一 : 黎明 - (8) 宗久

 永禄十二年一月半ば。奇妙丸は新左を含め五人の供を連れて岐阜を出発。奇妙丸一行は順調に西へ進み、近江を経て二月の始めに最初の目的地である京に着いた。

「これが、京……」

 初めて目にした京の町に奇妙丸がまず感じたのは、華やかさや雅さに圧倒された訳ではなく拍子抜けしたような意外さだった。

 民が暮らす家々は簡素な造りのものが目立ち、商店に活気は見られない。これはまだマシな方で、公家の屋敷と思われる建物は塀が崩れていたり建屋も損傷やいたみが目立つ有様だった。

 これでは、清州や岐阜の方が栄えている気がする。京の現実を目の当たりにした奇妙丸は落胆よりも驚きの方が大きかった。同行する奇妙丸と歳が近い面々も似たような反応を見せていた。

「これでも、改善した方です。我等が上洛を果たした直後はもっとひどかったです」

 昨年の上洛にも同行した新左が口を添える。

 応仁の乱以降、京は絶対的権力者が長らく不在だった為に、京を治める足利将軍家と管領かんれいの細川家の権力争いや細川家内部の主導権争いなど、衝突が絶えなかった。時には洛中でも小規模な戦に発展する事もあり、住民も巻き込まれるのも珍しくなかった。こんな状況だったので治安も悪く、野盗も出没していた。

 荒れ果てた京に激変をもたらしたのが、信長だった。織田の兵が市中を見回り、兵達の乱暴狼藉を厳しく取り締まった結果、治安は劇的に改善したのだ。特に、一銭でも盗んだり奪ったりした場合には斬首に処する“一銭切り”と呼ばれる徹底的な措置は、京の民衆から好感を持たれた。犯罪の不安におびえずに済むと分かり、戦乱に巻き込まれないよう京を離れていた人々も徐々に戻り始め、活気はよみがえりつつあった。

 父が見聞を広める為に京ではなく堺を選んだのも、奇妙丸には何となく分かった気がした。

「若、御屋形様は御所造営で二条にられます。お会いになられますか?」

 新左が気を利かせてすすめてきたが、奇妙丸は「いや」と首を振る。

「父上はお忙しい御方だ。仕事の邪魔をする訳にもいかぬ。今日は宿で休んで、明日堺にとう」

 新左の好意はありがたかったが、日頃会う機会が少ない父と京で会っても会話が弾む訳があるまい。それに、父はわざわざ訪ねてきた息子に会うよりも、他の事を優先したいに違いない。会おうとするだけ無駄であった。

 複雑な心境を察したのか、新左は神妙な面持ちで「承知しました」と言ったきり、それ以上の言及はしなかった。


 真っ直ぐ宿に向かい体を休めた一行は、翌日に目的地である堺へ到着した。

「これは……凄いな」

 奇妙丸は驚いたというより、度肝を抜かれた。他の面々も同様で、新左も目を丸くしていた。

 見渡す限り、人、人、人。軒先を連ねる商店も様々な品が並べられている。食料品、日用品、武具、農具、中には南蛮渡来の珍品を取り扱っている店もある。岐阜や清州も商いが盛んな地域ではあるが、比べ物にならない程の盛況ぶりだった。

 確かに、これは是非とも訪れるべきだ。人伝ひとづてに聞いた情報より、自分で直接見て聞いて触れて感じる方が遥かに身になる。

 奇妙丸は堺の街の勢いに圧倒されながら、父から伝えられた人物の元へ向かう。奇妙丸一行は途中道に迷いながらも、何とか目的の屋敷に辿り着く事が出来た。

「お待ちしておりました」

 屋敷の主が入口の前で奇妙丸一行を丁重に出迎えてくれた。十三歳になったとは言えまだ子どもの奇妙丸にも主は大人と同じような態度で接してくれた。

「暫くの間、お世話になります。宗久そうきゅう殿」

 奇妙丸が声を掛けると、宗久はにこやかな笑みを浮かべながら頭を下げた。

 今井宗久。永正十七年(一五二〇年)生まれで五十歳。甲冑かっちゅう製造の際に用いられる鹿皮等の皮製品の販売で財を成し、日本屈指の商業都市である堺でも指折りの豪商であった。

