第33話 逢坂夏美の追憶 その1

 お姉ちゃんいわく、お姉ちゃんがアイドルを好きになったきっかけは、わたしたちのお父さんが死んでしまったことだった。


 わたしはあんまり覚えてないんだけど、お父さんが死んだのはお姉ちゃんが小学一年生のとき。死を理解するには十分な年齢だった。


 父が死んで悲しんでるところを、テレビで伝説のアイドルを見て元気をもらった、というのがアイドルに興味を持ったきっかけだ。


 伝説のアイドル、メリア・ブリガンディン。


 なんとお姉ちゃんは彼女に会って、父が死んだことを励ましてもらったこともあるという。


 けど、彼女は七年前に引退した。


 理由も発表されない電撃引退。

 伝説のアイドルの失踪に日本中が大騒ぎになった。


 当時小学五年生だったお姉ちゃんもテレビを食い入るように見つめて、不安そうな声でお母さんに尋ねる。


「メリアちゃん、いなくなっちゃうの?」


「…………ええ、そうみたいね」


「そんな…………ライブ、楽しみにしてたのに」


 メリア・ブリガンディンの全世界ツアー。

 日本では武道館で行われる予定だった。


 家族三人で応援に行けるよう、チケットもすでに取っていた。


「もうメリアちゃん、会えないの……?」


「ええ。悲しいけど、そうだと思うわ」


 その夜、お姉ちゃんはベッドで声を押し殺して泣いた。



 どういう思考でその結論に至ったのかは分からない。でもお姉ちゃんは翌日、元気になった様子でわたしに言った。


「夏美、わたし決めたわ! わたし、メリアちゃんみたいなすごいアイドルになる! そしたらきっと、またあの人に会えると思うから!」


 そう言ってお姉ちゃんは歌やダンスを習いはじめた。


 朝は体力づくりのジョギング。

 家に帰ると歌やダンスの練習。


 そんな中でも、お姉ちゃんは家事の手伝いとかも欠かさなかったし、わたしに勉強を教えてくれたりもした。


「お姉ちゃん、そんなにいろいろ頑張って、大変じゃないの……?」


「ううん、ぜんぜん! メリアちゃんみたいなアイドルになるには、これくらいできて当然よっ!」



 あっという間に時間は過ぎて、五年が経った。


 お姉ちゃんは高校一年生、わたしは中学二年生になった。


 お姉ちゃんも大人になったのだろう。アイドルになればメリアちゃんに会える、と言うことはなくなっていた。でもアイドルへの憧れは消えなくて、ずっとアイドルになるための努力を続けていた。


 高校の入学式。

 わたしもお母さんと一緒に見にきた。


 新入生代表に選ばれたお姉ちゃんが、みんなの前で宣言する。


宣誓せんせい。私はこの学校でアイドル部を作り、高校生アイドルの大会『リミットレス』で優勝します。そしてアイドルとしてプロデビューし、武道館でライブを成功させてみせます!」


 スピカちゃんのように慌てることもなく、あくまで堂々とした態度での宣言。みんなもそれなりの拍手を送ってくれた。


 これが百合ヶ丘高校のアイドル部の始まりだった。



 お姉ちゃんは事前に仲間を集めていたようだった。

 

 SNSで知り合った子がふたり。

 中学からの親友がひとり。


 計四人のメンバーで旧アイドル部は設立された。


 わたしもアイドルやかわいい女の子が大好きだったので、アイドル部の練習に見学しにいくことになった。


「やっ、君が夏美ちゃんか。秋穂から聞いてるよ」

「はじめまして、なつみちゃん!」

「久しぶりだね、夏美」


 お姉ちゃんの仲間たちが笑顔で出迎える。わたしの見守る中、みんなが屋上で練習を始めた。


 ダンスの練習。

 お姉ちゃんがみんなにアドバイスを出す。


「ことは、そこのターン、もうちょっと早くできる?」

「うん、わかった!」


 お姉ちゃんは他より経験者。

 だから教える立場になるのは自然なことだった。


 歌の練習。


芽依めい、あなたは高音でりきむくせがある。喉のリラックスを意識してみて」

「ああ、分かった」


 お姉ちゃんの的確な指導のおかげで、旧アイドル部は順調に実力をつけていった。



「お姉ちゃん、最近ずっと遅くまで起きてるけど、大丈夫……?」

 

 ある日、心配になって尋ねた。お姉ちゃんは毎日深夜二時までアイドル部の作業をしていた。


「ええ、大丈夫よ。みんなを引っ張っていくんだから、私が頑張らないと」


 そう言って姉が笑ってみせる。


 アイドル部のオリジナル曲を作るため、お姉ちゃんは作詞と作曲の勉強を始めていた。それからというもの、お姉ちゃんの睡眠時間が目に見えて減っていった。


「他の人にも手伝ってもらったら……?」


 なにも姉がぜんぶ自分でやる必要はない。

 だからやんわりとそう言ってみる。


 けど、


「ダメよ。みんなは練習を頑張ってくれてるから、余計な負担はかけたくないの」

 

