第26話


 ルシアナ様の面倒を見たあとは、夕食を食べ、風呂へと入り、部屋でしばらく精神統一をして自分の魔力について感じ取っていた。

 ……【付与術師】の力を使う時、俺はまだまだ無駄が多いからな。

 魔力を無駄なく使用できるようにすれば、今よりももっと効率よく戦えるようになるはずだ。


 そんなこんなでしばらく魔法の練習をしていると、部屋がノックされ、キャリンが入ってきた。

 いつものようにメイド服に着替え、彼女と共に夢の世界に向かうのだろうと思っていたのだが、キャリンが持ってきた服は違う。


「キャリン、それはなんだ?」

「うん? ドレスだよ?」


 そうではない。なぜメイド服ではなく、それを持ってきたのかを聞いているんだ。

 ……彼女が持ってきたのはどこからどう見てもドレスだ。


 薄いシルクの素材で、淡いピンク色のワンピースドレス。袖はふわりとしたもので、フリルがたっぷりとついていた、可愛らしいデザイン。

 どう見ても「可愛らしい女性の服」でしかない。


「今日はこれをロンドくんに着てもらおうと思ってもってきたんだ」


 キャリンは満面の笑顔で俺に差し出してきた。……いや、普通に考えてさすがにな。


「いや、これはちょっと……」

「お願い! 私、男性苦手を克服したいんだもん! ロンドくん、前に『できる範囲で協力する』って言ってくれたよね?」


 うぐっ!

 キャリンが真剣な目で俺を見つめる。以前俺が何気なく言った「できる範囲で協力する」という言葉が、まさかこんな形で返ってくるとは……。

 そう言われると、俺としても拒絶しづらいんだよぁ。


「……本当にこれ着るのか?」

「そうだよ! それに、ロンドくんは顔が中性的だから、こういう服も絶対似合うと思うんだ!」

「克服するためなんだな? キャリンの趣味とかじゃないんだな?」

「うん!」


 目を輝かせるんじゃない。

 俺はしばらく迷ったが、彼女が本気でどうにかしようとしているのなら、協力したいからな。


「……分かったよ」


 俺は渋々とドレスを受け取り、着替えることにした。

 着替えている間もじっとこちらを見てくる。それは男の体に慣れるために見ているわけで、他意はないんだよな?


 服を着てみると、思ったよりもシルクの感触が滑らかで、肌に触れる感じが妙に心地よい。だが、それでも自分が女性用のドレスを着ているという状況は、どうにも落ち着かない。

 スカートのような足元が軽やかに揺れるたびに、妙な違和感が走る。


 足元が涼しい感覚は……メイド服の時と思っていたが慣れん。

 着替えを終えた俺を見て、キャリンが嬉しそうに俺の周りをぐるぐる回りながら、満足そうに眺めている。


「うん! やっぱり似合ってるよ、ロンドくん! ほら、中性的な顔だから、こういう服も違和感なくてすっごく可愛い!」


 ……褒めているつもりなのかもしれないが、俺としてはそこはどうでもいい。

 キャリンの男性苦手克服のために着ただけだからな。


「それで、これでいつも通り眠ればいいんだな?」

「うん。それじゃ、一緒に寝ようね」


 キャリンは鼻息荒く、ベッドへと入っていく。

 俺は呆れながらも、後に引けない状況だ。少し頬を引きつらせつつ、ベッドに向かう。

 彼女と向かい合う形でベッドに入ると、キャリンは俺の姿を見て何度か頷いてみせた。


「やっぱり、こうして触れ合っていても……苦手意識ないんだよね」

「……それは、俺がこの格好をしているからなのか?」


 一応、彼女が男性が苦手というのを克服したいという話なので、どこに原因があるのかの質問してみる。


「どう……かな? でも、他の執事の人に同じことさせてもたぶん、ここまで気楽には話せないかな?」

「なるほどな。でも、初めて会った時から俺とは普通に察してたよな?」


 少なくとも、俺は彼女の男性が苦手というのを聞くまで知らなかった。


「……そうなんだよね。でも、最初にキミにあったとき、綺麗な子だなぁ、って思ったんだよね。声もハスキーボイスでいい感じだって」

「……ってことは、もしかして初めて会ったときに俺のこと、女だと思ってたのか?」

「うーん、でもなんとなく男の子だと分かったよ? やっぱりサキュバスだからそこら辺のセンサーは敏感なんだよね」


 つまり、誤解したから今俺のことは普通に接することができていたわけじゃないのか。


「これ、聞いてたのか分からないんだが……そもそもどうして男の子が苦手になったんだ?」

「……それは、たぶんだけど村に住んでたときの近所の男の子たちが原因かな?」

「何か、されたのか?」

「いつも、私のこといじめてきてたんだよ? ブスだとかなんとか言って。それが凄い嫌でだんだん男の子と関わらなくなって……気づいたら苦手意識が強くなってたかな?」


 ……なるほどな。


「それって、結構小さいときの話か?」

「うん。六、七歳くらいのときかな?」

「……じゃあ、たぶん、村の男子たちはキャリンのことが気になってたからわざと意地悪してたんじゃないか?」

「ヘ……? な、何それ? 気になってるって異性として? それでなんでいじめるの?」

「小さい男子にはそういう時期があるもんなんだよ。気になる相手に構ってほしくて、変な風にちょっかいかけるんだよ」

「えー、何それ。それで私は男性が苦手になってるんだけど……もしかして、ロンドくんもそういうことしてたの?」


 じとりとキャリンがこちらを見てくる。俺はどうだっただろうか。記憶を漁ってみたが、少なくともそういうことをした覚えはないな。


「いや、俺は特にはしてない。ただ、そういうことがあるっていうのは聞いたことがあったんだ」

「……そうなんだね。とりあえず、私の男性苦手な理由はそんな感じかな。ロンドくん以外は今も無理だから……ロンドくんで練習していかないとね」

「そうか……」


 そう言ったところで、俺は急激な睡魔に襲われる。

 いつものように、キャリンが魔法で眠らせてくらたんだろう。

 ここからは、クラウスさんと戦う日のために、訓練に集中しないとな。

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