第5話
「まず、この茶葉を少しだけ温めるのがポイントなんだ。ポットに入れる前に、軽く湯気を当てて香りを引き立てるの」
彼女がティーポットに湯を少し注ぎ、茶葉をくるくると回しながら湯気を通す。
その一瞬、部屋全体にほんのりとした甘い香りが広がった。
「それから、適温のお湯を使うのが大事。熱すぎても冷たすぎてもダメだから、少し冷ましてから注ぐんだよ」
キャリンは適温まで冷ましたお湯を、ゆっくりとティーポットに注ぎ入れた。茶葉がふわりと浮かび、しばらくしてポットの中でゆっくりと沈んでいく。
「お茶が出るまで少し待って、三分くらいかな。このお茶はじっくりと蒸らすことが大事だから、焦らないでね」
彼女の手元で、じっくりとお茶が抽出される時間が過ぎていく。
三分が経ったところで、キャリンは茶葉をティーポットから取り出し、近くにあった別のティーポットへと入れた。
「まだ何度かこの茶葉は使えるんだけど、ルシアナ様に出すのは最初の一杯だけなんだよ」
「じゃあなんでまたティーポットに入れたんだ?」
「廃棄するのはもったいないから、使用人たちで飲んでるんだ」
キャリンがウインクとともに節約の知恵を話してくれた。
……まあ、特に問題がないならいいか。
「これで完成だよ。あとはルシアナ様の仕事を邪魔しないように、お茶を出すタイミングを間違えないでね」
キャリンはティーカップにお茶を注ぎながら、香りを楽しむように深呼吸をした。その爽やかで甘みのある香りが俺の鼻をくすぐる。
「……わかった。ありがとう」
「それじゃあ、執務室に戻ろっか」
「分かりました」
キャリンはトレーにティーカップをのせ、優雅に歩いていく。
……この立ち居振る舞いも、やはり第七王女の使用人というだけあって丁寧だ。
ノックしてから再びルシアナ様の部屋へと戻った俺たちは、それからキャリンが邪魔にならないよう机の端にティーカップを置いた。
「ルシアナ様、お茶をお持ちしました」
「ああ、ありがとう」
ルシアナ様は一瞬、ペンを止めてお茶に手を伸ばし、軽く一口飲んだ。
思わずこちらが見惚れてしまうような美しい所作だ。
ふぅと息を吐いた彼女は、またすぐに書類へと集中していく。
彼女の一挙手一投足が的確で、無駄がない。
凛とした表情で書類に視線を通し、ペンを走らせたり判のようなものを押したりしていく。
キャリンが机の方へと近づいてから、口を開いた。
「ロンドくん。次はルシアナ様の書類の整理を手伝っていくよ」
「分かった」
執務室の一角に積まれた書類の山を手に取り、ルシアナ様が既にチェック済みの書類を分類していく。
……それにしても、書類は多い。中を少し見てみると、領内の毎日の状況報告のようなものが書かれている。
「書類ってこんなにたくさんあるものなんだな……」
「領地の管理は細かい作業の積み重ねだからね。特に税収や住民の生活状況の確認なんかは、ひとつ間違えると大変なことになるからね。この書類はここだね」
……棚にまとめられている書類に、日々の書類を差し込んでいく。
異世界ではあるが、印刷技術のようなものは高いようだ。……ゲームでも、魔法書を製作するジョブとかあったし、恐らくはそこら辺が関係しているんだろうな。
そうして、書類作業や飲み物の提供をしていると、ルシアナ様の一日の業務も終わる。
「今日はこんなところだな。面会がない一日は、ラクでいいな」
ルシアナ様が軽く背筋を伸ばして、息を吐いた。
キャリンがそんなルシアナ様に用意しておいたお茶を差し出す。
「お疲れさまでした」
「ああ、ありがとう。どうだロンド? 仕事は覚えられそうか?」
「ええ、まあ。とりあえずは問題なさそうですね」
……正直言って、この仕事内容自体にはそこまで苦労はない。
書類が溜まり次第、書類をまとめていく。ルシアナ様の様子を伺い、飲み物を提供する。あとは、キャリンから口頭での説明のみだったが、貴族などの面会がある場合は飲み物の用意、貴族の方のお出迎えや案内をすることもあるそうだ。
「……覚えがいいな。後半は、一人で業務を行うこともあったようだし……これは、とんだ掘り出し物だったな」
「ルシアナ様の見る目はさすがですね。どちらで出会ったのですか?」
キャリンが何気なく問いかけた一言に、俺は頬が引きつった。
しかし、ルシアナ様は特に気にした様子はなく、笑顔で答える。
「この前訪れた街で入った店でな。中々に仕事のできる奴だと思って観察して、そのままスカウトさせてもらった」
……うん、嘘は言ってないな。そのお店で、俺の仕事能力についてみる場面はなかったと思うが。
「なるほど……さすがですねルシアナ様」
「そう褒められても何も用意できないぞ。私は風呂に入る。準備を頼む」
「分かりました。それでは、ロンドくん。次は入浴のお手伝いだね」
「……え? それ、俺もやるんですか?」
思わず問いかける。……俺としてはもちろん別にいいよ? でも、一応男だし、ルシアナ様がそこら辺気にするんじゃないだろうか?
「気にするな。使用人に体を洗われることには慣れている」
「だそうだよ」
「……なるほど。分かりました」
それなら、全力で楽しませてもらおうじゃないか!
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