ユリコーンの谷 ~やっぱりあたしのお姉さまが一番ステキ~

シュンスケ

ユリコーンの谷


 小鳥たちは卵から、

 アル・ブレヒトたちは母親の胎内から、

 リリットは土の中から生まれる。

 14年の生を終えるとリリットは地面に根を張り木になる。



  薬草採取を終えて村に帰る途中、先を歩いていたヨウラクが振り返りました。

「小鳥が鳴くよ」

 すると、木立のすき間からピチピチピチと小鳥の鳴き声が聞こえてきました。

「かわいいね」

 ヨウラクの言うことはいつも当たります。

 あたしたちは最初は驚いていたけど、今では当たり前のように受け入れています。


 ピコピコ ジクジク

 ことりさん

 おうたが おじょうず

 ごきげんね


 歌を口ずさんでいたヨウラクがこっちを向いて言いました。

「ハルナ様が迎えにきてるよ」

「ほんと?」

 あたしたちは足を速めて村にむかいました。

「お姉さま!」

「おかえり、ルリ」

 あたしがかけよると、お姉さまはサッとだきあげてくれました。

 ハルナお姉さま、あたしの庇護者、あたしだけのお姉さま。

 風に波打つ長い髪、しなやかな手足、美しいかんばせ。

 ユリコーンとよばれるお姉さまたちはたいていみんなそうなのだけど。

 やっぱりあたしのお姉さまが一番よね。


「ネルフェお姉さまは?」

 ヨウラクが問いました。ネルフェ様はヨウラクのお姉さまです。

「西の入り口にアルたちが来ているから、それの対応に出ているわ」

「アルが!」

 アル・ブレヒト。

 あいつらはしょっちゅうこの村にやってきて、リリットをよこせと詰め寄ってきます。

 お姉さまたちはいつも丁重にお断りしています。

 噂ではあいつらは他の村のリリットたちを誘拐したりしているそうです。


 アル・ブレヒトたちにはわからないのです。

 ユリコーンはリリットのために存在し、リリットはユリコーンのために存在しているということを。

 あたしたちは切っても切れない関係なのです。


「あなたたちも気を付けるのよ」

 ハルナお姉さまに言われてあたしたちは元気に返事をしました。

「はーい!」


 村に入って、家に向かって歩いている途中、ヨウラクが突然、悲鳴を上げました。


「あ、ああああああっ! ネルフェお姉さまっ!!」


 そして村の西の入り口を目指して走り出しました。


「ヨウラク、どうしたの?」


「なにかあったみたいね、追いかけましょう」

 ハルナお姉さまとあたしはヨウラクの後を追いかけました。


 西の入り口ではユリコーンのお姉さまたちとアル・ブレヒトたちがもめていました。

『黙って寄越せと言ってるんだ。さもなければ痛い目に遭うぞ!』

「大切なあの子たちを渡すわけがないでしょう!」

『バカなやつらだぜ。言う事を聞いてりゃ、命だけは助かったのによ! 野郎共、遠慮はいらねえ、やっちまえ!』

 アル・ブレヒトたちは手に持ったものを、お姉さまたちに向けました。

 それを見て、あたしは目を疑いました。

 金属製の黒い筒。銃把と引き金と丸い銃口。


 前世の記憶が警鐘を鳴らしました。

 アレハキケン、キケンナモノダ。


 この世界にいままであんなものなかったはずなのに。


 誰かがこの世界に持ち込んだのです。

 それをしたのは、あたしと同じように異世界から転生してきた誰かかもしれません。


「あぶない!」


 ヨウラクの手をつかんで引き留めました。アル・ブレヒトたちは銃の引き金を引きました。


 ズガーーーーン……。


 やつらの銃口が一斉に火を噴き、お姉さまたちがバタバタと倒れました。その中にはネルフェ様の姿もありました。

「逃げないと、殺されちゃう! ヨウラク!」

 ひっぱってもヨウラクはぜんぜん動きません。

「いやだ…いやだ…」

 頭をかかえて地面に蹲り、ガタガタと震えていました。

「こんなの見たくない…見たくない…」

 ヨウラクには、これから起こる出来事がわかったのです。


「早く逃げなさい!」


 ハルナお姉さまがアル・ブレヒトとあたしたちの間に立ちました。


『そこをどけえぇ! 邪魔をするなぁ!』


 アル・ブレヒトはお姉さまに向けて引き金を引きました。


「やめ…!」


 あたしの叫び声は銃声にかき消されました。


 ズガーーン!


