第5話 金貸小屋の3人
「ハレ横」は相変わらずにぎわっていた。ハレってハレヤ横丁の略だよ。晴の日横丁とハレルヤ横丁が合体した名前だ。アメ横もアメ屋横丁と、アメリカ横丁の合作らしい。まあ分かりやすい事はいい事だな。
ヨシオさんとマコトは生鮮市場の裏で、人間様が食べ切れそうもない食物を、敬礼しながら頂戴していた。毎日入荷するモノがあふれてた。その場で売れたけど少し余るもんだよ。
何しろ活気があって楽しかった。特に魚は鮮度が良くて、遠方より人間様が買いに来ていた。人間様は気分良く我々に分け与えてくれた。本当に良い奴らだよ人間って。
「ハレ横は市場だ。その日に売り切る事が課題だな!」
そんな納得出来る横丁がヨシオは好きだった。
裏手に回ると宝石を売っていたり、衣料品雑貨を売っている店がひしめき合っていた。そんな中、金貸業を営むお店の前に3匹のネコがたむろしていた。
マコトは静かに映像におさめた。
ヨシオさんはその中の一匹をどこかで見た事があった。
そう、あの時…鮮明に残っていた 記憶…
そう、あのネコだ。
◯魚屋のタクジ
「タクジ」はハレ横屈指の魚屋の飼い猫…そして真面目で良い猫…だったが、売り物をくすねたと疑われ、追い出されたネコと言うことになってる。
真意は違ったんだけど店主に誤解され、その日のうちに蹴飛ばされ、追い出された気の毒なネコだ。タクジの不信感はバリバリで、おかげで目つきが変わってしまった。全ての人間が俺様の事を疑ってるんじゃないかと、思うようになってしまった。時が経ちタクジは立派なグレネコになっていた。その町内を知っているだけにタクジは辛かった。辛辣な言葉は数知れず、表を歩く事が嫌になった。
疑われて生きる事の辛さが、嫌というほどわかったタクジ。キラキラした瞳は小さくなり、伏し目がちな風体になってきた。横丁屈指の魚屋のネコといえば、やはり威張っている感じはあった。他のネコにも、アゴで雑魚を分けてあげてたようだった。しかし人間もそうだけど、いい事は長くは続かないな、反対に悪い事も続かないけどね(笑)
魚屋と距離を置かざるを得なくなったタクジは、当然だが放浪の旅に出た。とは言っても、町を離れるわけではない。むしろ大通りから、ごちゃごちゃした裏通りに隠れて行った感じだ。でもすれ違うネコたちは真相を知る訳でもなく、昔のタクジとして見ていた。
タクジは店先で、何となく面白く無さそうな顔してる太ってるネコに声を掛けた。みんなからマサさんって呼ばれている占いネコだ。暫く2匹は話していたが、時たま嬉しそうな鳴き声も聞こえて来た。気持ちが通じ合ったのかも知れない。特にマサさんの方は、自分の店先なんで何となく落ち着かない様子だった。
ちょうど店一軒隔てた所から
1匹のネコがこっちを見ている…
◯泥棒ネコのミノル
ミノルはいつも怯えていた。
怒られっぱなしだからだ。
泥棒猫の親といつも一緒に走りまくってた幼い頃。親に命じられ意味も分からず乾物や干物を盗んでいた毎日。水をかけられ、罵倒され、挙げ句の果てに蹴り飛ばされる日々が、ミノルを作り上げていった。いいことなど一度も無かった。常に周囲を気にしている。
しばらく経って親とはぐれた。というより捨てられたって感じだ。ミノルに少しだけ自由が訪れた。命令される苦しみから解放された瞬間だった。自由を得たものの、拠り所のないミノル。今まで勝手によそ様の食べ物をかっぱらっては、ガツガツ食っていたミノル。早く食って次の仕事に行かなければ怒られるからだ。
「もうしなくていいんだ」
生まれてこのかた、ゆっくり寝た事すらなかったよ。ちょうどいい感じのネグラが見つかった。ゴミ箱の裏だった。
ミノルは眠りについた。
ちょうどその時、ヨシオさんとマコトが前を通った。立ち止まってヨシオさんは、毛並みの汚いそのネコをジーッと見ていた。
「このネコってまさか?」
〜深い眠りについたミノル〜
「コラ 何してるんだ!」
「早く 逃げるんだよ!」
ミノルは怒鳴られた。食べ残しの干物は残念だけど、現場を目撃されたんじゃ逃げるしかない…
「まったくドジなんだから、
お前のおかげで見つかったじゃないか」
自分の母親にこっ酷く怒られたミノルは、いつもの事とはいえ情けなくなっていた。でもこんな事何でするんだって、いつも心の中で思っていたが、生まれてこれしかして来なかったので選択肢は無かった…
ミノルは目が醒めた。
寝ていたようだ。
「なんだ夢か!」
夢までおびえて怒鳴られてたよ。1人きりになっていることを実感したミノルは歩き始めた。視線を感じていたが、いつもの射抜くようなものは無かった。
しばらく歩くと、いつもの横丁に入った。体が覚えてしまっているのはありがたいやら、情けないやら、困ったもんだよ。目の前に昔お世話になったタクジさんがいた。
「タクジさんなんでこんな所にいるんだろう?」
お互いどちらともなく寄って行った。
◯占いのマサさん
マサさんってドシっとしているね!落ち着いてるよ。みんな会う度に言ってくる。金貸業を営む御主人はハレヤ横丁の古株番頭。いつも頭を撫でて貰いながら、マサは客の善し悪しを判断していた。マサが軽やかな声で鳴く時は良い客。普通の商いのルールを知ってる上等なお客、必ず約束を守り金を返しに来る。反対に低く唸り声をあげる時、それはヤバい客と思っていい。人を騙す時の人間って、何とも言えない妖気が漂っているらしい。マサは主人に可愛がられ食べ物で困った事は一度も無い。
マサの人生?いや猫生か?
生まれた時から今の主人に頭を撫でられて生きて来た。食事は好きな物を好きなだけ食べてきた。今さらだけど、良い時代&良い場所に生まれたって感じだ。
悩み無きマサに備わった能力なのか、実は定かでは無いのだけれど、人の良い悪いを当てられるって事で、重宝されて来たらしい。まあそう思ってくれたのは御主人様なので何とも言えないけどね。
〜実は違った〜
単純に「臭いヤツ」か、そうでないヤツかだけで8割近い確率だったようだ。マサさんは鼻が効いた。別に神がかっていたわけでは無かった。むしろごく普通のその辺にいるネコだった。でも人間もそうだけど、祭り上げられる時ってそんなもんだよ。マサさんにも夕陽が忍び寄って来た。
「潮時かな…」
そんなマサの周りに、グレたタクジと、怯えたミノルが寄って来たわけです。栄光と挫折、束縛から脱出、どっちもまだまだ長い道のりが待ってそうだ。
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