第33話 ゴムゴムのぉ!

 テッドの手をその男の手の下に滑り込ませる。手を伸ばした男性は思惑とは裏腹にテッドの上に自分の手を重ねてしまう。男性は思わぬ手触りにビックリして手を引っ込める。


「お待たせ」

「お帰りぃ」


(ま、間に合った!セーフッ!)


 心とは裏腹に特上の笑顔をニーナに向ける。なんとかニーナに寄り添って立ち腰に手を当てる事ができた。ニーナの顎の下にふと目を向けて驚いた。なんとか驚きを飲み込んだ。


 胸のⅤ字が思った以上に大きくて胸の下まで開いているデザインで谷間が丸見えだったのだ。しかも平らだと思っていた胸は思った以上に豊かで谷間という物が存在していた。


(ちょっと!ちょっと!自分が買ったものとはいえ、これは…目のやり場に困るでしょう)


 気付いてしまったら周りの男性の視線も胸元に集まっているような気がして気が気でなくなってしまう。


「こちらね、馬の事業に興味を持っていただいて…」

「ニーナ、ちょっと」


 腰の手に力を入れてテラスの方へと連れて行く。


「えっ」


 ニーナが話していた男にペコッと会釈するのも何だか腹が立つ。


「ど、どうしたの?」

「どうしたの?はこっちのセリフだよ。ケープはどこにいったの?」


「あ、あぁ、ちょっとドレスを汚してしまった子がいて泣いていたもんだから…」


 はぁ……ため息をこぼすテッド。


「ダメだった?でもこれ一枚でも素敵なドレスだと思うんだけど。結構可愛くて気に入ってるよ?」


 手すりに肘をついて前かがみになるとますます胸が真ん中に寄せられて谷間ができる。


(うっ、ヤバイ)


 テラスの手すりに手をまっすぐついて腰を直角に曲げ肩甲骨を伸ばすストレッチのような体制をして深呼吸をする。


(落ち着けぇ…落ち着けぇ…俺の俺ぇ)


「大丈夫?シガレットで気持ち悪くなっちゃった?」


 ニーナはどうしたらいいのか分からずテッドを覗き込む。ちょっと間を置いて


「よしっ!」


 テッドが身体を反らすくらいに大きく立ち直すからニーナはビックリする。


「うん、待たせてごめん!そろそろみんなもダンスホールへ向かうみたいだから俺たちも向かおう」


 ニーナの左側に立ち左手を出しニーナの左手を上に載せる。なるべくニーナの露出された背中が見えないようにニーナの身体に密着して手を置く。


「もう俺から離れちゃダメだからね」

「テッドから離れてったんじゃないの」


 ふふっと笑うニーナ。


(あぁ、ダメだって笑ったら!他の男が見るだろ!)


 向かう間も他の男たちがニーナの方を鼻の下を伸ばす様子で見てくる。


(見るな!見るな!)


 テッドはいやらしい目を向ける男性に敢えて笑顔を向けて牽制しながら進む。ぞろぞろとデビュタントの娘とエスコートの男性が二人一組になって並んでダンスホールに入っていく。


 デボラもいるのが見えてニーナは安堵した。


 最初の1曲目はデビュタントのみでワルツを踊る。あまり他の男たちにニーナを見てもらいたくなくて、とにかくニーナをくるくる回して二人でもクルクル回った。周りの景色がグルグルと流れていきニーナの楽しそうな顔しか見えなくてテッドも楽しくなってますますグルグルと回転してしまう。


 回転しすぎたせいか回転酔いなのか楽しくてしょうがなくて二人ともキャッキャッいいながら踊った。


 デビュタントは大人への儀式で俺自身はとっくに大人の年齢なのにダンスホールで二人だけは子供のようにはしゃいでしまっていた。


 2曲目からはホールにいる人たちみんなも躍る事ができ自由になる。それに2曲連続で踊れるのは婚約者だけだ。

 つまり2曲目からニーナは誰とでも踊れる。他の男に触らせたくも無ければ躍らせるのも嫌だ。なんだったら目に触れさせるのも嫌だ。


 1曲目が終わる頃にはちゃっかりホール出口近くで踊り終わるように移動して、曲が終わるの同時くらいにその勢いに乗せて笑い合いながらエスコートする形のままスキップしてホールを出て行った。

 これでニーナを誰とも躍らせる事なくホールを後にする事に成功した。心の中でもスキップとガッツポーズだ!


 テラスに着いた瞬間、二人とも息を吐きだすかの如く大笑いしてしまった。全然スマートじゃない。大人じゃない行動なんだけど楽しくてしょうがない。


 間違いなくニーナも同じ気持ちなんだと思う。だってニーナも涙が出るほど笑ってる。


 すぐ様、ジャケットを脱いでニーナに着せる。


「あ、ありがと」


 ニーナが照れ臭そうに言うのがまた可愛い。


「ジャケット(それ)中に入っても着たままでいてよ」

「えっ?何で?」


(男のジャケット着てる女にさすがに誰も声かけないだろ)


「目の毒だから」

「何よ!お目汚しっていいたいの?!」


 ニーナが軽く胸を叩いてくる。


「違うってぇ」

「お目汚しでごめんなさいねぇ」


「違うってばっ!でも背中の傷も綺麗に治っていてよかったよ」

「まぁあれは擦り傷だったからね」


「もう滑り込むのはナシだよ」

「もぉしません!」


アハハハッと笑い合う。


(こんな時間が永遠に続けばいいのに)


テッドは心から願わずにはいられなかった。

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