 お姉さまは胸を撃ち抜かれて仰向けに倒れました。


 あたしはお姉さまのところにかけよりました。


 胸から血が大量に流れ、命が失われていきます。


 どうすれば、どうすれば。死なないで、死なないで。


 お姉さまの手が、あたしの頬に触れ…。


「…希望を失わないで、ね…、わたしの、ル、リ…」


 触れていた手が力尽きて地面に落ちました。


「お姉さま! お姉さま! いやああああっ!」


 お姉さまにすがりついて泣いていると、強い力で首をつかまれて放り投げられました。



『リリットは殺すな! 生け捕りにしろ!』

 アル・ブレヒトたちが怒鳴りました。

『ユリコーンどもは一人残らず血祭りにあげろ!』

『ヒャッハー! 血まみれカーニバルの時間だぜぇ!』


 リリットは荷車にぎゅうぎゅう詰めにされて運ばれました。

『こんなチンケな生き物捕まえて、どうしようってんですかね、お貴族様は』

『愛玩用だとよ。お貴族様の考えることはほんとわからねえなあ』

『でも、銃を作ってくれたのも、お貴族様だからな』

『おかげで俺たちゃ向かうところ敵なしだぜえ』

『わははははは!』


 この世界では見たことのない鉄の乗り物に放り込まれました。

 前世で蒸気機関車と呼ばれていたものです。


 ヨウラクもいっしょに放り込まれました。

「ヨウラク! ヨウラク!」

 いくら呼びかけても返事がありません。

 目は開いていて、息もしています。だけど、心はもうここにはいません。


 雨が降る前に雨の音を聞き、鳥が鳴く前に鳥の声を聞いていたヨウラクは、あれが起こる前に全て見てしまったのです。自分のお姉さまが撃ち殺され、ユリコーンが皆殺しにされるところを。

