第18話
ルシアナ様からクラウスさんに話は通してくれたようで、屋敷に来てくれることになった。
そして、約束の日。
俺は剣の師匠として紹介された男――クラウスさんと屋敷の裏にある庭で会うことになった。
ここは、普段俺が訓練に使っている場所だ。
……彼が、かつて騎士団長を務めていたという剣士、か。
彼の風ぼうおは、一瞬何かのの冗談かと思ったほどだった。
その姿はまさに浮浪者そのもの。
まず目に飛び込んできたのは、擦り切れたような茶色のマント。
何年も洗っていないんじゃないかというような色をしていて、ところどころに穴が開いている。
マントの下に見える服もまた、ぼろ布のようにくたびれていて、色あせたシャツは薄汚れ、ズボンはすっかりヨレヨレだ。
……一応、洗ってはいるのだろう。特別変な臭いがするということはない。
どこをどう見ても、かつて王城で騎士団長を務めたとは信じがたい風貌だ。
だが――対面すればわかる。
彼の放つ威圧感から、只者ではないということが。
「お前が、剣を学びたいってやつか」
低く響く声には、何か底知れぬ重みがあり、一瞬にして空気が変わるのを感じた。
クラウスさんは、俺の視線を軽く無視しながら、こちらを見下ろしてくる。
その瞳は鋭く、まるで俺の内面を一瞬で見抜かれたかのような感覚に襲われた。
「構えろ」
クラウスさんはそれだけを言って、即座に剣を抜いた。
……俺も、慌てて剣を抜くと、すぐさまクラウスさんが地面を蹴った。
この動きは――!
【剣士】のジョブで習得できる、【飛翔脚】か……!
一瞬で眼前に迫ってきたクラウスさんに、俺はなんとか剣を合わせる。
「悪いが、わしもそう暇ではなくてな。可愛い可愛いルシアナの頼みだから引き受けたが……貴様にやる気がないのなら、即座に打ち切らせてもらうからの」
「……そう、ですか……!」
どうやら、型を学んだりといったお行儀の良い獅堂方法ではないようだ。
実践形式で、見て覚えろ、体で覚えろ、ってことなんだろう。
クラウスさんはそれから一気に剣を振り抜いてくる。
……速い。最初こそスキルで距離を詰めてきたが、そこからは単純な剣の打ち合い。
力は、俺に合わせてくれている。だから、鍔迫り合いになれば互角に戦えるのだが……それ以外の全てで、クラウスさんが上回っている。
ステータスやスキルによる差ではない。単純な、剣の腕前による実力差だ。
クラウスさんに向かって一気に飛びかかる。
だが、俺の一撃は簡単にいなされ、その剣はあっさりと脇に逸らされる。
「……くっ!」
振り向きざまにもう一度斬りかかるが、まるでクラウスさんの剣はそこにないかのように俺の攻撃をすり抜けてくる。
……コマンドバトルで、クラウスさんだけ二回行動、いや三回行動ぐらいはしているかのように無駄がない。
俺の攻撃は、全て弾かれ、かわされ、当たらない。
一撃、一撃……剣の動きは流れるように滑らかで、俺の技術がまるで子供のお遊びに見えるほどだ。
――強すぎる。
……圧倒的な実力差に、絶望よりは喜びが大きかった。
クラウスさんの動きをじっくりと観察し、剣を合わせていく。
だが、クラウスさんの振り抜いた剣に弾かれ、俺の剣が宙を待った。
「小僧、終わりか?」
「……いや、もう一度お願いします」
「ならばさっさと剣を拾え」
クラウスさんに弾かれた剣を握り直し、俺は即座に構える。
クラウスさんはすぐにまた俺へと突っ込んできて、俺は必死にくらいついていく。
何度か体に剣の腹などもぶち当てられていた。はっきり言ってスパルタ教育だが……剣の技術は確かだ。
……クラウスさんに追いつければ、もっと強くなるだろう。
そんな思いとともに、彼と休みなく剣を振り合っていると、クラウスさんが軽く息を吐いた。
「今日の指導はここまでだ。わしは三日に一度ここに来る。それまでに、わしが教えた剣を覚えてこい、そうでなければ次の指導はないからな」
「……わ、分かりました。ありがとうございました!」
「……ふん」
クラウスさんは短く息を吐いてから、俺に背中を向けて去っていった。
……学ぶことが、多すぎたな。
クラウスさんとの戦闘で得たスキルは特にない。ということは、あの剣の腕前にスキルは関係ないのだろう。
……つまり、誰でも努力次第であの領域に到達することができるというわけだ。
俺も、あのくらいになりたい……!
