第32話 完成!

 逢坂秋穂から作詞のやり方を教えてもらった。ということで、家に帰ってすぐ作詞に再挑戦してみる。


 まずは既存のアイドルグループの、デビュー曲の歌詞を片っ端から集めてきた。思惑おもわく通り、「始まり」をテーマにした曲がたくさん集まる。


 うん、どれも知らない曲ばかりだ。有名な曲もあると思うんだけど…………私はアイドルを知らないのであまりよく分からなかった。


 さて。

 集めてきた歌詞を見ていく。

 

 好きなフレーズをノートに書き出した。それを、パズルのピースをはめるみたいに、ひばりちゃんが作ったメロディに当てはめてゆく。


 うーん…………ここは文字数が足りないな。


 そういう場所があったので、言葉を付け足してみたり、違う表現に変えてみたり。すると最初は既存の歌詞の寄せ集めだったものが、かろうじてオリジナルと言い張れるものに変わってくる。


 そして――――


「…………できた」


 ノートを広げてじっと見つめた。念のためひと呼吸置いて、いちど冷静になってから読み返してみる。


 うん、うんうん。

 黒歴史みたいにはなってない。

 

 なんか、夢とか目標とか、そういうありがちな歌詞って感じのやつができた。


 悪く言うと没個性的だが、よく言うと王道だ。


 早速ひばりちゃんたちにも電話してみる。


「あっ、もしもしひばりちゃん? 歌詞ができたから見て欲しいんだけど…………」


 ひばりちゃんに歌詞を送った。

 しばらくの沈黙の後、


『おう、いいじゃねえか! きれいにまとまってると思うぞ』


 いい返事が返ってきて安心する。


 次は夏美ちゃん。


『すごいよスピカちゃん! よく書けてると思う』


「えへへ…………今回はちゃんと歌詞になってるでしょ?」


『うん! 正真正銘、曲の歌詞だよっ!』


 こちらもいい返事が返ってきた。


 こうして、逢坂秋穂の協力により、私は割とすんなり歌詞を書き終えることができたのだった。



「ねえみんな、一回講堂で実際に歌ってみていい?」

 

 翌日、休み時間にひばりちゃんと夏美ちゃんに声をかける。実際に講堂で歌うのがどんな感じか、確かめてみたいと思ったのだ。


 逢坂秋穂にも念のため許可を取って、私たちは講堂に向かった。


「あっ、ここだよ。秋穂さんが言ってたやつ」


 講堂の舞台袖にある調整室という場所に入ってみる。

 音響や照明をいじる場所だ。


 部屋の中は機械がたくさんあって、ちょっとした宇宙船のコックピットみたいになっていた。黒い基盤にびっしりと配置されたボタンやレバーを、ひばりちゃんがガシャガシャといじくりだす。


「どう、できそう?」


「ああ、楽勝だ。すぐにでも曲を流せるぞ」


「じゃあお願いしてもいい?」


「任せとけ」


 ひばりちゃんがうなずいた。


「じゃあ、わたしは観客席に行ってみるね」


 夏美ちゃんが観客席に向かった。

 私も調整室を出てステージの上に立つ。


「――――ってひばりちゃん⁉ なんかカーテンみたいなのがあって見えない」


「舞台用の幕だな」


 幕が閉まっていて、観客席を見ることができなかった。


「こっちで操作できるみたいだ、待っててくれ」


 ひばりちゃんがそう言って、機会をそうさする。


 ウィーンという音とともに幕が上がった。


 最前列に座る夏美ちゃんの姿が見えるようになる。

 夏美ちゃんが笑顔で私に手を振った。 


 ステージの中央から、観客席をぐるりと見渡す。


 …………やっぱり空気ちがうなぁ。


 観客はほぼゼロ。それなのに、ここに立つだけで胃の中がせり上がってくるような感覚を覚える。


 ステージで歌うのは怖い。

 でも、こんなところで立ち止まってる場合じゃない。


 ふーっと息を吐いて心臓の鼓動を落ち着けた。


「行けるか、スピカ」

「うん!」


 ひばりちゃんに曲を流してもらい、観客席に向かって歌った。

 


 夏美はスピカが歌うのを楽しみに待っていた。どんなふうに歌うんだろう、と心の中でワクワクする。


 曲が始まって、スピカが緊張した顔で目をつむった。

 夏美も思わず背筋を正してスピカを見つめる。


 そして、スピカが歌いだした。


「――――――――♪」


 唖然としてスピカを見つめる。


 うそ…………スピカちゃんの声、そんなに大きいの?

