第4話 馬、拾いました

「屋敷の外ってどうなっているの?行く事はできる?」

 

 『くうんるあそぶ』のために体力は付けた。跡継ぎであるアーロンとの仲も良好にし追い出されないようにした。次は収入源だ!これ結構大事!

 

 執事のセバスチャンが領地を視察できるように計らってくれた。

セバスチャンは昔から我が家に使えてくれている執事のようでグレイヘアをピシッと固めタキシードに身を固めた好々爺である。


 用意ができたというので外に出て目を疑った。

シンプルな箱型の馬車に繋がっているのは牛!そう牛!


もぉぉぉぉぉぉぉぉっ!


 牛が良く来たと言わんばかりに嘶いた。


(お、おぉう。本当に牛なのね)


 おそるおそる一緒に行ってくれる事になったアーロンのエスコートで馬車ならぬ牛車に乗る。うん、座り心地は悪くない。


 ただね。やっぱり、やっぱり遅い!遅いのよ!日本の現代社会の記憶が戻ってしまった今、遅いのよ!自動車、新幹線が恋しい!遅れる事なんてほとんどなくやってくる日本の電車がなんてすばらしい事か!


 屋敷を出るとそのまま商店が並ぶ市場がある。アスファルトはなく地面は石畳でもなく土。個人商店が並んではいるが活気という物はあまりない…ショッピングモールやスーパーマーケットが恋しくなる。


「昭和みたい」


 思わず口に出してしまった。

アーロンが聞き逃して不思議そうに首をかしげてこちらを見ていた。


 『きょとん』という言葉がぴったり過ぎるアーロンの顔が可愛くて悶え死ぬかと思った。


 店が並んでいた町並みから農地が広がる地域となると視野も広がり自然な緑がとても新鮮で目を奪われる。


 ゆっくりゆっくりと進む牛車に揺られているとあまりに長閑でうとうとしてしまうんじゃないかってくらいまったりとした時間。


 娘が小さい頃に見ていた雅なお子ちゃまが現代にタイムスリップしてまったり過ごすアニメを思い出し主題歌を口ずさむ。


「なになに?教えて」


 アーロンも興味を持ち、私の歌を聞きながら真似して歌い出した。娘と一緒に歌っていた頃を思い出し懐かしく寂しくなってしまった。

 でもそれとは逆に目の前で楽しそうに歌ってくれるアーロンを見ていると嬉しくもあり、いろんな感情が忙しなく出てくるこのゆとりにもまたフフッと笑いがこみあげてしまう。


(はぁ、まったりも悪くない。そんな事も忘れるくらい働き通しだったもんなぁ)


 しばらくすると杭で作られた簡素な柵に草が生えた部分が見えた。牧場だ。


「止まって!」


 牛車を降りて牧場の中を見てみる。


「馬の牧場だよ」


 アーロンが教えてくれた。

遠くに確かに馬がいる。こちらに気づいて近づいて来た。どんどん近づいてくる。


「あ、あれ?」


 大きい影に囲まれる事を想像していたのだが小さい!アーロンより小さい?かな?


 ポニーだ。確かに日本でも食肉に馬油にと加工されているのはポニーが多いってみた事あるものね。


「馬はほとんどこのサイズなの?」


 聞いてみたらこんどが牛車の御者が


「そうですなぁ。このサイズが普通ですなぁ」


(お、おぉ。確かにポニーが通常だったら小さくて人を運ばせようなんて考えにはならないわ)


 馬車ではなく牛車の世界なのがなんとなく納得できた。


 ヒヒヒヒヒヒヒィン!


 雷でも落ちたかのような大きな音がした。


(え?何?馬の嘶き?どこから?)


 どうやら少し離れた距離の建物から聞こえる。


「あそこは?」

「精肉場ですわ。きっと今から肉にされちまう馬の断末魔でしょうなぁ」


 御者が教えてくれるも、まだ聞こえる断末魔の大きさは尋常じゃない。


「行きましょう!」

 牛車を降りて走り出す。慌てて付いてくるアーロンと御者。


 扉を開けると台の上で必死の形相で黒い馬が啼いていた。周りにはマッチョな男たち大きな包丁を馬に当てようとしている。


 黒い大きな目が私と合う。黒翡翠のような瞳につい


「待って!その馬!私に頂戴!」

 気付けば大声で叫んでしまっていた。


「お、お嬢様。食べたいんで?ちょっと待ってくださいよ。

今、捌きますんで」


 ヒヒヒヒヒィン!


 馬が違う!違う!と言いたいばかりに啼く。


「違うの!生きたまま頂戴!」

「え?生きたままですかい?」

「そう!殺さないで!」


 やっと降ろされた大きな包丁。ほっとする私。馬も上げていた頭を力なく台についた…と思ったら気絶していた!


(おいぃ)


 しょうがないので台車に載せたままマッチョな男たちに引っ張ってもらい

屋敷に戻ることとなった。


 牛車の後ろに大きな馬を載せた台車を数人で曳いて歩く図は皆に見られる事となり、しかも皆『こんなでかい馬を食べるのね』と大食い女王のパレードのようで恥ずかしかったのは言うまでもない。


 屋敷の牛の放牧馬に台車を入れる。縄をプンッとカットしたら男は走って逃げた。


 スルスルッとほどける縄。蒸気する馬の躯体。黒い塊のそれはゆっくりと立ち上がった。


 横になっている時はサラブレットくらいなんだろうと思っていたがとんでもないサラブレットよりもさらにでかい!ばんえい競馬のばんえい馬くらいでかい。


 フゥ フゥ


 荒く息を吐いているのが怖い。


 これはやらかしてしまったのかもしれない…柵の外から見ていたがみんながその異様なでかさは熊と変わらないんじゃないか?

 本能的に熊と遭遇した時と同じように馬から目を離さずゆっくりと後ずさりして離れる。


ズサッ!ズサッ!


 馬が前足で土を2,3回掻く。張り詰めた空気を打ち破って馬が走り出した!


ドカッ!ドカッ!ドカッ!ドカッ!


 走る音ももう地震だ。こっちに向かってくる!


「「「お、お嬢様!」」」


 皆が危険を察知してニーナを気遣うが、本人たちもニーナ自身も動けない。


ガッ!(地面蹴った!)

ピョーン!(柵の上飛んだ!)

ドスン!(着地!)


(柵なんて意~味な~いじゃぁん!)


ドカッドカッドカッ!


馬は周りに一瞥もくれることなく一直線にこちらに向かってくる!


「「「お!お嬢さ~ん!」」」


ヒヒヒヒ~~ン!


 私の前で前足を上げて立ち上がった!


 ちょうど馬が太陽を背に背負っていて世界が真っ暗闇になった。


「「「お嬢!」」」


 その声だけが暗闇で響いていた。


 オワタ…


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

お読みいただきありがとうございます。

オワタ…かもしれない!!けれど明日の6時に更新します!

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