「ささ、こんな所で立ち話もあれですから、どうぞ中へお入り下され」

 宗久に促され、屋敷に通される奇妙丸一行。足をすすぐ水もぬるま湯で、気配りが利いた人だなというのが奇妙丸の第一印象に残った。


 岐阜から同行してきた者達は用意された部屋で休む中、奇妙丸と新左は離れに設けられた草庵へ案内された。

 かなり裕福な生活をしている筈の宗久が、どうして屋敷の敷地内にひなびたいおりを建てたのだろうか……奇妙丸が疑問に感じていると、後ろから新左が説明してくれた。

「これは近頃の茶の湯の世界で“数寄すき”の様式が流行しており、宗久殿もその流行を取り入れられて造られたものです」

 宗久は“侘び”の精神を融合ゆうごうした茶の湯を世に広めた武野たけの紹鴎じょうおうから教えを受けた茶人で、茶の湯の世界では名の知れた人物だった。宗久は大切な客人である奇妙丸を茶の湯で持て成そうとしてくれたのだが、肝心の奇妙丸はやや気後きおくれしていた。

 文武で鍛錬を積んできた奇妙丸だが、最近流行している茶の湯に関しては全く知識がなかった。それがまさか、初めての経験が当代随一の茶人である宗久が相手なんて……。

「人間、何事も初めての事はあります。むしろ、当代きっての茶人に教えを乞う機会と思って臨まれなされ」

 緊張で顔が強張るのを察した新左が声を掛けると、奇妙丸も幾分表情が和らいだ。

「……とは申せ、偉そうなことを言っておりますが、私も茶の湯に関しては素人同然にございます。平にご容赦を」

「左様か。ならば、知らぬ者同士、仲良くしようではないか」

 そう言って、奇妙丸はニカッと笑った。それに釣られるように、新左も笑みがこぼれた。

 主従二人の気持ちが和んだところで、草庵に入った。中は四畳半の広さながら、狭さや圧迫感はそんなに感じなかった。

 中では亭主役の宗久が座っていた。奇妙丸は今回正客となるのだが、素直に今日初めての茶の湯だと打ち明けると宗久は意外そうな表情を浮かべながらも、優しく分かりやすく流れや座る位置などを説明してくれた。奇妙丸は宗久から作法を教わりながら、緊張した面持ちで茶を喫した。末席に座る新左もぎこちない動作で茶碗を口に運ぶ。宗久は二人の初々しい所作を温かい眼差しで見守っていた。

「いかがでしたかな? 初めての茶の湯は」

「……正直、緊張しました。お見苦しい振る舞いをしないようにするだけで手一杯で。楽しむ余裕などとてもありませんでした」

 奇妙丸がありのままの感想を述べると、宗久は穏やかな表情で言った。

「それは勿体ない。今日初めての者なら多少の粗忽そこつも目をつむってもらえるのですから、思い切り楽しめば良かったのに。所作など後から身に付ければ充分です」

 宗久から指摘され、ハッとする奇妙丸。控える新左も同じような表情だった。

「何事も楽しむ。それが上達のコツですぞ」

 そう言って宗久はニコリと笑った。間違えないよう、恥ずかしい思いをしないようにと頭が一杯で、茶の味もロクに覚えていない自分を奇妙丸は恥じた。

「……もう一杯、頂けますか?」

「はい。喜んで」

 奇妙丸がお願いすると、宗久は快く応じてくれた。今度は失敗してもいいという気持ちで臨もうと腹に決め、背筋もグッと伸ばす。

 宗久が茶筅を振る姿、音、床の間に活けられた花瓶の花……先程と比べて、景色が全然違うように奇妙丸は抱いた。程なくして差し出された茶碗を受け取り口を付けると、苦味だけでなくほのかな甘味も舌に感じた。

 これが、楽しむという事か。気持ち一つで見え方も感じ方もガラリと変わる。織田家の嫡男として相応しくあらねば、と常に厳しく律してきた奇妙丸だが、こんな世界があったなんて初めて知った。

