第3話
翌朝、目覚めるとミラはすぐに水で濡らしたタオルを用意してくれた。
なんで?と思ったが鏡を見たら理由は一目瞭然だった。
眼がよくあるアニメの眼鏡を外した時のような数字の"3"のようになって頬もカピカピになっていた。
(あぁ、泣きながら寝てしまったからなぁ)
何も聞かないミラの優しさに感謝しながら準備を手伝ってもらう。
一晩思いっきり泣いて涙活したお陰かなんだか、気持ちがスッキリした気がする。もう戻れないんだもん。
ニーナとして人生を頑張るしかないよね。Lv50からまさかのLv14。
子育ても終わって、後はのんびり生活しようと思ったのにと少し落胆したものの
よくよく考えてみたらすでに貴族子女って事で上げ膳据え膳でご飯の心配もいらないし日銭で困ることもなさそうな事に気づいた。
「いよぉし!目指すは『くうねるあそぶ』よ!」
と思わす声に出してガッツポーズをしてしまった。
ミラが思わず
「クウネルアソブ?」
とボソッと口に出ていたが気にしない!
昔CMでモジャモジャ頭のおっさんが言っていた呪文のような素敵な言葉!
『くうねるあそぶ』は正に『食う寝る遊ぶ』は働くのが当たり前と思っていた私に衝撃を与えたし
肩の力を抜いていいんだよといっているようで魅力的な言葉として頭の中に刻まれていたのよ。
実際にはそんなまったりな生活とは無縁で、生きる事は働く事となってしまったのよね。
目標が『くうねるあそぶ』になったとはいえ、健康あっての『くうねるあそぶ』だもん。
ミラにズボンにシャツと運動しやすい服を用意してもらい、まず始めたのは部屋で筋トレ!
といっても本当に最初は腕をクロスして肩に当ててイスから立つ、座るを繰り返すというスクワットという簡単な動きから始めた。
段々足の筋力がついてきたら屋敷内を歩く。
屋敷内を歩くのに慣れたら屋外にも出られるようになった。
何のリハビリ?って思う日々が続いたわ。
間違いなくニーナの体力は50歳以上だった。
そして外に出ようとした時にはミラは帽子を用意してくれた。
そうだわ!紫外線!大事な事を忘れていた!
紫外線はシワ、シミの素!とはいえ、骨も育てるから大事な物というのも理解はしているのだけど、一回できてしまうと大変!営業で外を駆けずり回っていたからこそ分かる。今度は作らない!作らせない!暑くても長袖を着用。
屋外で準備運動をしていたらアーロンが部屋から覗いているのが見えた。
せっかく家族になれたのだからアーロンとも仲良くなりたい。前のニーナは知らないがシーナの記憶を取り戻した今となっては家族は仲良くあるべきと思っている。
「アーロンもおいでよ」
大声で呼ぶとサッと隠れる。
翌日は下の階の階段室の窓にアーロンのふわふわ頭がピョコピョコしてるのが見えた。
その翌日には一階の窓。
少しずつ少しずつ距離を近づけてくる。
(か!かわいい!!)
こちらも萌える気持ちを抑えて見て見ぬフリをする。
段々と距離を縮めていき、ニーナが準備体操をするすぐ後ろの木陰にアーロンが現れた。
チラチラとこちらを伺い見ている。
(かわいすぎだろっ!!!)
まるで慣れない野良猫がだんだんと慣れてくるような感じでくすぐったい感じ。
すぐにでも飛びつきたい気持ちはあったが逃げられてしまってはいけないから我慢。我慢。
こちらは害を与える気はないですよぉと分からせなければ。
気にせずストレッチをして走る準備をする。
そう!走れるのだ。さすが14歳!リハビリすればあっという間だった。回復も早いのよ。
いいね!14歳!いいよ!14歳!
走り出す。
世界が縦に揺れる。帽子で邪魔にならない高さに縛った髪が横に揺れる。
気持ちいい息遣いで走りだす。
(走れるって素敵!)
シーナの時に走るなんて運動している暇なんて無かったもん。
ずっと忘れていた感覚。楽しい!そう楽しい!
