそうだ。家族であっても、王族であれば敵というわけだ。だからこそ、今もこうして王座を争ってたくさんの兄弟姉妹で喧嘩しているわけだ」
ふう、とルシアナ様は息を吐いてからこちらを見てきた。
「その王族の派閥ごとに貴族もいる。本当にどこから誰から命を狙われるか分かったものじゃないんだ」
そのどこか悟ったような、全てを諦めたような彼女の表情に……俺は反射的に口を開いていた。
「俺は……味方です。ルシアナ様に助けられた恩は、忘れていませんから」
「……ふっ、そうか。それは嬉しい限りだな」
……俺は本心からそういったのだが、俺の言葉を受け入れたルシアナ様は俺の言葉を本気のものだとは思っていないようだった。
ルシアナ様は、きっとずっとそうやって生きてきたのだ。だから、他人に期待することをやめてしまったんだ。
「……あたま、なでて」
「……はい、分かりました」
ルシアナ様は俺の止まっていた手に触れ、そう言ってきた。
……この幼児退行も、もしかしたらずっと甘えられなかった故の反動が出ているのかもしれない。
それにしたって、反動がでかすぎる気がするけど。
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