第2話 動力は牛!ウッシッシ!
「な、な、なんじゃこりゃぁ!」
キョロキョロと辺りを見回すとどちらの迎賓館ですか?っていうくらいの白色で統一され彫刻もされ、曲線が美しいロココ調な家具たちで揃えられた綺麗な部屋。絶対に病院の造りではない部屋。
「うっぞぉぉん」
待て待て待て。落ち着け私!えぇと私は椎名
離婚して娘を育てるために保険セールスレディーになった。そこから出世しまくって課長までのし上がった。愛娘の凛も無事に結婚。現在50歳!Lv50!これから人生謳歌するぞぉってなってたね。うん。なってたよ。うん。あれ?
一人混乱して突っ立っていると
「目を覚まされましたか?お嬢様」
また彫刻され重厚なんだけど白で重みを感じさせないドアを開けワゴンを転がしながら、いかにもメイドです。みたいな恰好の女性が入ってきた。
「お、お嬢様?」
「はい。ニーナお嬢様」
「ニーナ」と呼ばれた瞬間。雷が落ちたかのようにビビッと電気が走ったかのような感覚になる。
そう、私はニーナ。ニーナ・ラウタヴァーラ!マルクルド帝国の端の隣国に隣接した領地の辺境伯の娘で14歳!思い出した!今までの事も走馬灯のように流れ込んできた。
「大丈夫ですか?まだ頭を打たれて痛みが残っているのではないですか?」
甲斐甲斐しく頭に手を当ててくれるメイドのミラ。
「そう!ミラ!何があったの?なんで頭が痛いの?」
「大丈夫ですか?お嬢様が牛車の歩みの遅さに腹を立てられて、
『牛に直接乗る!』と跨って落牛したんですよ」
「う、うしぃ?!馬じゃなくて?」
「馬は食べるものであって乗る物じゃないですよ。
馬は小さすぎるじゃないですか。子供なら乗れるかもしれないですけどね」
不思議がる私にミラは笑って答える。
(えっ。馬は乗り物じゃなくて食べるもの?)
「じゃ、牛は?牛は食べないの?」
そう聞くニーナにまたまたミラは目を大きく見開いて
「牛は食べた事が無いですね…お嬢様、頭を打っておかしくなってしまわれたんですか?」
額に手を当て心配してくれる。
(牛は食べ物じゃない。馬が食べ物。牛は乗り物。馬は乗らない。なんじゃそりゃ)
「え?今って西暦何年?地図はある?」
「セイレキ?とは何か分かりませんが地図なら…」
地図を見せてもらう。ここはマルクルド帝国のラウタヴァーラ辺境伯領なんだそうで。
初めて聞く帝国。こんな国があったんだろうか。というか地球儀では見た事ない形の大陸。
(地球じゃない!世界が違う!)
パニック状態でフリーズしているとお腹の方から食べ物を催促をする音が鳴り響いた。
胃腸はフリーズはしないらしい。
「お食事にいたしましょう。
今朝は頭を打たれたお嬢様がそのままお部屋で召し上がれるように
サンドウィッチにしていただきました」
「ありがとう」
そう言うとミラが一瞬だけ目を見開いてまた何事も無かったように動き出す。
?と思ったけれど腹が減っては戦はできぬ!
部屋にあるテーブルセットにミラが気持ちよい速さで食事の用意をしてくれたのをありがたくいただいた。
柔らかいパンにハムときゅうりがマヨネーズでよい塩梅になっているサンドウィッチ。
どうやら豚はこの世界では食物らしい。ほっとして口に運ぶ。
(美味でございますぅぅ)
あっという間に結構な量を平らげてしまったニーナだったが、周囲は平然としているのでどうやらニーナは普段から良く食べる子らしい。
「はぁ、美味しかった」
食べ終わるとササッと何も無かったかのようにミラが片付けをしてしまう。皿をまとめるなんていう作業をさせてくれる暇もない。
それどころか立ち上がれば身支度の用意までササッとされてしまい、瞬間芸のような変身に驚きを隠せなかった。まるでどこぞの姫様にでもなったような感覚だ。
(上げ膳、据え膳最高だわ)
心の中でガッツポーズを取る。お腹も落ち着くと頭も働いてくるようだ。まだ太陽はそこまで上がってはいない。まだ記憶がシーナなのかニーナなのかあやふやな部分があるので家の中を散策する事にする。
部屋の中だけでなく廊下までもロココ調の宮殿のような創りになっており感動しながらキョロキョロと周囲を見回しながら歩いていると
「おい、また頭を打つぞ!ちゃんと前向いて歩け!」
(え?)
正面を見ると髪が栗毛でクリクリの12歳くらいの少年が腰に両手を置いてえらそうに30mほど廊下の先に立っていた。
(えーと、確か彼は、彼の名は…)
「アーロン!」
呼んでみたものの、すぐバタンと大きな音を立てて部屋に入っていってしまった。
(あらら。嫌われている?
