第34話 富士山見るならバルコニーデ
テッドが羽織らしてくれたジャケットはシガレットの匂いがした。でもその奥にはテッドの柑橘系の爽やかな香りもついていてなんかテッドに包まれている感じがしてこそばゆい。
ジャケットを男性が脱いで女性に羽織らせるなんてまるで韓流ドラマか!恥ずかしいわ。照れ臭いわ!こんなんシーナの時もしてもらった事ないわ!
はっいかん!またホットフラッシュが!顔がものすごく火照る。でも今はバルコニーなので夜風が冷たくてちょうど心地がいい。
バルコニーの手すりに寄りかかっているとテッドが飲み物を持ってきてくれた。
「ありがと」
乾杯して一口。飲み口がスッキリしているシャンパンでとても飲みやすい。
「美味しい」
笑いながら踊って喉が渇いていたのかあっという間に空になってしまう。さすがは王宮!バルコニーにも人がいると気づいたのか、のん兵衛がいると理解したのか飲み物や食べ物が無くなるかなというタイミングで給仕が来る。素晴らしい教育だ。
また王宮だけにいいお酒なのか美味しくて飲みやすくて進んでしまう。なんて罪な場所なの?!
だって頼んでもいないのにちゃんとチェイサーも出てくる!素晴らしい給仕だ。いつか領土が儲かって潤ったら雇いたい。ダメだったら講師として呼んでメイドの教育に携わって欲しいと思う。
そんな事を舞踏会でも考えてしまう自分がまた可笑しくなって笑ってしまう。テッドも普段はあまり見せない笑顔でこちらを見ている。きっとテッドも回転酔いに酒が回っているんだわ。
シーナの時に酒は飲んでいたはずだが、ニーナにとっては初のお酒。しかも15歳。いいのか?この世界!回転酔いも手伝ってアルコールがあっという間に体中を巡って楽しい気持ちに拍車がかかる。
ダメだ、きっと今は箸が転がっても笑ってしまう。
酔いの波に揺られ、心地良いふわふわとした感覚に包まれる。柔らかな雲の上に立っているかのようになってこの瞬間を永遠にしたいと願わせる。
ふふふと笑いながらテッドに寄りかかる。意外にもガッシリとしていてニーナが寄りかかったところでビクともしない。こんな雲みたいなふわふわ地面なのにテッドってばすごい!って思うとまた可笑しくなって笑ってしまう。
「ね?大丈夫?酔っちゃった?」
「ふふふ。楽しい!楽しいね?テッド」
「楽しいねぇ」
この馬鹿な会話を受け入れてくれるのもまた嬉しく可笑しい。テッドが右手を腰に当てて支えてくれる。
「椅子に座る?」
「座んない」
「そなの?疲れてない?」
「大丈夫。座んない。ていうか座れない」
「座れない?!なんで?」
「えぇ?聞きたい?」
「聞きたい」
テッドが見つめるとニーナの顔が恥ずかしそうにテッドの耳元に近づいて小声で
「お尻の皮が…剥けてます…」
「え?」
一気にニーナのいい匂いが鼻をくすぐりまた息がかかる距離になって意識しすぎて聞こえなかった。
「馬に長時間乗ってお尻の皮が剥けてます」
ブッと吹き出してしまうテッド。
(もぉっ!2回も言わせないでよっ!)
「もぉ!お父様が倒れたって言うからでしょ!あれはテッドも関連してたんでしょ!」
ヘロヘロパンチを繰り出す。もちろんダメージなんてテッドには無い。
「うん…そりゃ座れないねぇ」
「うん…座れないのよ」
二人とも酔っているのかそれさえも可笑しくて笑ってしまう。
「そういえば…シルヴィオが言っていたんだけど…ニーナの『夢』って何?」
「ぶっ…んぐっ!」
せっかくのシャンパンを吹き出しそうになったのをこらえて飲み込む。
「『夢』っていうか…『野望』?」
「野望…そ、壮大だねぇ」
「そう、壮大なの。私の野望は『くうねるあそぶ』よ!」
ニーナはガッチリポーズを取る。
「『くうねるあそぶ』?」
「そう!『食べる』『寝る』『あそぶ』よ!」
「ほぉほぉ。それって……誰か貴族のお嫁さんになっちゃえば叶うんじゃないの?」
「えっ?!」
貴族のご婦人ってヤツは『くうねるあそぶ』をしているのか?!その手が!!
