第4話 緑眼のリク

リクも同時代に送り込まれたネコ型ロボットだ。

リクの目は緑色、とても綺麗だ。次章で詳しく話すが、この猫は最強のアバターを被ってる。会話をほとんどしないし、表情も全方位で出すことはまず無い。ただ主人(飼い主)とは心が通っている。また彼は人間の心を読む事が出来る。外見を見ると戦闘型アバターをまとっているのが重々しいが、慣れて来れば問題無い。




15年前から突然昏睡状態に陥ってしまったリク。愛情を自分の子供以上にそそいでいた飼い主はひどく悲しみ、当時最高の技術を施し、アバターを用いて肉体以外の精神部分を呼び出す事に成功した。アバター的には多少ぎこちなくなったリクだが、精神に関しては生前のままだった。特に眼はそのままだった。その深遠な緑色の瞳は、人の心以上に未来を見通す能力も備えている様だった。



マコトはリクのことを知らない。知らなくてもいいことになってる。なぜならマコトを監視する役目を持って、タイムトラベルしたからだ。ある面恐ろしい世界が出現する予感さえ感じさせる。この辺の話は後にしよう。



それぞれ違う場所、違う年代から送り込まれた2人。何かの異常が無い限り、確実に指令を実行して帰還するアバターたち。



タイムトラベラー庁に届けを出して、監視員の許可の下、厳重に行動を監視されるアバターネコたち。実際この世界に自由はあるのか、飼い主の精神レベルによって、全て異なる世界に従順に生きていかなければならない事はわかっている。


いずれにしても、ネコは人間のペット。人間様に使えるロボットのようなものだ。普通は亡くなったらそれまでだ。


ただリクは違った。生まれた時から精神的エネルギー量が、通常値を遥かに超えていた。ほぼ人間と同じレベルと考えてもいい。昏睡状態から肉体だけ入れ替わった特殊な例だ。任務が終われば、晴れて主人ともとの生活に戻れる…


しかし難しい時代を生きることになったものだ。


リクの主人は46歳。10社を経営する事業家だ。今や売上は400億円に達する。平成から令和と激動の時代を生き抜いた、マーケティングのエキスパート。メイン事業はコンサルティングだが、全国に展開してる会員制BARは静かな拡がりを見せている。運営は上手と言えよう。


実際、自分は前面に出ないが、細かい指示は鋭く隅々まで届いている。元々とどまることが出来ない性格。次から次へと、事業は変化を見せるが失敗も多い。得るものより失うものも多かった。奥さんを大切にしてる反面、仕事は非常に厳しい所がある切れ者だ。友達もかなり多い。夜出歩く頻度は異常値を示している。それが主人のいいところかもしれないけどね。自分の部屋はマジ散らかってる。お世辞でも綺麗とはいえない。やはり人間ってスキもあるからね。それが本人は安心するようだ。



リクが昏睡状態になってから永遠の時間が流れた。



まさに眠り猫。ぬいぐるみが置いてあるようなものだった。それにしても15年は長かった。子供たちが大きくなっても、リクは静かに眠ったまま。長男には少し記憶が残ってると思うけど、ほとんど声も出さず、眼も開かずのリクは家族にとって静物の一つにすぎなかった。



〜しかし〜



たまに精神的反応がみられた。午後の不定期な時間に、主人の心の中にリクから通信が入ってくるのだ。最初の頃は、1秒程度のモールス信号のようだった。


〜ビッ〜


次第に時が経つに従って、かつて意思疎通していた内容まで到達していた。


〜リクは生きてる〜


確信を得て何とかならないかと、主人は大学時代の友人に連絡した。



〜アバターに移行するってのもありだな〜



唐突に言ってきた友人に面食らったのも束の間、政府主導で進めてきたムーンショット計画が頭に浮かんだ。政府の計画に関しては、仕事上ついて行くしかなかったが、抵抗する気持ちは持ち続けていた。アバターの事も知っていたが、まさか自分が実行するとは思わなかった…



新しいアバターは、申請してから約1ヶ月で顧客のもとに届く。本来、神の領域に入る事になるので、かなりの制限付きだ。それもそのはず3次元的肉体から離脱するわけだからね。人間の欲望の果て、不老不死の行き着く所。転生輪廻をサイボーグで代行するわけだから。慎重にならざるを得ない。



しかし人間まで行き渡る事は無かった。



途中で時間軸に狂いが生じてきたからだ。逆にペットをアバターに移行させるのは公では無いが、水面下で進んでいた。



二ヶ月が経った。ベンガレンシスの葉が青さを増す頃、昏睡前と同じ姿では無いが、リクは台所のシンクの上に上がっていた。



〜リク そこは危ないよ〜



懐かしいセリフが出た。ボディが戦闘用アバターをまとっているので、軽くぶつかっても破壊されてしまうのがちょっと難点だった。



それでも…目頭を軽く押さえた主人に…



15年前の記憶が蘇っていた。

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