グルッと突然向きを変え、アーロンの方にダッシュで走り出す。
慌てるアーロン。
逃げるように走り出す。
追いかける。
アーロンも負けずに必死に走る。
追いかける。
なんとかアーロンにタッチできた。
その瞬間バランスを崩して思わずアーロンを抱きかかえて身体をひねり背中を下に倒れこむ。
「おっふ」
思わず人の重さが自分の胸の上にのしかかった衝動で声が出てしまった。
ハッとアーロン上半身を上げて心配そうにこちらを覗き込む。
「ふっ」
空気が一気に漏れ、大笑いしてしまった。
ついでに上に乗っかってるアーロンの腰に手を入れてくすぐる。
「あ!ハハハハッ!ちょっと!キャハハハハッ!」
笑い出すアーロン。
気付けば二人で転がり笑い出した。
まさに笑い転げるだ。
一息ついて
二人とも芝生の上に寝っ転がる形となり空を見つめていた。
どこまでも空は高く、雲も空の青がうつるくらい白かった。
「アーロン、今までごめん。
なんか自分の居場所がなくなるんじゃないかって不安でアーロンに冷たくあたってた。」
「うん、突然ボクが来て、ボクがこの家を継ぐってなってイヤなんだろうなぁって分かってた…
でもボクもこの家に来る事で母さんは苦労しなくても生きていけるって…
だから伯父さんにももうここの家の人間だから帰ってはダメだと言われて帰れなかった…
冷たくされるならボクももういいやってニーナを嫌いになっちゃえばいいって思った」
「うん、ごめん。本当ごめん。一人でこんな遠くに来させられたのに、寂しかったよね。
これからは私が守る。アーロンが立派な跡継ぎになれるよう応援するから。
だからまた一緒に走ろう!」
おずおずとこちらを見てうんと頷いたのがまた可愛くって思わず
寝転がっているアーロンをくすぐりまくった。
「キャハハハハハッ!やめろよっ」
最後は怒られてしまった。テヘッ。
でも立ち上がる時には手を差し出してくれて、やっぱり根はやさしい子なんだなと
今までごめんねと心の中でつぶやいた。
それからは二人で走りこんだ。たまには追いかけっこもした。
楽しい時間を一日で少しでも持てると毎日が楽しい。
屋敷内というけれど屋敷内には庭園はもちろんだけどちょっとした畑もあれば牛舎もある。
屋敷の裏手には使用人の寮とファミリー向けの小さな家もちょこっとあってちょっとした小さな村のようになっている。
一応領主の屋敷なので警備のための建物があり、夜も守れるように泊まれるようになっている。
日本でいうところの派出所のようなものと理解した。
そのため、一周回るとなるとそれなりに広いのだ。
もちろん一日走るだけではない。
アーロンには領主になるべく13歳で帝国学園に通うために
ニーナにも本当だったら王都で学んでいたであろう勉強と
16歳のデビュタントのために淑女教育がある。
家庭教師がやってきて勉強をする時間もしっかりとあった。
ニーナは勉強が終わった瞬間にドレスを脱いでいつもの動きやすい服に着替えてしまうので淑女教育の教師バーバラ先生には叱られてしまう。
「淑女は淑女になった時にすればいい!その時にしっかりと猫をかぶれれば良いのでは?」
という反論にさすがのバーバラ先生も言葉を失っていた。
だって、やる時は私もちゃんとやってるもの。
レィディを演じるくらいはお茶の子さいさいですわ。
脳みそもピチピチになったのだから、このタイミングでいろんな事を吸収すべくもっと勉強をしたいと思ったがこの世界は女性が勉強をするのは良しとしないらしい。
そのため帝国学園も15歳までの中等部は女子も多いが、16歳のデビューしたら結婚に向けて準備をするのだそうで高等部はほとんど女子がいないそうだ。いたとしても頭脳明晰な女官を目指す女子くらいだそうだ。
女性は男性を支えるものなんだそうで。いや、支えるためにも知識があった方がいいに決まっていると思うのだけどね。
まぁ、『目指せ!くうねるあそぶ』だから女性が勉強しなくていい世界はありがたい!
とはいえそれでいいのか?ってやっぱり思っちゃうよね。現代社会を生きて来た人間としてね。
少しばかり釈然としないよね。
ん?って事は私も嫁に出されてしまうのか?
いやいや、もう前世の夫にギャンブルに浮気とされた苦しみを思い出す。
領主はアーロンに任せて、自分は領土の端っこでもいいから小さな家でのんびりと暮らせるようにしたいわ。
(結婚なんてまっぴらゴボウのキンピラごめーん!だわ)
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ニーナ:これはただのダジャレですわ…検索しても出てこないよ
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