(気づかなかった〜〜〜!いやいやいやいや!でもそれって誰かのお嫁さんにならないかんって事か?)
「うーーん?」
ニーナが酔っ払ってるせいで考えが逡巡していると
「じゃ、ニーナは?結婚は?」
「『結婚』?する気ないけど?愛の無い結婚はしたくないし、最初愛があっても男って浮気して愛が無くなるじゃない?もう懲りたわ……」
「懲りた?前になんかあったのか?」
急にテッドが真剣な顔をして心配そうに聞く。
(しまった!懲りたのは前世だ)
「な、無い…言葉のアヤよ。アヤ。よく浮気する男の話とか聞いたし、クロも奥さんたくさんいてビックリしたのよね。男ってそういう生き物でしょ?」
「全ての男が浮気するみたいに思わないで欲しいなぁ」
テッドが力の抜けたふにゃっとした笑顔で返してきた。思わずドキッとした。
「いや!でも男がそう思ってなくても女の方が放っておかないって場合もあるじゃない?そしたらもうコロコロっと行っちゃうでしょ?」
「行っちゃうヤツもいるかもしれないけど行かないヤツだっていると思うけどね…
それは女も一緒なんじゃないのかな?女だって浮気する場合もあるだろ?」
「なるほど……男だ、女だ…じゃないね…人…だわね」
「人…だよね」
(そうか……自分が痛い目にあったからもう『男なんて』って思っていたけど『男』全てじゃないわね……たしかに)
いつの間にか男性全てが敵のような感じに思えていたけど、そうじゃないと気づけて何か憑き物が落ちたような気がした。やっと前世で苦しめられたアイツを昇華できる気がした。
「気付かせてくれてありがと」
「いいえぇ」
ニーナは素直にペコッと頭を下げた。そんな事を言ったテッドもこの前まで「女なんて」とシルヴィオに愚痴っていた事を思い出し自嘲してしまう。
「テッドは結婚とか考えてるの?というか婚約者とかいたりするの?」
ニーナはテッドに問いながらなんだか胸の当たりがモヤモヤしていた。
「プハッ!いたらデビュタントでニーナのパートナーになってないよ」
無邪気に笑うテッドのその一言でニーナはなんだか気分が晴れ渡る、
(あぁ良かった…パートナーがもしいたら申し訳ないもんね)
ニーナの気分が晴れ渡ったのはその考えという結論に至った。
「結婚は…考えてないよ……俺の家はちょっと複雑でね……子供なんてできちゃったら跡継ぎ問題とかに巻き込まれちゃうからね。可哀そうだからね、作る気も無い…かな」
「そうなんだ…男爵家って大変なんだね」
「男爵位は『一代男爵』で俺が賜ったもので、別に継げるものじゃないよ。実家の跡継ぎ問題に巻き込まれちゃうってコト…あ!空になったね」
テッドは室内の方を向き、バルコニーと室内を繋げる扉前に立っているボーイに窓越しで合図をした。サッとボーイがシャンパンボトルを持ってテラスにやってきて注いでくれる。頭を下げてまた室内に戻った。
そこでボーイが室内に戻るとカーテンが軽く締められている事に気づいた。どうやらバルコニーには私達意外は来られないようにしてくれていたみたいだ。
サービスが行き届いていてさすが王宮!とも思ったけれど、他にもバルコニーに出たい人がいたのではと思うと申し訳ない気持ちもする。
(テッドの実家って…もう話題が変わったから聞けない…)
タイミングを逃してしまった。
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バルコニーは整備中にて本日出られません
by ボーイ
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