 

 それが夏美の思ったことだった。マイクを使ってないのにも関わらず、スピカの声は講堂のすみにまで響きわたる。


 有名な歌手の中にも、ライブだと実際に聞くと拍子抜けするほど声が小さい人がいる。楽器に負けない声を出すためにオペラ歌手は十年単位で訓練を積む。


 だから、声が大きい。

 それがすごいことなのは夏美にも分かった。


 しかも、ただ大きいだけじゃない。


 あんなに声量を出してるのに…………無理してる感じは一切ない。声質もかわいいし音程もバッチリだし、これは…………


 思わずごくりとツバを飲みこむ。


『一万人のライバルに負けない武器、あなたにはあるの?』


『私は歌がうまいです』


 スピカと秋穂が生徒会室で交わした会話が脳をよぎった。


 呼吸すら忘れて夏美はスピカの歌に聴き入った。



 夏美は学校が終わってもまだスピカの歌について考えていた。


 …………スピカちゃんの歌、ほんとにうまかった。あれなら、リミットレスで優勝してワールドツアーを目指すのも、ほんとにできるかもしれない。

 

 けど――――


 夏美の頭にひとつの事実がよぎる。



 ――――ソロでのリミットレス優勝者はゼロ。



 今までソロでリミットレスを優勝した人は一人もおらず、ソロでの優勝は不可能というのがスクールアイドル界隈での共通認識だった。


 理由は単純だ。


 圧倒的に歌がうまいソロより、そこそこ歌がうまいグループの方が、声量も迫力も何倍も出る。ダンスだって同じで、ソロだとやれることが限られている。


 それに、歌がうまいからってファンが付くわけじゃない。


 ファンはパフォーマンスだけじゃなく、アイドルの性格や容姿にだって注目する。スピカちゃんはかわいいし性格もいいけど、どんな子を好きになるかはファンそれぞれの好みだ。いろんな子のいるグループの方が、ファンがつく確率が増える。


 そして、リミットレスの勝敗は投票により決まるので、ファンが多い方が当然優勝も狙いやすくなる。


 だから、いくら歌がうまくても、どんなに容姿がかわいくても、スピカちゃんがひとりで優勝するのは難しいんじゃ…………


 それが夏美の思ったことだった。


 もしお姉ちゃんが加入してくれたら――――

  

 一瞬そんなことを考える。

 

 けど、


『私はもう諦めたわ。今さらアイドルになど興味はない』


 姉の凍えるような視線を思い出す。


 きっと、わたしが望むものは、永遠に…………



「ただいま〜」

「おかえりなさい」


 夏美が家に帰ると母が出迎えた。 

 姉は今カラーズの仕事で家を空けている。


 手を洗って自分の部屋に荷物を置いた。

 

「…………」


 大した理由がある訳ではなかった。でも姉の部屋のドアがちょっと開いてるのを見て、なんとなく部屋にこっそりと忍びこむ。


 姉の部屋をぐるっと見渡した。

 とくに変哲のない女子高生の部屋だ。


 勉強用の机、教科書や本が入ってる本棚。

 ベッド、クローゼット。


 けど、変哲のある部分がひとつ。


 壁にはハンガーをかけるためのフックが取り付けてあって、そこにスクールアイドル時代の衣装が大切そうに飾られていた。


 初めてライブをしたときの衣装、ハロウィンやクリスマスなどの季節に合わせた特別な衣装、そしてリミットレスの決勝で着た衣装。


 どれも夏美が作ったものだった。


 やっぱり我ながらかわいいなぁ、と夏美は思った。


 昔を思い出して小さな笑みがこぼれる。


 姉と、姉のかつての仲間たちに初めて衣装を見せたときのことを思い出す。


『すごいわ。これをあなたが作ったの、夏美?』

『わあー、なつみちゃんすごい! こんなにかわいい衣装、見たことないよ!』

『最高だよ、さすが衣装デザイナー志望だな。ありがとう、夏美』

『ふふ、さすが秋穂の妹だね。すごいや、夏美ちゃん』


 あのときはお姉ちゃんも楽しそうだった。仲間に囲まれて、今では考えられないほどたくさん笑ってた。


 でも、お姉ちゃんは――――


 机に小さな写真立てが飾られてるのに気づく。


 木製のフレームの中で、旧アイドル部のメンバーたちが笑顔を浮かべていた。お姉ちゃんも笑顔で、かつての仲間たちと一緒に映っている。


 なんでこんな写真をいまだに大事にしてるんだろう、と夏美は思った。


 この人たちは、あんなにひどい方法でお姉ちゃんを裏切ったのに。






 






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