第17話

 朝日が差し込み、俺は静かに目を覚ます。

 俺が屋敷に雇われてから二週間。

 執事としての生活にも、ようやく慣れてきた。

 毎日、早朝に起きて身支度を整えるところから、俺の一日は始まる。


 鏡の前に立ち、燕尾服へと袖を通す。

 襟元を整えて一息つく。

 俺に合わせて作られた特注品のようで、かなり動きやすい。


 これで俺の業務の準備は終了だ。ただ、まだルシアナ様を迎えるには早い時間だ。


 なので俺はこの時間を利用して剣の練習をしている。

 屋敷の裏手にある庭に向かうと、腰に差していた【黒雷剣】を鞘から抜いた。

 それから、剣の技術を少しでも向上させるために剣を振っていく。

 ゲームでは、ボタン連打で自動的に連続技を繰り出してコンボを決めてくれていたが、現実だとそう簡単にはいかない。

 思い描いたように体が動かないのだ。


 剣術スキルのレベルが上がれば状況が変わるかもしれないと思って毎日剣を振っているのだが、今の所大きな変化はないんだよな。


 剣術は、剣によるダメージ増加なので技術的なものはまた違うのかもしれない。

 ゲームのキャラみたいに軽やかに連打でコンボが決まるなんて……俺にはまだまだ先の話になりそうだ。

 軽く体を動かすと、ちょうどいい時間になる。

 剣を鞘へと戻し、執事としての仕事へと向かう。


 まずばルシアナ様の部屋へと向かい、着替えを行うところからだ。彼女は最低限の下着のみを身につけ、俺がドレスを着せていく。

 ドレス、と言っても社交界に参加するような豪華なものではない。動きやすさを重視した簡素で安いものらしい。


 まあ、安いって言っても俺の給料で買えるものではないと思うので、扱いは慎重だ。

 初めの頃は着替えさせるのに恥ずかしさはあったのだが、今はもう慣れた。

 ルシアナ様の着替えを終えたあとは、彼女の朝食に付き添う。一緒に食事をすることはせず、食堂で彼女の様子を見守ることになる。


 朝食を終えたところで、ルシアナ様の事務作業が始まる。

 特に大きな問題はなく、途中休憩で食事などをとっているとあっという間に一日が過ぎていった。


 ルシアナ様の入浴を手伝うとだいたい一日の業務が終わり、俺の仕事も終わる。

 シャワーを浴びて一日の疲れを流した後、俺は部屋に戻り剣を軽く振る。

 朝と夜。それが俺が剣を学ぶ時間だ。


 と言っても我流なので、どこまでこれで成長しているのかは分からないが。

 そんなこんなで寝る前に少し剣を振っていると、背後から声がかかる。


「ロンド、また剣を振っているのか?」


 振り返ると、そこにはルシアナ様が立っていた。

 彼女は俺が剣を握る姿を見つめ、興味深そうな様子だ。


「ええ、まだまだ未熟ですが、少しでも上達したくて」


 そう言って、俺は剣を納めた。彼女がここにいるということは、つまりは甘やかせということだからな。

 そう思っていたのだか、ルシアナ様は少し考えるような素振りをみせた。


「剣を学びたいのなら、一応案内できる人がいるかもしれない」

「案内できる人……ですか?」

「そうだ。クラウスという老人でな。私の知り合いで、かつて王城で騎士団長を勤めたこともある剣の達人だ。お願いすれば、剣を教えてくれるかもしれないな」


 クラウス? ゲームでは聞いたことがないキャラクターだな。

 でも、王城で剣を教えていた人というのならかなりの腕前のはずだ。

 ……スキルだけで強くなるには限界があるようだし、師事するのもありかもしれない。


「ぜひ、剣を学んでみたいです。お願いしてもいいですか?」

「ふふ、そうか。それなら手配しておこう」


 ルシアナ様はどこか嬉しそうに頷いた。

 そして、懐から何かを取り出した。


「……さて、それじゃあ今日のプレゼントだ」


 そう言って差し出されたのは、見たことのないおしゃぶりである。

 ……おしゃぶりって。一体それをどこから入手したんだ。

 俺が困惑していると、ルシアナ様が俺へ両手を差し出してきて、


「ばぶぅ!」


 抱っこを要求するように声を上げる。

 俺がベッドに腰掛けると、ニコニコ笑顔でルシアナ様が俺の膝の上へとのる。差し出されたおしゃぶりを受け取り、俺がルシアナ様の口元へと運ぶと、嬉しそうに咥えた。


「ぶぅ!」


 ルシアナ様は嬉しそうに微笑み、甘えん坊モードに突入した。俺はそんな彼女をあやしながら、次の剣術の訓練が楽しみだと思いを馳せることにした。

 現実逃避ともいうな。


 ……それにしても、なぜルシアナ様はこんなに幼児退行するのだろうか?

 それだけ、仕事が大変なのだろうか?

 そんなことをぼんやりと考えてながら、ルシアナ様の頭を撫でていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る