第2話 ハレヤ横丁

この時代、角打ちは多かった。

角打ちって何かって?



立ち飲み屋の事だよ。



そこは当時、下町サロンの様な雰囲気を出していた。まあ、椅子なんか無いけどね。座敷に上がったり、綺麗なテーブルで一杯やるヤツは あまりいなかった。気楽な立ち飲み屋に軍配が上がってたよ。サラリーマンだって、工場勤務のヤツだって みんなここに集まって来た。カウンターも満席、立ちテーブルも満席、入りきれないヤツらは無理矢理割り込んで来てたよ。いわゆるダークダックスってヤツだ。そう呼んでいるオッサン達は なぜか嬉しそうだった。


ダークダックスって何?


って聞きたいだろうが、その辺は考えない方がいいだろう。とにもかくにも観ている我々も参加したいくらい、仕事終わっての酒盛りってのは楽しそうだった。



俺はマコト。そう、ちょっと一風変わったネコさ。この小説の中では主人公という事になってる。格好はこの時代に合わせているけど本当は違うんだぜ。でも事情があって1940年の東京に来てるわけさ。


毎日毎日、みんなせわしく動いてる。本当なら辛くて投げ出したいだろうけど、何故かみんな楽しそうだ。何かいい事が訪れるんじゃないかって…そう思ってるような時代かもしれない。


しばらくして、角打ちにあれだけ群がっていた面々は、一斉に帰って行った。まあ時間からすれば一瞬なのかもしれないな、そんな気がした。再び暗い闇が訪れる前に、マコトは上野のネグラへと戻って行った。


〜上野の森もようやく眠りについたようだ〜



朝が来る前に、マコトはすでに移動していた。あのヨシオさんが先に歩いている。そう、ヨシオさんとは浅草で会って以来、一緒に行動している。彼は下町が好きだ。ここは上野と御徒町の真ん中にある横丁、通称ハレ横っていうところだ。


「こっちは人が多いな」

ヨシオさんは驚いていた。


そしてハレ横は色々な物資が集まる市場のような場所。鮮度がいいんだろうね、そして売り方も荒い。一気に山積みの魚が無くなっていくよ。1皿で千円が、2皿で千円になるのにそんなに時間はかからない。買う方も買う方だ、当たり前のように値切ってる。まあ、こんなやり取りが好きなんでしょうね。マコトはヨシオさんに気付かれないように、その光景を青い目に焼き付けるため、気付かれないようにシャッターを押していた。マコトはゆっくりとコメカミから手を離した。


「御徒町の方に行ってみようか?」

ヨシオさんは拝借したチクワを食べながら言った。


「ああ そうですね、行きましょう」

俺に選択肢は無かった。ひたすらこの時代の時間に合わせるのがルールだからね…  一瞬!


「八百屋の陰に 誰かいる!」

思わず叫んだ!


確かにいた。ちょっと小太りのネコだ。ヨシオさんも気付いた。気になるので取り敢えず追いかけることにした。小太りネコは一目散に逃げ出した。何かヤバいことでもしてたようだ。それとも我々を?


「意外と早いな、アイツ」

ヨシオさんが振り向きざまに言った。


「ひとりか? 仲間居るのかな?」

俺も心の中でつぶやいた。


なぜか不思議とスタスタ逃げてるヤツを追いかけてるうちに、妙な親近感が湧いてきた。


〜ヤツも仲間か!そう心の中で思った〜


しかし奴はシマを熟知している、この辺にいるヤツだな。完全に離されてしまったらしい。もつ焼き「副大統領」の前までは見えていたが、裏手に回ったところで消えた。


「やめよう、キリがない」

ヨシオさんはブロック塀の上から言った。


あたりには、「もつ焼き」の香ばしい香りが充満していた。この匂いはたまらないな!ヨシオとマコトは御徒町の終わりの方まで移動して行った。


この辺りは魚も良いね。本当にこの辺は、新潟からも千葉からも良い魚が入ってくる。行商のお母さんたちの朝は早い。我々も掻き入れ時には邪魔になっている。



「明日はアジの干物でも戴きますか!」



ヨシオさんはどうやら、この雑踏の中が好きなようだ。そうでなければこんなに一体化してるオーラは出ていないしな。


「明日になればヤツは現れるよ」

ヨシオさんはポツリと言った。俺もそんな気がした。まあ人が多い街で生きて行くのも、いいもんだな。細々とした狭い空間に押し込められた世界、感情がぶつかり合う商人の街。


〜マコトはいい予感がして来た〜

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