第22話

 私が執務室で作業をしていると、部屋がノックされた。

 返事をするよりも先に、扉が開けられると、クラウスが部屋へと入ってきた。


「クラウス。まだ私が返事をしていないのに入ってくるなんて……もしも私が着替えをしていたらどうするつもりだ?」

「どうもしないわい」


 冗談めかしてく私はいうが、彼はふんと鼻を鳴らして言い放った。

 私とクラウスは、幼い頃から交流があった。彼が騎士団長を引退してしばらく、私の護衛を務めていた時期があったからだ。

 その頃から、今のように権力者だろうと臆することなく接する性格をしている。


 多くの貴族たちはクラウスのことを気に食わないと話していたが、私としてはそういうことはなかった。


「それでクラウス。何の用事があってきたんだ? 長くいるようであれば、エレナにお茶の用意をさせるが」


 今日の私の雑務を手伝ってくれているのは、エレナだ。

 クラウスがわざわざ私のもとを訪ねることは少ない。

 おおよそ、彼の話したい内容について予想はできていた。


「別にいらん。……ルシアナ、あの小僧は何者だ?」


 クラウスの声には、普段の荒々しさがあったが、その中にわずかな興味が混じっているのが分かる。


「ロンド。どこにでもいる普通の青年だ。いや、普通よりかは容姿が整っているか。少し中性的で、うちの使用人たちから密かに人気を集めている、な」

「そんなことを聞きたいわけではない。もともと、どこかで剣を学んでいたわけではないのだろう?」

「ああ。そういうことはない。屋敷にくるまでは、レベルも1だったしな」

「そうか」


 クラウスは僅かに驚いた様子を見せて、頷いていた。


「それが、どうしたんだ?」

「……ふん。三日で、まさかあそこまで成長するとは思っていなかったというだけだ」


 なるほどな。クラウスはロンドの急成長に驚いているようだ。

 私もロンドの訓練については少し見ていたが、初日はぎこちない動きで、クラウスにまるでついていくことができていなかった。

 しかし、今日は前回のクラウスならば問題なく対応できていた。

 それだけの急成長に驚いているのだろう。これも、キャリンが協力しているからだろう。

 ……とはいえ、その代償に私の甘えたい気持ちは膨れ上がっているのだが。


「サキュバスの使用人、キャリンに協力してもらって、夢の中で剣の練習をしているんだ」

「……夢の中でだと? そんな訓練方法があったとはな」

「誰でもできるものではない。サキュバスの力を使うには、それなりに力がいるからな。ロンドが熱心だからこそ、キャリンも協力してくれているんだ」

「……なるほどな。熱心だから、か」


 クラウスが軽く鼻を鳴らした。

 その態度からは、少しばかり認めているような様子が見て取れた。もっとも、素直にそれを言う性格ではないのがこの人だ。


「クラウス、お前もそう思っているんだろう? ロンドが熱心だからこそ、応援したくなったのではないか?」

「……余計な仕事を増やされていい迷惑としか思っておらんわ」


 この人は相変わらず素直じゃないな。

 彼がわざわざここまで指導をして気にかけている時点で、ロンドのことを相当気に入ったんだろう。


「開いた道場も弟子が全員やめてしまって暇だったのだから、いいだろう別に?」


 クラウスは剣の道場を開いていたのだが、ロンドにやっていたようなスパルタでの指導だったため、誰もついていくことはできず、すでに弟子は誰もいないとのこと。

 私の嫌味混じりの言葉に、クラウスはふんとそっぽをむいた。


「……最近の若者はだらしない連中ばかりだ」

「とにかく、やりすぎなんだお前は。それが原因で騎士団の特別指導担当を外されたんだろう? 少しは時代に合わせてマイルドに教えたらどうだ? 優しく、笑顔でな……くく」


 クラウスが満面の笑顔で丁寧に指導している場面を想像してしまい、思わず吹き出してしまった。それが気に食わなかったようで、クラウスはまた鼻を鳴らした。


「ふん、馬鹿を言え。わしらは命を賭けて戦うんだぞ。生ぬるい指導で育った奴らはいざという時に必ず臆する。そんな奴に戦場で背中を預けたくはない」


 クラウスの目が鋭く光る。

 ……まあ、彼の言うことも一理ある。命のやり取りをする戦場で、少しでも心の弱いものが死んでいく。

 だが、その厳しさが現代にそぐわないのも事実だ。

 クラウスたちの若い頃とは違い、今は各国の関係も良好で戦争とは無縁だからだ。


「まあ、お前の考えについても納得する部分はある。それで? ロンドはどうだ? あいつは、指導についてこれそうか?」

「まあ……見込みはあるの。だが、今後どうなるかは分からん。ついてこれないと判断したら、すぐに指導は打ち切るぞ、わしはな」

「その褒める言葉を少しでもロンドに伝えたらどうだ? もっとやる気が出るかもしれないぞ?」


 クラウスが一瞬、私を睨んだ。


「それで調子に乗ってサボったらどうする?」

「ロンドに限ってそんなことはないだろう」


 私は、ロンドがどれだけ真剣に剣術に向き合っているかを知っている。

 これまで一緒に生活していて、ロンドが決して途中で手を抜くような人間ではないだろう。

 私が甘えているときだって、なんだかんだ全力で甘やかしてくれるのだからな。


「……まあ、確かにそうかもしれぬな。それんしても、一体どこであんな男を拾ってきたんだ?」


 クラウスが不思議そうに問いかけてくる。


「さて、どこだろうな」


 私は少し意味深な微笑を浮かべ、誤魔化すことにした。

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