第21話 藪をつんつくつん♪ほよよ
飛び出してきた黒い塊がメグへと迫っている。一歩一歩が遅く感じる。スローモーションのように見える。
でも右側から来る塊の方が距離はあったはずなのに断然早くてもっと!もっと!と足を前へ前へと蹴りだす。加速装置!!って思ったところでサイボークじゃないので作動はしなかった。
黒い塊を見て動けなくなっているメグに向かって地面を蹴り飛ばし両手を伸ばし飛び込む!
メグを抱え込んでひねって背中を進行方向に向ける!脚も腹の方に引っこめダルマのように丸まった瞬間に黒い塊の目と合う。
つぶらな瞳ながらもギラッとした獣の目だ。
ズサァッ!という音と共に地面に背中で着地する。メグはお腹に抱え込んでいるからケガは無いはず。
しかし、その獣もズサァッ!と勢いを殺し止まったと思った瞬間にこちらに向きを向きなおす。
真正面で向き合う。イノシシだ!!
(やばいっ!)
すぐには立てない!メグを守るために手と足で抱え込む。同時にいろんな方向から走りこんできた騎士が鎌で飛び掛かる!
イノシシもさすがにいろんな方向から鎌で切り付けられ刺され力尽きた。
「ありがとう」
ヘナヘナと力が抜ける。自分でも気づかないくらい全身に力がこもっていたようだ。
(また死ぬかと思った…しかも前回と同じパターン
トラックだったらまた死んでたな……イノシシで良かった……)
「大丈夫かぁ!」
ばぁちゃんもすっ飛んできた。その声にほっとしたメグが
「うわぁぁぁん!」
「ビックリしたねぇ…もう大丈夫だよ…
大丈夫♪大丈夫♪とんとと〜ん♪」
堰を切ったように泣き出すメグをしっかりと抱きしめ落ち着くまで背中をトントンする。
(あぁ
もう会えない
「雑草の背が高くなっとってイノシシがおったなんて全然、気づかんかった」
「おれ、収穫終わったら雑草刈り取るっす!」
「「「おれも!」」」
結局団長の許可を取るまでもなくみんなが除草をやる気になってくれた。
休耕地の薮は害獣や蜂の巣、雑草がそこから畑に飛んでくると現代の日本でも問題になっていたもんね。ありがたい。
騎士団のみんなが優しいのはシルヴィオの影響もあるんだろうなぁ。
情けない笑顔を引きつらせてテッドが立ち上がるのに手を貸してくれた。ハッとした顔をしてテッドが自分の上着を脱いでニーナに掛けてくれた。
(ん?)
背中が服も破け、泥と擦り傷で血がうっすらと汚れていた。
(いててててて…ケガしてるって分かった瞬間痛くなるよね…)
「みんな!ありがとう!そのイノシシは
「「「「おぉぉぉぉぉっ!」」」」
ニーナの一言でみんな大喜びだった。ただ一人テッドを覗いて……でも誰も気づく事はなかった。
その晩、ニーナが寝室へと入るとテッドは一人シロに跨り砦へと向かった。
「貴族子女といったらカチカチのウエストが締まった下着着て派手派手しいフリフリのドレスを纏って男に媚を売って、花、化粧品、お菓子、流行の話ししかしないくせに笑顔の扇子の下では何を考えているか分からん気味の悪い生き物なのに!
なんだ!あのニーナって女は!
男と同じようにトラウザーズにシャツでオシャレとは程遠く喜怒哀楽は丸出しだわ、馬に乗って駆け回るわ、農民と一緒になって農作業するわ、農民と一緒に地べたで飯を食うわ……
挙句の果てには領民の子供のために自らイノシシに飛び込んでいくなんて
どうなってるんだ!
あれで貴族子女と言っていいのか?!」
質素ながらも整えられている騎士団の団長室のソファに腰を下ろしながらテッドは団長にシルヴィオに嚙みつくように話している。
「まったく……『赴任してきた』なんて突然言うもんだから、こちらも慌てて『ニーナお嬢様の護衛』という役を作って配置させていただいたんですよ。
まさか貴方を他の騎士と一緒の扱いで見張りさせられないですしね。
専属護衛だったら屋敷に滞在させていただいてもおかしくないですからね」
興奮するテッドと向かい合ってソファに深く腰を下ろしてため息交じりに答えるシルヴィオ。
「いや、むしろ見張りよりも危険だぞ!イノシシも襲ってくるわ!
