第19話
夜を迎える前に、俺は一度ルシアナ様の元に向かった。
部屋の扉をノックすると、ルシアナ様の声が返ってきた。
「誰だ?」
「……ロンドです。少しお話があって来たのですが」
「そうか。入っていいぞ」
ルシアナ様からそう返事があり、俺はすぐに扉を開いて中へと入っていく。
ルシアナ様は本を読んでいた。部屋には、本日の担当であるエレナの姿もある。
ルシアナ様は視線をこちらへと向けてきて、首を傾げた。
「どうしたのだ、ロンド?」
俺がここにきた理由は、キャリンと夢の中で特訓をするため、夜にルシアナ様の相手を務めることができないというものだ。
……ただ、エレナさんもいるので、はっきりと伝えることはしない方がいいよな。
「実は……今夜キャリンの力を借りて、夢の中で剣の訓練をしようと思っているんです。……一応、変な誤解を与えないようにと報告しにきまして」
真の理由は違うが、こう言っておけばエレナも納得してくれるだろう。
ルシアナ様は少し驚いた様子を見せた後、すぐに俺の言いたいことを察したようで、頷いてくれた。
「なるほど。そういう理由であれば理解した。それにしても、クラウスに気に入られたようでよかったな」
「気に入られたのでしょうか? 暴言をかなり言われてしまいましたが」
「クラウスに次の訓練をつけると言われただけでも、大したものだ」
……キャリンも同じようなことを話していたな。
「ひとまず、初日で打ち切られなくて良かったです」
「ふふ、まあ私は大丈夫だと思っていたがな。ああ、そうだ。キャリンは男性が苦手だからな。あまり、変なことをしないようにな」
「……え? キャリン、男性苦手なんですか?」
「ああ、そうだ。お前のことは……まあ、大丈夫なようだが、一応な」
「……分かりました」
……男らしい男が苦手、とかだろうか? 今の俺、そんなに強くないし、男とかそういう目線で見えないのかもしれないな。
ひとまず、必要なことは報告したので俺はルシアナ様に軽く礼をして部屋を後にした。
自室へと戻り……寝る準備を整えつつ、僅かに緊張しながら待っていると、部屋がノックされた。
「ロンドくーん、入っていいかな?」
「どうぞ」
ドアが開くと、そこには寝巻き姿のキャリンがメイド服を手に持って立っていた。
……何故にメイド服を持参しているんだ? 不思議に思っていたのだが、キャリンはにこりと微笑み、俺の顔を覗きこんできた。
「ロンドくん、これプレゼント」
……なぜ、メイド服?
ていうか、夜におしゃぶりだったり、メイド服をプレゼントしてきたり……異世界の女性ってちょっと変なのではないか?
「これ、なんなんだ?」
「メイド服だよ」
「服の種類について聞いているんじゃない。なんで俺にこれを?」
「それには少しばかり複雑なお話がありまして……私って男性が苦手なんだよね。これってロンドくんに話したっけ?」
「……いや、ルシアナ様から少しだけ聞いたな」
「それなら良かったぁ。今夜、私がロンドくんに力を使うためには添い寝してあげる必要があるんだ。……だけどほら、男性って意識しちゃったら私もうまく力使えないかもしれないからね。だから、これ」
「……俺がメイド服を着て、男性と意識しないようにしたい、と?」
「そういうこと! 理解早くて助かるよ!」
理解早くて残念だよ!
「……どんな解決方法だ」
「画期的でしょ?」
「……」
まあ、でもそのくらいの偽装でキャリンの負担にならないのならいいか。
「さあ、着て着て! すぐに夢の中で訓練しよっか!」
……なんか、やけに鼻息が荒くなっていて、俺にメイド服を着させることに興奮しているように見えるが、他意はないんだよな?
俺はキャリンを信じ、しぶしぶ服を手に取り、彼女の指示に従うことにした。
それからすぐに着替えを行い……僅かながらの迷いはありながらも、キャリンの前に立った。
「うん、似合ってる! やっぱり男でも、ロンドくんみたいな中性的な顔ならイケるね! そそるね! さあ、それじゃあ一緒に寝よっか!」
キャリンは満足そうに笑みを浮かべると、俺の手を引いてベッドに誘導してくる。
そして、ベッドで横になり、彼女が俺の体に軽く触れると……急に意識がすっと遠のいていく。
これが……サキュバスによる睡眠系の魔法だろうか。
それから少しして……目を開けると、そこには暗い世界が広がっていた。
「ここは……夢の中か?」
俺がそう呟いた瞬間、見慣れた庭が眼前に広がっているく。
「お待たせ、ロンドくん」
その声に振り返ると、キャリンが満面の笑顔で立っていた。
だが、俺の体を見て、彼女は急にニヤリと笑う。
「ここはもう夢なんだよな?」
「そうだよ。そういうわけで、少しま遊んでみようかな」
「……え?」
キャリンがそう言った次の瞬間、俺の体が変化した。
胸元が膨らみ、どこか線の細い……女性の体になっていた。
軽く胸に触れてみたが、本物だ。……これもサキュバスの能力なのか。
「うん、似合う……!」
キャリンが楽しそうな声を上げる。……俺は小さく息を吐いてから、彼女をじっとみる。
「今から、訓練するんだけど」
「ごめんごめん。ちょっと遊びたくなっちゃって。すぐ戻すね?」
キャリンが手を振ると、俺の体はすぐに執事の格好へと戻っていた。
「それじゃあ、簡単に説明するね。今は夢の中だから、さっきみたいなこともできるんだ。他にも自分の好きなように物や人を召喚することもできるわけで……やってみる?」
「……そうだな」
……もちろん、俺が召喚するのは今朝戦ったクラウスさんだ。
彼のことをしっかりと思い出し、目の前に再現する。
今朝またクラウスさんが、すぐに目の前に出現する。
「おお、初めてにしては上手だね」
「……どうも。これで、好きなだけクラウスさんと戦えるよ。ありがとな」
「ううん。気にしないで。それじゃあ、私は見てるから頑張ってねー」
キャリンは手を振ってから、少し離れた場所に移動し、椅子を作り出して座った。
あそこなら、キャリンを巻き込むことはないだろう。そもそも、巻き込まれても夢の中だから問題ないのか。
俺は剣を構え、クラウスさんと対峙する。夢の中とはいえ、彼の威圧感は変わらない。
こちらが剣を構えた瞬間、即座にクラウスさんが動いた。
振り抜かれた剣を受け止め、俺は反撃に転じる。だが、かわされる。
そうして何度も打ち合いながら、あることに気づいた。
現実と違い、疲れを感じない。これなら何度でも技術の反復練習ができる。
これは、最高の訓練場を見つけてしまったかもしれない。
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