「……とても良いお顔をされておられますね」

 宗久がニコリと微笑みながら言った。自分の顔は分からないが、鏡で見れば晴れ晴れとした顔をしているに違いない。

「宗久殿。色々とお伺いしたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」

「私共で答えられる事でしたら、何なりと」

 茶碗を置いた奇妙丸は、宗久の方に体を向けて訊ねた。

「堺という街は、どうしてこれ程までに栄えているのですか?」

 奇妙丸の真っ直ぐな視線に、宗久も居住まいを正してからゆったりとした口調で答えた。

「この街……堺は、商人あきんどが皆で集まって自分達の街の事を決めているからです」

 宗久の答えに、奇妙丸は目をぱちくりとさせた。

「……本当に、商人しょうにん達でまつりごとを行っているのですか?」

「はい。お武家様の指図は一切受けておりません」

 にわかには信じられないという奇妙丸に、宗久ははっきりと断言した。

 堺は南北朝の時代から港湾都市として着目され、室町時代には明との勘合貿易の拠点となった事で海外との交易が行われるようになり、さらなる発展を遂げた。やがて明だけでなく琉球や南蛮の船も入港するようになり、賑わいはさらに加速していった。

 港湾都市として急成長を遂げる中、海沿いの倉庫(納屋なや)を持つ商人が海外交易向けに貸し出したところ、大いに繁盛して財を成した。その金を元手に廻船かいせん業・貸金業・為替かわせ業を営むようになるとさらに財は膨らみ、巨万の富を得た商人は豪商となった。このような納屋業を取り扱う有力な豪商十人がやがて堺の街の政も取り仕切るようになり、その数は三十六人まで増えて“会合えごう衆”と呼ばれるようになる。

 街の政は全て会合衆の合議で決めると共に、独自で浪人を雇い入れ街の周囲をほりと柵で囲い、街が戦乱に巻き込まれないよう自衛した。堺は武家の統治を一切受けない自治都市へと変貌し、繁栄を続けてきたのである。

 イエズス会宣教師のガスパル・ヴィエラは自らの著書『耶蘇やそ会士日本通信』の中で、堺についてこう記述している。

『堺の町ははなはだ広大にして大なる商人多数あり。この町はベニス市の如く執政官により治めらる』

 当時“水の都”として栄えていたベニス(ヴェネツィア)を引き合いに出して紹介した事から、堺は“東洋のベニス”としてこの時代の世界地図に街の名前が載る程に認識されるようになった。

「……ただ、今は織田様の直轄地となりましたが」

 宗久は少し寂しそうにポツリと漏らした。

 昨年の上洛以降、急速に勢力を拡大させる信長に対して快く思わない者も会合衆の中に一定数存在しており、織田家に反感を抱く者の中には畿内から追い払われた三好三人衆を秘かに支援していた。昨年末に三好三人衆が畿内に再上陸したのも、そうした者達の手引きがあったから……という噂がまことしやかにささやかれていた。

 こうした動きに、信長は断固とした態度で臨んだ。堺の会合衆に対して矢銭二万貫を要求、もし拒めば堺の街を焼き討ちにすると通告してきたのだ。信長の法外な金額の要求に反発も当然上がったが、今井宗久を始めとする織田方に近い豪商が「堺の街を守るなら要求を呑むのも止む無し」と説得、最終的には信長の求めである矢銭の支払いと織田家から派遣された代官を受け入れる事を受け入れた。信長の要求に屈した事により、堺は事実上織田家の直轄領になったのである。

「それでも、織田様にお納めする運上金は思いの外少なく、これまでのやり方を最大限尊重して頂けますので、商いに支障は出ておりません。それどころか自由な商いを奨励しており、以前より賑わいが増している程です」

 先程浮かべた複雑な表情から一転して、ニコニコと笑みをたたえながら話す宗久。あの一瞬の顔は、自治都市の誇りを失った悔しさが滲んだのだと奇妙丸は解釈した。

 堺を自らの支配下に置いた信長の嫡男である奇妙丸は、どのような顔をすればいいか分からなかった。俯く奇妙丸の心中を察した宗久は、優しく語り掛けてきた。

「織田様には大変よくして頂いておりますので、奇妙丸様がお気になさらなくても大丈夫です。奇妙丸様には存分に見聞を広げて下さりませ。私共も微力ながらお手伝い致しますので、何なりと申し付けて下さい」

 早くから親織田派として尽力してくれた宗久に、信長は出来る限り優遇した。幕府御料所である堺北荘・堺南荘の代官に宗久を任じ、宗久も信長との距離の近さから会合衆内部でも発言力が増し、商売の面でも大きく飛躍していく事となる。信長と宗久が互いに持ちつ持たれつの関係を深めていくのであった。

 宗久の気遣いに奇妙丸は感謝の意を込めて軽く頭を下げた。茶碗を手に取り口を付けると、爽やかな苦味が奇妙丸の口の中に広がった。

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