第20話



 夢の中で、クラウスさんとの訓練を続けていく。

 疲れを感じることなく、ただ技術に集中できる。

 なんなら、クラウスさんの動きをスロー再生してみたり、何度も同じ動きをしてみたりということもできる。


 ……この環境、神すぎる。

 そんなこんなで何度も反復練習をしていると、近くで見ていたキャリンが微笑んだ。


「ロンドくん、ずっとやってて凄いね」

「まあ、疲れないからな」


 現実だったら休憩の時間が必要だが、ここではそういうこともない。


「どう? クラウスさんと戦ってみて、強くなる秘訣みたいなのは分かったかな?」

「とにかく、回数をこなすしかなさそうだな」

「近道はないってことだよね。……ロンドくんは、どうしてそんなに強くなりたいの?」

「……どうして、か」


 キャリンの問いに、俺は少しだけ過去のことを思い出す。

 理由は、簡単だ。

 何かあったときに力がなければ守ることができないから……だな。

 いざという時に、力がなければいいようにされてしまう。

 たまたま、ルシアナ様に拾ってもらったおかげで、今は色々とうまく行っているが……あのまま男娼で働かされていたらと思うと……な。


「俺には……妹がいたんだけど……両親があちこちに借金してたみたいでな。……その借金を理由に俺も妹も売り飛ばされたんだ。……あの時、力があれば妹を守ることができたんじゃないかって思って、な」

「……そうだったんだね」


 キャリンの表情が一瞬曇るのがわかった。

 俺はそんな彼女に、できるだけ笑顔を見せながら続ける。


「だから、今度こそは……大事な人を守れるようになりたいって思ってるんだ。もう、あんな後悔はしたくないからな」

「ロンドくんは……強いね」


 キャリンが優しく俺に語りかけてくる。だが、俺はすぐに首を横に振った。


「まだまだ、全然強くなんかないぞ」

「そうじゃなくて……ね。……自分の弱いところに真っ直ぐ向き合って、それでも前に進もうとしてるところが凄いなぁって思うんだよ。私は……そういうのができないから」


 キャリンが少し遠くを見つめるように、ぽつりと呟いた。

 その言葉には、どこか深い悩みが隠されているように感じた。


「……苦手に向き合えない、か」

「うん。私はサキュバスなのに男性が苦手でさ……変だよね? 家族とか友人からも、昔は変な目で見られてたんだ」

「……それ、気にしてるのか?」

「今は、あんまり気にしてないかな。でも、昔はやっぱり凄く落ち込んでた時期もあったよ。私が変な子なんだって自己嫌悪に陥っちゃってたしね」


 キャリンが、少し寂しそうに笑った。

 その笑顔は、普段の明るい彼女とは違う、弱さを隠そうとするものに見えた。


「でも、今のキャリンが気にしてないなら、別にいいんじゃないか? 他人の目なんて気にすることじゃない」


 弱さに向き合うことが、必ずしも正しいことでもないだろう。

 キャリンが今の生活で特に困っていなければ、無理に苦手を克服する必要もないんじゃないだろうか。


「……ロンドくん、優しいね」


 キャリンが少しだけ、本来の笑顔を取り戻したように見える。


「別に、優しくはないと思うが……まあ、もし男性苦手なのを克服したくて、俺に何かできることがあれば言ってくれ。いくらでも協力するからな」

「……それじゃあ、その時はもしかしたら無茶なことをお願いしちゃうかもよ?」


 キャリンがいたずらっぽく微笑んで言ってきた。俺は軽く肩をすくめ、笑って返した。


「俺のできる範囲でなら、引き受けるよ」


 そう言って、俺はクラウスさんに向き直り、剣を握りしめる。

 ……もしもこれがリアルのクラウスさんだったら、恐らく黙って待ってくれるようなことはなかっただろう。


「頑張ってね、ロンドくん」

「……ああ、ありがとな」


 キャリンの応援の声を背中に受けながら、俺は再びクラウスさんと戦っていく。

 ……相変わらず、その剣技は凄まじい。

 それでも、一つずつ紐解いていけば、効率よく俺を追い詰めるように振るわれているのがわかる。


 基本の型というものがあるわけではなく、俺の動きに合わせ、無駄なく剣を動かしている。

 ……だから俺も、それをひたすらに真似していく。

 クラウスさんの動きを再現するため、クラウスさんと戦った時の俺を召喚してみて、戦ってもみてみた。


 ……うん、今なら分かる。

 俺が、どれだけ無駄な動きをしているのかというのが。


 そうして俺は、過去の自分とクラウスさんとの戦いを繰り返していき、自分にとって足りない部分を磨いていった。

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