第29話 ネゴシエーター

「進学するのは分かったけれど、高等部の入学式はデビュタントが終わってすぐだったよね?間に合うの?」


「勉強に関してはコンスタン先生に推薦書ももらっているから大丈夫だ。制服もまぁ既製品で揃えれば問題ない」


 あれよあれよと話は決まっていく。


「ニーナはデビュタントを来年にすると手紙をくれたが、私だって娘の父親だ。ちゃんとデビュタントさせてあげたいと思っているんだよ」


「お、お父様……う、嬉しいけれど、もうデビュタントって明後日じゃなかった?何の準備もしていないのよ?間に合わないんじゃない?」


「これを……」


 タウンハウスの執事が大きな箱を持ってきてテーブルの上に置いた。お父様がそれを開けろと言わんばかりに顎をクイッと上に上げた。開けて見るとデビュタント用の白いドレスが入っていた。ドレスだけじゃない、オベラグローブに靴もあり、アクセサリーまでしっかりと用意されている。


「えっ!すごい!どうしたの?」


 綺麗なドレスを見て嬉しくなってテンション高く聞いてしまったら、お父様はなんだかそんなに嬉しくなさそう…あれ?


「ニーナのファーストダンスと引き換えにな……」


「ん?どういう事?」


「テッドがな、ニーナのエスコートを譲ってくれと…持ってきた物なんだ…」


「え?えぇぇぇ?そ、そうなの!?

あ!あぁ!分かった!アーロンと王都に来た時にお父様と会って、お父様の足が少し不自由な事に気づいたのね。だから踊れないお父様に代わってってことなのね?アーロンもまだ舞踏会に出られる歳じゃないしねぇ…

ラウダヴァーラでお世話になったって恩返しかなぁ?律儀な人だねぇ」


(うーーーーん、そうじゃないと思うが……)

 お父様が眉間をマッサージし始めた。


「あぁ、お父様お疲れなのね……一気にたくさん話をしたものね……無理しないでね」


 ニーナは執務室を出た。




 はぁぁぁっと深いため息をついてオニールはソファに深く沈みこんでテッドと対峙した日を思い出す。



※※※※

「お久しぶりです♪お元気でしたか」


 悪気の無い笑顔をまっすぐ向けてくるテッドに思わず


「お久しぶりです♪じゃぁないですよ!どうしてラウダヴァーラにいらっしゃっていたんですか!ラウダヴァーラに送った使者から貴方がいたって聞いた時は驚きましたよ!」


「いやぁ、シルヴィオが面白い物が見れるって言うからさ♪

実際、面白かった!オニール!君の娘は本当に面白いな」


 含み笑いをしながら話すテッドに、オニールはそんなに娘と過ごせていない不満を顔に出しながら


「そうですか……で、どのように面白かったのですか?」


 そこからはニーナと同じく株式会社の話しや砦の虎口についてもテッドは興奮気味に話した。オニールとしてはまさか娘はアヴェリンとの戦にも口だけでなく、実際に戦を見に行っていたと聞いて、何かあったらと身の毛がよだつ思いをしながら話を聞いていた。


 そこで『ミスターX』がニーナとチャーリーの二人という事も知った。敢えてニーナにはオニールにはまだ敵わないと思わせるという意味もあり自分で答えを導いたかのようにニーナが『ミスターX』と指摘したのだ。


「まさか、帝王が馬を欲するとは思わなくてな、使者が来るってなった時にはキモが冷えたぞ。ニーナにバレないように先に使いを迎えに行って口止めするのが大変だった……

でも、それでオニールにラウタヴァーラにいるってバレちゃったんだけどな」


「笑い事ではないですよ。こちらは留学から戻られたかと思ったらすぐ姿を消されてしまったのでどこぞで命でも落とされていないか心配していたのですよ!」


「『ちょっとだけ帝国内を見てくる』って置手紙しただろ?」


「まさかその『ちょっと』が1ヵ月もかかるとはだれも考えたりしないですよ!どこかで命を落とされていないか心配だったんですよ!供に誰も連れて行かないなんて!」


「バラークに比べたら帝国なんて安全だよ」

「まったく……」


「バラークにはもうフレディは発ったのか?」

「そうですね…貴方と入れ替わりでフレディがバラークに留学するというお約束ですからね」


「はっ。大変なこった。アレックスは帝国学園にいるんだろ?」

「彼は外に出す訳に行きませんからね」


「まぁ、いろいろ含んだ言い方だな」


 二人の会話の雰囲気がどんどんと暗くなるのを一転させたのはテッドからの提案だった。


「あ、そうだ!ニーナがデビュタントを来年にするって言っていたけど、別にアーロンの学費だって、デビュタントに関する費用だって領土の金から出さずにオニールからでもいいんだろ?だっだら今年デビュタントしたらいいじゃないか」

「便りを何度出しても、王都には近寄ろうともしないんでね…」


 やれやれと首を横に振るオニール。


「どちらにせよ、年頃の娘を領土に閉じ込めておくのはそろそろ厳しい物もあるんだろ?

王都へと引っ張り出してやろうぜ!デビュタントさせてやろうぜ。オニールだってニーナに会いたいだろ?」

「………」


 図星を突かれて何も言えなくなるオニール。


「エスコートを俺に譲ってくれよ!オニールの足では踊れないからいいだろ?」

「………」


「それに、今からドレスを用意するのはいくら宰相様でも難しいだろ?俺だったら用意できるしさ!」


「来年という希望だったから来年用意しようと思っておったわ!エスコートも誰かに頼もうと思っておった!」


「じゃ、別に今年でそのエスコートが俺でも問題ないよね?」

「………娘とどうにかなるおつもりですか?」


「……どうにかなりたい?オレは所帯を持つつもりはないよ」

「少しでも衣服が乱れて帰ってきたら許しませんよ」


「あ、あとさ、この屋敷に住まわせてもらっていいかな?」

「貴方様には立派なお屋敷がおありじゃないですか…」


「いやぁ…立派でも安心できない家を家にはできないよ。仕事でも世話になるんだし。その方がいろいろとすぐ解決できていいだろ?な?はい、決定!」

 

 オニールがジロッとテッドを睨むもテッドは交渉が上手くいって喜びが顔から溢れ出ている。いつもは交渉で負ける事を知らないオニールだったが今回はテッドに交渉で負けを認めざるを得なかった。


 そして実際、数日後にはドレスなど必要な物がタウンハウスへと届けられた。どうやら本気らしい。


 しかし、実際ずっと領土から出ようとしないニーナを王都に引っ張り出すいい言い訳にもなったし、そのまま王都に留めるために進学の話をしたのはオニールである。


 セバスチャンから手紙で昔から近況報告はもらっていたが、あれよあれよと大きくなっていく娘を一番近くで見ていたかったのは実は父親のオニールだったのだ。



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『踊る大捜〇線』の真下〇義さんかな

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