でも頭を打つと心配してくれている事から根っからの悪い子じゃなさそう。
まぁ好かれている感じも無かったけどね。)
立ち止まり眉間にしわを寄せ、指でマッサージしながら記憶を辿る。
そうだ!思い出した!母が
そこからはほとんど仕事で父が王都にいるのだし学園に通うために王都に一緒に住んでいた時期もあったが、どちらにせよ仕事でほとんど父が家を空けるため独りぼっちには変わりはなかった。
学園の貴族の子はニーナの事をデブだの辺境の田舎者だのとバカにするから好きじゃなかったから結局学園でも独りぼっちだった。
家に引きこもってはお菓子を貪り食うわ、ワガママを言って周りを困らせていた。
そんな私を手に余らせた父は私を療養という名前で領土に帰らせた。
その時期に父が跡取りとして叔母の子のアーロンを跡取りとして領土に連れて来たのだ。
領土に帰らされた私と違って求められて来たアーロン。父親に人間としてダメ出しをされ上に必要の無い子と思われたと捻くれたニーナは素直になれずアーロンに優しく接する事はできなかった。
そのため最初は仲良くしようとしてくれたアーロンも冷たく接してくるようになってしまった。
アーロンは元々学園に通わず家庭教師に勉強をみてもらっている。学園は別に行かずに家で家庭教師を迎えて勉強してもいいというのなら
「お父様はどちらに?」
一応ミラに聞いてみた。
「王都まで3日もかかるため、1年はこちらに戻ってきてはおりません」
あ、そうだったわ。
そりゃ、牛車だもんね。そりゃかかるよね。うんうん。納得でしかないわ。遅くてそりゃニーナも牛単体に跨ぎたくもなるわ。
記憶を取り戻す前の私もかなりのお転婆娘だったという事でいいのだろうか。
いや、そうでしかないか。
まぁお嬢様、お嬢様しているよりはその方がシーナに近いから助かるからヨシ!とする。
この貴族社会でヨシ!としていいのかどうかは、それはまた、別の話としておこう。
それにしてもこの体、ちょっと歩いただけで心臓バクバク、息も絶え絶えなんだけどどういう事?14歳と思えないくらい体力無さすぎ!なさ杉君なんだけど!
まずはこの体力を付けよう。そうニーナは決意した。
Lv50でまさかのLv14からやり直しかぁ。なんか半端ではあるけれどこの身体の体力の無さからいってマイナスからのスタートって言ってもいいかもしれない。
ちょっと屋敷を散策しただけなのに、ゼエゼエと胸を上下させないと息ができない。身体が本当にダル重。なんとか私室に戻る。
屋敷からは出られていない。本当にちょっとの移動でこうなってしまうなんて自分で自分がビックリであった。
寝室でベッドの上に横たわる。
足をバタバタと上下に動く運動から始める。
「スカートが邪魔だわ
運動できる恰好を用意してほしいんだけど」
ミラにお願いすると目を一瞬大きくさせただけで本当は驚いているんだろうが
なんとか無表情を保ち、退室していった。
(なんてできるメイドなの!
彼女みたいな気遣いのできる部下が欲しかったぁ!)
その間に鏡をじっくりと見てみる。亜麻色の髪と目。地球でいったら西洋人みたい。いろんな角度から自分を見る。
(鼻も高いし、目もぱっちり二重で大きい。
ただ、吹き出物が。いや、まだ二十歳前だからニキビと言わせてもらおうじゃないの。そしてちょぉっと、わがままボディかなぁ。髪も腰まであるけど、パサついてるなぁ)
(もったいない!もったいないのよ!
ロングヘアーなんてアラフォー過ぎたあたりから白髪が増えてハードル高くなるのよ!
白髪染めにお金がかかるからロングヘアーなんてやってられないのよ。
髪の毛の潤いもガクッと減ってパサついてくるからヘアトリートメントにお金がかかるから短くするのが一番楽なのよ!
まだ14歳よね?なんてこと!
髪も肌もお手入れが足りないよ。
これもなんとかしなくちゃだわ。
ミラに後でこの世界のお手入れの品々を用意してもらおう)
ミラが用意してくれたのはダボッとしたズボンと少し大きめの綿のかぶるタイプのシャツ。
空の上に浮かんでいる城を探すアニメのヒロインが女海賊に借りた服を着た時みたいだ。
伸縮性は無い。ナイロンなんてものは無いのかな。中世期のヨーロッパくらいの文化なのかな。
お手入れ用品も石鹸、シャンプー、保湿と全てが馬油からできたものだった。
良く言えばオーガニック。どうやらニーナは馬油がべたつくから嫌いだったらしい。
(まぁ、肌はプリプリだからなぁ。
50歳のかさつきには馬油はありがたい品だけど14歳にはちょっとオイリーすぎたのかね。
よくすすげば問題ないと思うのだけど。
だからといって避けてこのカサカサは逆に良くない!今こそ馬油よ!ありがたく使わせていただいて馬油で潤わせていただきましょう。)
夜、ふと窓から外を見る。ガラスに薄っすら映る姿はもちろんシーナではない少女。
ビルなんて物はなくポツポツと家から漏れる光が見え、山の稜線に沿って山の方が暗くて黒い。空は星がまたたき、どこまでも続いているように見える。今までとは全く違う景色。
そこで初めて自分は違う世界に来てしまった。いや実際は14年前に転生していて前世のシーナの記憶を今取り戻しただけなのかと自分を振り返ってしまった。
(あぁ、結婚式当日に事故に合うってなんて迷惑な母親なの!
新婚旅行は行けたかなぁ…
孫は…もし産まれたらヒロが見てくれるか…
あぁ、もうヒロとどうでもいい話をして笑って過ごすなんて事ができないんだぁ)
実感として現実を突きつけられ頬が濡れているのに気が付いた。
いつもなら先にヒロが大泣きするため、自分が随分と『泣く』という行動が久しぶりという事にも気付いたが、それがまた自分が独りになってしまった事を再認識させられ涙が止まらなくなってしまった。
(だって涙が出ちゃう。女の子なんだもん)
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ラナ:だって、ワガママ傍若無人だったニーナお嬢様が「お願い」とか「ありがとう」とか言うんだもん。そりゃビックリもしますよ。
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