『辺境伯領で面白い事がおこってる』って聞いたから来てみたら‥」
テッドが少し拗ねている。
「新しく増設した虎口は言葉の通り面白かったですよね?
今までにない斬新なアイデアだったでしょ?
見たらお帰りになると思ってましたよ……」
溜息混じりに答えるシルヴィオ。
「『株式会社』っつぅのを作ったミスターXが少女で、でっけぇ馬に乗ってるんだ、興味持たない方がおかしいだろ?」
「興味興味ねぇ……分かっているとは思いますがミスターXの正体をバラしてはいけませんよ。」
先生が生徒に言い聞かせるようにしっとりとゆっくりと言い聞かせた。
「でもなんで彼女は『ミスターX』なんて言っているんだ。『女子供の言う事を聞かない』ってだけだったらそのもう一人の『ミスターX』役の男をスピーカーにすればいいだけじゃないのか?」
「大分落ち着きましたけどね、最初は本当に現場で即答えの必要な事も多かったんですよ。もう一人の『ミスターX』も自分の仕事が山積みでしたからね」
「じゃ、落ち着いた今なら『ミスターXがニーナだ』ってバレても皆、言う事を聞いてくれるんじゃないのか?」
「いや、あくまでも自分は可愛らしいお嬢様だそうで……『目立ちたくない』『夢があるから』と正体を明かす気は無いみたいですよ」
「夢?夢ってなんだ?」
テッドの質問にシルヴィオは肩をすくめて、両手の手のひらを上に向け両肩を上に上げ『分からない』とShrugポーズを取った。
「それに可愛らしいお嬢様は馬に乗って走り回らんぞ!」
「まぁ、でもお陰でテッドも馬に乗れるようになったご様子で良かったじゃないですか」
「そうなんだよ!馬はいいな!馬があればどこの国にも負けない新たな戦略ができるんじゃないか?」
テッドが興奮気味に言う。
「それは無理ですね」
「なんでだよ!」
せっかく浮かんだアイデアにすぐダメ出しされて子供のように突っ込むテッド。
「お嬢が『馬は戦争には使わせない』と宣言されていますからね」
「なんだって?!」
「『人間の勝手で動物の命を道具のように使わせる気は無い、人間の闘いは人間同士で完結させたらいいと思う』んだそうですよ」
「道具。。。」
「『大事なクロの家族だから』とも言ってたましたよ。馬でこれから大型の馬車を作って多くの人々や物を運んで流通を良くするんだそうですよ」
「流通。。。」
「『便利という物は戦争のためでなく人々の生活を良くするために使われるべきなんだ!』そうですよ」
この言葉にハッとするものがあったのかテッドは俯いて何も言えなくなった。
テッドは深いため息をついたかと思うとソファに深く腰を埋め、背もたれに寄りかかり額に手を当てた。
「今までの『当たり前』を当たり前だと思っていた自分をデビュタント前のたった15歳の3つも年下の少女に壊されるって…
しかも妙に納得してしまうんだよ…素晴らしいと思ってしまうんだよ…
なんなんだ彼女は……それなのに俺は、何もできてない!彼女を見てるだけだった…護衛さえできてない…」
固く握り拳を握ったかと思うとはぁ~とテッドはため息をついて力を抜いた。
「ではお帰りになられますか?『お嬢様の護衛はもうできません』と帰られましたとお伝えしたら、きっとお嬢はふふっと笑うだけですよ」
「イ・ヤ・だ!なんだ、そのバカにされた感じがするじゃないか!しかも俺が逃げ帰ったみたいじゃないか」
「まぁ、どちらにせよ、そんなに長居はしていられないんじゃないですか?」
「戻ったら最後、出て来られなくなるだろう?
だから、ここに来る通りすがらにいろいろな領地を見ながら回ってきた。
相変わらずみんな死んだような目をしていた……」
「ここまでの変化があるのは辺境地だけかもしれないですけど…
帝国のいろんなところを実際に見るというのは素晴らしい経験にはなったと思いますよ」
「そうだな……高等部を卒業したとはいえ、今は長期休み期間だ。その間くらいは自由でいさせてもらうつもりだ……
でもだな!やっぱりあのニーナっていうのは変わり者すぎると思うぞ!」
結局そこからまたニーナに対する愚痴が始まってしまい『早く家に帰って可愛い娘と嫁を抱きしめたい』とため息をつきながらもテッドの話に付き合うシルヴィオだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~
やれやれ(;´∀`)
byシルヴィオ
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