……とりあえず今学んだことを今日のダンジョン探索で試してこないとだな。
一日ダンジョンへと潜り、夕方屋敷へと戻ってきていた。
明日と明後日はルシアナ様の執事としての仕事があるわけで、剣の訓練をするのは難しい。もちろん、朝と夜で剣を振るつもりではあるが……それだけで今日教えてもらった技術の全てを習得するには時間が足りない。
……うーん、どうしようか。
俺がしばらく考えこみながら庭で剣を振っていると、キャリンがやってきた。
「ロンドくん、難しい顔してるけど大丈夫?」
「……ああ、大丈夫だ」
「でも、なんだか表情険しいよ?」
俺の真似をするように、眉間を寄せていた。
「……その、今朝剣の指導をしてもらっていたんだけど――」
「あっ、クラウスさんだね。でも、良かったね。次の訓練つけてもらえるのって珍しいみたいだよ?」
「え? どういうことだ?」
「クラウスさん、興味ない人には本当に興味ないみたいなんだよ。ルシアナ様の抱える兵の人たちが話してたけど、皆初日で拒否されちゃってたんだって」
「……そう、なのか」
ということは、俺はクラウスさんのお眼鏡に叶うセンスがあったということなのかもしれない。
「だから、良かったねってことなんだけど……でも難しい顔してるよね?」
「実は今朝教えてもらったことを、次までに覚えないと指導がないって言われちゃってな。……ただ、明日と明後日は執事の仕事もあるし、どこで反復練習をしようかと思ってな」
「……うーん。仕事もあるから大変だよねぇ」
俺は苦笑しながらキャリンに答えると、彼女は少し考えるようにしてから何かを思い出したように手を叩いた。
「それなら、ちょっといいこと思いついちゃったよ」
「いいこと?」
「うん。ちょっとだけお姉さんが手伝ってあげようかなって思ってね」
「剣の訓練をしてくれるってことか?」
「違うよっ。構えないで! 質問です。私の種族はなんでしょうか?」
「サキュバス、だったよな?」
「そうだよ。サキュバスは夢に干渉する力を持っててね。私も他の人の夢に干渉できるんだ。ルシアナ様が寝つきが悪い時とかは、一緒に寝てあげてるんだからね」
……そうなんだな。
でも、それが何に関係するんだ? ……いや、待てよ。
そういえば、ゲーム本編でもあったな。
サキュバスの鍛錬道場というのがあり、サキュバスの力を用いて過去に戦った強敵を出現させる訓練道場というのがあった。
「俺の夢に干渉して……夢の中で技術の訓練ができるようにしてくれるってことか?」
「おお! 理解早いね、さすがー。夢の中だから体は鍛えられないけど、技術の確認をすることはできると思うよ? どうかな?」
めちゃくちゃ、魅力的な提案だ。
クラウスさんに指導してもらうまで時間が足りないのは明白だ。
夢の中で訓練をつけてもらえるのなら、寝ている間がそのまま訓練時間になる。
「じゃあ、今夜……お願いしてもいいか?」
「うん、もちろん。じゃあ、夜に君の部屋に行くから、準備しておいてね」
え?
そう言ってキャリンは去っていったが……夜、俺の部屋に来るのか。
ど、どうしよう? とりあえず、ルミナス様に話しておかないとだよな。
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