 夢の世界へ行ったままヨウラクは帰って来ませんでした。



 蒸気機関車は進んでは止まり、進んでは止まりを繰り返しました。そのたびに、リリットの数が増えました。


 ここにいる全てのリリットは愛するお姉さまを失ってひとりぼっちになってしまいました。

 誰もが泣いていました。愛してくれる人は、もうこの世のどこにもいないのです。

 希望を失わないでとあの日お姉さまは言ったけれど、希望を失わずに生き続ける方法があるなら、


「どうか…、どうか教えてください、お姉さま…」


 あたしのつぶやきは、誰にも届きません。ただ空気にとけて消えるだけでした。


 知識は素晴らしいのでしょう。お姉さまたちを皆殺しにして、あたしたちの生活を破壊した文明はさぞ輝かしいものなのでしょう。


 小さくて無力なあたしたちは、鉄の檻に閉じ込められて、見知らぬどこかへ運ばれるだけでした。



 * * * * *



 ここはリリアン・ワールドと呼ばれている世界。


 私たちユリコーンは、外の世界から訪れた客のようなものだ。


 この世界に私たちはリリットという幼女体型の生物を作った。


 平均寿命は14歳のリリットたちを慈しみ育てるのが、私たちの唯一の楽しみだ。


 リリットは希望から生まれた存在。寿命が存在しないユリコーンに代わって、生を謳歌する生き物。


 さまよえる魂を呼び寄せ、器に入れることによって、リリットは誕生する。


 最初は種だが、土の中に植えると、赤ん坊になって産まれる。


 半年もすれば、幼女の大きさまで成長し、成長はそこで止まる。


 ユリコーンはリリットの保護者的な立ち位置で、リリットに種を与え、繁殖を促すという大切な役目を担っている。




 アル・ブレヒトの襲撃があった日、生体端末からの接続が切れた私はベッドから起き上がって頭を振った。


 何もなかったこの世界に、ついに銃という武器が誕生した。


 それは祝福すべきことなのかもしれない。


 しかし、私のリリットを悲しませたことだけは、絶対に許せない。


 私は通信デバイスを呼び出して話しかけた。


「ネルフェ、起きてる?」


「ええ、ハルナ、はらわたが煮えくり返る思いというものを、初めて経験したわ」


「あいつら銃を持っていたわね。この世界にはないはずの武器を」


「外の世界から持ち込まれた可能性が高いわね。あるいは、さまよえる魂が知識を持ち込んだか」


「どちらにしても、虐殺を許すわけにはいかないわ」


「落とし前はきっちりつけてもらわなくちゃね」


「それじゃあ、行きましょうか。私たちのかわいい妹を取り返しに」


「もちろんよ。誰に喧嘩を売ったのか、思い知らせてやるわ」


「あ、待って、通信が続々入ってきてる。みんなめちゃくちゃ怒ってるわ」


「妹を奪われたのだもの、当然よ」


「準備が出来次第転送ルームに集合よ! 遅れた人は置いていくわよ!」



 この世界に来て初めて、バトルスーツを着用した。


 レーザー、超破壊ビーム、グラビティキャノン、マイクロ波動砲、てんこ盛りのスーツだ。

 

 貴族社会を形成しているというアル・ブレヒトには過剰戦力かもしれないが、一切容赦するつもりはなかった。


 私の妹を泣かせたのだから、その代償として死をもって償わせるのがふさわしい。


 かわいいルリ、どうか希望を失わずに待っていて。すぐに全てを終わらせて、あなたのもとへかけつけるわ。



 * * * * *



 あれからもう五日が経ちました。


 鉄の檻に詰め込まれた大勢のリリットたちは、水も与えらえれず、日の光も浴びることができず、どんどん干からびていきました。


 ここにいる全員が生きる希望を失い、じわじわと枯れ果てるのを、ただ待っているだけでした。


 キキキキキーーーーッ!


 蒸気機関車が音を立てて止まった時も、またリリットが放り込まれるだけだろうと、そう思っていました。


 いつも夢の中にいるヨウラクが、突然わっと泣き出しました。

 これからなにか恐ろしい事がおこるのです。あたしは身を固くしました。


 ガガガガッ!


 鉄の檻の入り口が破壊されて、日の光が差し込みました。まぶしい光の中に立っていたのは…。


「ルリ!」


 聞き間違えるはずがありません。あたしだけの…。


「お姉さま!」


 夢なんかではなく、本物のお姉さまが、銀色のスーツに身を包んで、助けに来てくれたのです。


 あたしはお姉さまに抱きついて、頭をぐりぐり押し当てました。

「お姉さま! お姉さま! お姉さま!」

「遅くなってしまってごめんなさい。もう何も心配いらないわ。全て片付いたから」


 お姉さまからキスの雨が降ってきました。

 あたしは嬉しくて、泣きながら笑ってしまいました。


 となりでは、 夢の世界から目覚めたヨウラクが、ネルフェ様に抱きついてわんわん泣いていました。

 他のリリットたちもみんなそれぞれのお姉さまに抱かれて再会の涙を流していました。


 美しくて、やさしくて、強いお姉さま。ユリコーンのお姉さまはみなそうなのだけれど、やっぱりあたしのお姉さまが一番ステキ!



 草原に降る雨

 険しい山々にかかる雲

 深い谷をおおう霧

 湖を渡る風

 風にゆれる葉っぱ

 葉の陰にかくれた虫

 川をさかのぼる魚

 波濤を越える鳥

 雲、大気、水、木、虫、小鳥、あらゆるものの息吹を感じます。



 新しい村では、小さなリリットたちが土の中からコロコロと生まれていました。

 ヨウラクもあたしも、おちびちゃんたちの世話に大わらわでした。

 この子たちもいつか自分だけのお姉さまに出会うでしょう。


 そして種をもらうのです。

 

 リリットは大地の申し子。他のいかなるものにも属したりしません。

 そしてユリコーンは、大地を助け大地とともに生きるのです。


「うーん」

 手を休めて、大きな伸びをしました。

 暖かく穏やかな陽射しがあたしたちのまわりに降り注いでいました。




【おわり】


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読んでいただきありがとうございました。


最初はこのお話は、リリットが幻のユリコーンの谷を探して旅に出るという話でした。

リリットとユリコーンは別々の場所に暮らしていて、種をもらうときだけ会うのです。

しかし、それだとリリットとユリコーンが日常的にイチャイチャできないではありませんか! というわけで、最初の案は泣く泣く(?)ボツにしました。


また、アル・ブレヒトに連れ去られたリリットがリリットハウスという収容所で飼育されるという展開も考えたのですが、長くなりそうなのでボツにしました。


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