第26話 クロウマ宅急便

 ラウタヴァーラ辺境伯から王都まで馬車で荷物を移送する事業が始まった。


 途中、途中の領地でも産物を売ったり買ったりして王都まで運び、それらを王都の店へと販売する。物流トラックみたいなものだ。『クロウマ宅急便』と名付けた。もちろん幌にはクロウママークが入っている。


 牛と違ってスピード命。新鮮が売りである。今はまだ物だけで、そのうち人も搬送できるようにしていきたいと思っている。


 王都では父のいるタウンハウスが最初拠点としていたためラウタヴァーラ辺境伯の事業である事は明白でついには帝王が馬を欲したんだそうだ。


 父は『馬の事業はラウダヴァーラの代表に任せているので』と帝王にそう返事したのでどうするかはラウタヴァーラに決定権がありどうするかは任せると手紙には記されていた。


(うーん、どうしよう)


 無意識に頭に手をやりくしゃくしゃとしてしまう。手櫛で一つにまとめると執事室を飛び出しクロと馬場へ走った。


 柵に腰掛けてクロと馬達が楽しそうに走っている姿を見ながら考える。横にはちゃんとテッドが付いてきて立っている。


「ねぇテッド、テッドはこれくらいの馬ってみた事あった?」

「無いですね。いろんな国の話しも聞いた事ありますが大きな馬については聞いた事ないですね」


「そうよね」


 また馬の方を見てボーッとする。クロに必死について行こうとする仔馬もいる。甘えられているようだ。



「戦にこの子達は絶対に使って欲しくないんだよね…」

「そうだな…」

 ニーナの独り言に最近は馬に乗るようになって馬に情が移ったテッドも独り言のように答えた。


「人間ってすぐ『便利』を戦争の道具に使うじゃない?」


 宇宙のために開発されたロケットもミサイルに。ドローンも兵器になった前世を思い出す。


「……」

 自分も馬に乗った時に戦争に使えると思ってしまった事があるのでテッドは何も言えなかった。


「人間の闘いは闘いたい人間同士でやればいいのにね。でも本当に命をかけて戦いたいって思っている人間ってフタを開けたらそのトップの方の人たちだけなんだろうね…」

 

 ニーナとテッドの視線の先には楽しそうに遊ぶ馬達…


「戦が無いのが一番なんだけどなぁ……テッドは戦に出た事がある?」

「ある」


 一気に重たい空気になってしまい、伸びをしながら軽く聞いてしまった自分を恥じた。


「領土を広げるための戦争だった……

きっと占領した後は自分たちの領土になるんであろうに焼き払い、それは酷い所業だった……

いたる所で……子供や女性の泣き叫ぶ声が……うめき声も…聞こえてた……


俺はバカだった…から…そこへ行くまで戦争という物を甘くみていた……

攻めたら終わりだと思っていたんだ……

終ったらすぐ新しい生活になると思っていたんだ……


正義だと信じていたんだ……でもそれはただの略奪でしかなかった……」


 テッドは俯き両手を強く握りしめ行き場の無い怒りをどこにぶつけたらいいのか分からず震えていた。


 実際に戦場を見た事の無い私が掛ける言葉も見つからず、テッドの綺麗な金髪のふわっとした頭をポンポンしてあげるくらいしかできなかった。




          ※


 それからしばらくテッドが落ち着きがない。王都からの使いが来るのはいつ頃かと何度も聞いてくる。


 まだ移動は牛車のため3日はかかるであろうと予測。


「そろそろだよな」


 テッドがいよいよ落ち着きなく言った。


「ちょっと馬で様子見てくるわ」


 飼い主を待っている犬のように出て行った。


(そんなに待ち遠しかった?