 人に頼らない。

 自分で出来ることはすべて自分でやる。 


 父が死んで、妹のわたしを守らなきゃと思ったからだろう、姉には昔からそういうところがあった。


 どこか孤独で、人を寄せ付けないようなところがあった。


「でも、お姉ちゃん振り付けも考えてるのに…………」


 ダンスの振り付けもお姉ちゃんが考えていた。


 他の子たちの練習を指導して、ダンスの振り付けも考えて、それなのに毎朝六時に起きてジョギングをして、自身の練習もちゃんとやって、夜は深夜まで作詞作曲の勉強。そのうえ学校の成績も上位をキープしている。


 常人にできることじゃない。

 

 それでも平然とできてしまうのがお姉ちゃんのすごいところで…………きっと、お姉ちゃんを孤独にしている原因のひとつでもあった。


「こんなところで止まってられないわ。リミットレス予選に向けて、衣装も作ってかなきゃならないんだから」


「えっ…………お姉ちゃん、衣装も自分で作るつもりなの?」


「ええ。手芸部に友人がいるから、その人に教えてもらう予定」


 驚いて姉をじっと見つめる。

 

 現時点でもこんなに頑張ってるのに、衣装作りまで自分でやるつもりなの……?


 さすがに姉が心配だった。お姉ちゃんにこれ以上は負担をかけたくない。だから、気づいたらわたしは姉に言っていた。


「ねぇお姉ちゃん、わたしに衣装作りをやらせてよ」 

 

「夏美? でもあなたは…………」


「大丈夫、わたしけっこう手先とか起用だから」


「でもあなた、今日も料理で指を…………」


 包丁で指を切ったことを指摘される。

 ギクっと思いつつ、あわてて言い訳をする。


「りょ、料理は別だよっ? こう見えてもわたし、家庭科で裁縫さいほうとか上手だったんだからね?」


 わたしがそう言うと、姉が柔らかい表情で微笑んだ。


「心配してくれてありがとう、でも大丈夫よ」

 

 お姉ちゃんが首を横に振る。


 なにからなにまでぜんぶ自分でやる。

 他人を頼ろうとはしない。


 この人はいつもこうだった。


 でも、わたしは、


「…………お姉ちゃんが一人でなんでもできちゃうすごい人なのは知ってるよ。でも、わたしくらいは頼って欲しいな」

 

 これまで姉にたくさん助けてもらった。


 いじめっ子から守ってくれた。

 勉強を教えてくれた。

 母が忙しいときは代わりに弁当を作ってくれた。


 だから…………少しでも恩返しをしたかった。


 もちろんそれだけじゃなくて、衣装を作ってみるのには興味もあった。わたしはかわいいものが大好きで、アイドルの衣装なんて大好物だったから。


「お姉ちゃん、もっと人を頼らなきゃダメだよ」


 わたしがそう言うと、自分でも自覚してるのか少し恥ずかしそうな顔をした。


「…………ええ、分かったわ。じゃあ、頼らせてもらうわね」



 衣装を作るのは初めての経験だった。だから高校の手芸部におじゃまして、手芸部の人たちに協力してもらった。


「うっ、うーん、ダメだ。ぜっ、ぜんぜんできない…………」


 衣装ですらない布切れを見て絶望してつぶやく。するとお姉ちゃんの友だちで、二年後には手芸部の部長になる人物がわたしにこう言った。


「夏美ちゃん、すべての芸術は模倣から始まるんだよ。最初からオリジナルの衣装を作ろうとする必要はないさ。まずは既存の衣装を真似してみて、それで必要な技術を習得していけばいい」


「…………既存の衣装を、真似する」


 こうしてわたしはアドバイスに従って、まずは自分の好きなアイドルの衣装を再現してみることにした。そうしてお手本をもとに試行錯誤をしながら、衣装作りのやり方を学んでいった。


 そして、


『すごい。これをあなたが作ったの、夏美?』

『わあー、なつみちゃんすごい! こんなにかわいい衣装、見たことないよ!』

『最高だよ、さすが衣装デザイナー志望だな。ありがとう、夏美』

『ふふ、さすが秋穂の妹だね。すごいや、夏美ちゃん』


 お姉ちゃんたちもみんな喜んでくれた。


 アイドルを目指すようなかわいい女の子たちが、わたしの作ったかわいい衣装を着てくれる。それはわたしにとっても最高の経験だった。



 わたしの衣装のおかげもあって(?)、アイドル部は順調に活動を続けていった。なんと無事にリミットレスの予選を突破し、決勝まで行くことが決まった。


 でも、次第に歯車は崩れていった。


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今週の更新について:


今週は日曜までに残り四話を更新予定です。

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