第2話


 部屋の中は、静寂に包まれていた。

 ルシアナ様は大きくため息をついて、ゆっくりと仮面を外す。その瞬間、俺の目の前には信じられないほど美しい顔が現れた。


 流れるような銀色の髪が、肩から背中へと滑り落ちる。

 瞳は鮮やかな赤で、その中に宿る力強さは、まさに王家の血筋を物語っている。肌は透き通るように白く、どこか儚げな印象さえ与える。全てが完璧に整ったその容姿は、まさにゲームで見た「第七王女ルシアナ・グレイス」そのものだった。


 やっぱり、俺は『レジェンドフル・ビ・キャクリア』の世界に転生したんだなぁ。


 ぼんやりとそんなことを考えながら、彼女と向かい合う。


「お前は……なぜ私のことが分かった?」


 鋭い視線とともに問いかけるルシアナ様。だがその目には、困惑も隠しきれない。

 俺は内心で冷や汗をかきながら、適当にごまかす。


「なんとなく、ですかね……」


 まあ、正直に言えば、脚を見れば誰でも分かるけどな……。顔を隠す前にその脚を隠したほうがいい。


「ふむ……」


 彼女は俺をじっと見つめながら、思案するように眉を寄せた。


「知り合いの付き合いだからと、こんなところに来なければ良かった。まさか、私の正体を見破られるとは……」


 知り合いの付き合い、か。まあ、仕事上そういった場所で接待するとかもあるのかもしれないな、知らんけど。

 俺がじっとルシアナ様を見ていると、彼女はじろりとこちらを見てくる。


「さて……貴様には、私が貴様のような年下の美形男子にべったり甘えたいという欲望をバレてしまったわけだが……」


 そこまで詳細な性癖についてはあんたが口にするまで知らなかったけどな……。


「これからのことについてだが……私のことを知られてしまった以上、貴様をここに置いておくことはできない」

「……それなら、どうするつもりですか?」

「ここで死ぬか……もしくは――貴様が私専用の甘やかし担当係になるかだ」


 なんだその極めて限定的な担当は。

 俺は不可解なものを見るような目でルシアナ様を見ていたが、彼女は至って真剣な表情を返してくる。


「……甘やかし担当係、というのはなんですか?」

「分からないのか?」

「分かると思います?」

「ふん……私を甘やかすことに人生の全てを注ぐような仕事だ」


 なるほど、意味分からん。

 ルシアナ様の発言に困惑していると、彼女は思い出したように口を開いた。


「まあ、専属の執事として、働いてくれればそれでいい」

「……それなら、確かに理解はできます。ただ――」

「ただ? そもそも、貴様に選択権はないぞ」

「へ?」

「私とて、さすがに貴様を殺すような横暴なことはしたくない。とはいえ、私も死にたくはない」


 さっきノータイムで飛び降りようとしていた人のセリフとは思えないな。


「決めた。私が貴様を購入し、私の目のつく場所に置いてしまおう」

「……マジですか?」

「マジだ。貴様をこのまま店に放置しておくわけにはいかないだろう。私の秘密を知った以上、貴様を逃がすわけにはいかんからな」


 ルシアナ様は真剣そのものだったが、俺には全く状況が飲み込めない。


「俺が黙っている、といっても……ですか?」

「信用ならん」


 ……まあ、それは仕方ない。

 驚いて思わず口に出してしまった以上はな。


「でも……周りに色々言われたりしないんですか? 王女様が……男娼の男を購入したとか何とか」

「ふん、別に使用人を一人増やしたところで、誰も何も言いはしない。私は第七とはいえ王家の人間だ。自分の判断に文句を言える者はそうはいない。そもそも、兄妹たちだって好き勝手しているのだからな」


 ……それは、まあそうかもしれないが。

 俺としても、このまま男娼で変な人の相手とかされるよりはルシアナ様に購入してもらった方が生活は楽になりそうではある。

 なので、俺としても拒否するつもりはないのだが……。


「……俺を、連れていくって、本気ですか?」

 信じられない思いで聞くと、彼女は当然だというように頷いた。


「ああ。貴様を私の領地に連れていく。そうとなれば――」


 彼女はきっぱりと言い切ったあと、ベッドへと腰掛けた。


「懸念事項も去った以上。まだ、時間はあるのだし……やるとするか」

「……え? な、何をですか?」


 ルシアナ様がそういった後だった。

 俺の方へ両手を広げながら、声を張り上げた。


「ばぶぅぅう!」

「!?」

「ばぶばぶばぶばぶぅ! ……キミは、泣いている赤ん坊を放置するような人間なのか?」

「……もしかして、プレイを始めるんですか?」

「当たり前だ。料金は支払っているんだ。せっかく払ったのだから、もったいないだろう」

「……マジですか」

「さあ、早く。……ばぶばぁ! 抱っこ! パパだっこ!」

「パパじゃねぇ!」

「今はパパなんだ、早くしろ」

「ああ、もう……! 分かりましたよぉ!」


 俺は、自分の頬が引きつるのを自覚しながらも、彼女のプレイに付き合った。



 そしてその日、俺は王女ルシアナ様に正式に「購入」され、無事彼女のもとへ連れていかれることが決まった。




―――――――――――――――


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