王都出身だから王都の話しが聞きたくてしょうがないのかな)


 しばらくして牛車とともにテッドが馬に乗って帰ってきた。待っている間にチャーリーにミスターXに扮してもらってニーナの意向、契約書も作成して渡しておいたが、何かあってはいけないのでニーナは会談中はメイドの恰好をして後ろに控えさせてもらった。


「馬を売っていただきたい」


 帝王の使いの者がそう言って来た。書状にもそう書いてある。


「馬は売りません。

子供を産んでもその馬はこのラウダヴァーラ辺境伯の物となり返却していただきます。

そして何より『戦争には利用しない』という約束を守っていただけるなら貸し出しいたしましょう」


 言い切ると、使いの者だけでなくテッドも豆鉄砲と喰らったような顔をした。よもや帝国の王である帝王の要望を断る人間がいるとは夢にも思わなかったのだろう。


 押し問答が続いたが絶対に折れなかった。この帝国の頂点が乗るのにふさわしい白馬を2頭貸し出すという事で折れていただいた。


 馬車の製作期間に帝王のための牛車の御者にしばらくこちらに滞在していただいて馬の扱いの基本を修行をしていただいてから馬を渡すという事も契約に入れさせていただいた。


 さすがにこの行き来を牛車でというのも日にちがかかりすぎるため馬車で送迎するというサービスも付けさせていただいた。



「終わった……」


 王都からの使いに気を張っていたミスターXことチャーリーは緊張が一気に解けてヘロヘロになってしまったので先に部屋で休ませてあげる事にした。誰もいなくなった執事室でテッドが


「帝王の要望を断るなんて、大丈夫なのか?」


 心配そうに聞いてきた


「『馬を売る』っていう選択肢は絶対にしたくないのよ」

「戦に使われたくないからか?」


「それももちろんある。

売ってしまったら所有権はもうその人のもの。

そうなったら無理やし子供を産まさせられて

増やされても、戦に使われても文句は言えなくなってしまうもの

大事なのはキャピタルゲインよりもインカムゲインを獲得するってことかな?」

「な、何ゲイン?」


「一応、株も配当金っていうインカムゲインがあるんだけど、まだラウタヴァーラ株式会社では残念ながら配当金が出てないから…


う~んとね、『金の卵を産む鶏』がいるとするわよね?

鶏を売ってしまえば確かにすごい収入になるとは思うけど

売った事によって収入は一回限りよね?これが『キャピタルゲイン』


でも、鶏を売らずに金の卵を産み続けてもらって金の卵を売ると…

ずっと収入は続くよね?

この収入が続く仕組みを『インカムゲイン』って言うのよ


『レンタル』するって事で収入が定期的にラウタヴァーラに入り続けるって事!安定したインカムゲインを得る!これが一番大事って事よ」

「安定したインカムゲインを得る…」

頭にインプットするかのようにテッドはつぶやいた。


 この大きさの馬がレアという事を利用して売るではなくレンタルという形にすることにした。レンタルならば子供が生まれてもそれはラウタヴァーラの物となる。そう前世のアジアの大国の『熊猫レンタル』という国相手のインカムゲインを参考にさせていただいたのだ。


「あくまでもこの辺境伯領地の領民のために馬は使いたいのよね…とはいえ、帝王が馬を使い出したら他の領主も欲しがるわよね

まだ数が少ないからという事と帝王が2頭なのだからって事で各領地には1頭までとさせていただこうと思っているわ」

「なるほど」


 妙にテッドが納得をしていた。 それにしても護衛ってこんなに相談していいものだとは思わなかった。


 まぁ、こちらが知らない事も教えてくれたりするので私の中でも護衛というよりは王都を良く知るお兄さん的存在だ。新しい事をする際にはつい意見を聞いてしまう。もうテッドも護衛対象とは思っていないのかもしれない。



 気付けば晩夏になっていた。秋にはアーロンは帝国にある中等部へと入学する事になっている。看病をしていた間もちゃんと勉強は続けていたらしい。お父様が王都にいる事もあり王都にあるタウンハウスから通う事になるそうだ。


「ニーナも16歳になるこの年は社交界デビューのために王都に行くんじゃないの?」


(はっ?!)


「わ!忘れてたぁぁぁぁぁぁぁっ!」


「「「「「えぇぇぇぇぇぇぇ?!」」」」


 アーロン、テッド、ミラ、セバスチャンみんなが驚いた。うん、ニーナも驚いた。


「ニーナの事だから仕事しながらちゃんと準備もしているんだと思っていたよ!」


 テッドに突っ込まれる。


(しまった!忘れてた!50歳で止まっている気分だった…)


 頭を抱えるニーナだった。間に合うのか?

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