第31話 やばいやばい!
放課後までに、私のデビュー曲の歌詞を完成させる必要がある。
与えられた時間はおよそ七時間。
休み時間は二人と一緒に過ごす以上、実際に使えるのは授業中のみ。
こうして私の歌詞作成RTAがはじまった。
現時点での
だが、私とてなにもしてなかったわけではない。
歌詞は書けていないものも、買ってきた本を読んで作詞の勉強は進めていたのだ。こう見えても私、裏ではちゃんと努力してる女である。
授業中、本から得た知識を必死に脳内でこねくりまわす。
知識を活かして完璧な歌詞を書こう。
学んだことその1。
詩を書くにはさまざまなテクニックがある。
たとえば
みなさんは比喩という言葉をご存知だろうか?
知らない人のためにちょっと解説すると、あるものを直接的に表現せず、他のものに例えるというテクニックである。
たとえば私の大好きな漫画『ボルト』では、こんなセリフが出てくる。
『ボルト、君は僕の太陽だよ』
これは、主人公のボルトが宇宙空間に浮かぶ灼熱のプラズマの球体である、と言ってるわけではない。ボルトの明るい性格が、人々を暖かくしてくれることを太陽と表現しているのだ。
というわけで、
比喩を使って、歌詞を考えてゆく。
『君の笑顔は太陽みたいに輝いている』
うん、悪くない。
けどもっと深く、文学的に…………
『君の笑顔は、
これじゃまだ平凡だ。
本から得た知識その2。
消費者心理学の知見によれば、人は「予想外」「違和感」「斬新さ」に惹かれる傾向がある。これを
独特で見たことのないものに対して、注意・関心の働きが強くなり、記憶に残りやすくなるのだ。
これら心理学的知見や文学のテクニックを考慮して、抜群に売れるためのアイドル曲の歌詞を総合的にロジックすると…………
☆
放課後、私は自信満々で作った歌詞を二人に見せた。
「おっ、どうやら自信ありそうだな」
「うん! 大成功間違いなしだと思うよ!」
異様効果、
持てるかぎりの知識を
この私に失敗などありえない。
「読んでみていいか?」
「うん、もちろん!」
ひばりちゃんが期待した様子で歌詞を読み上げる。
「君の笑顔は、月面に舞い降りたピンクのフラミンゴバレエ団」
これは比喩と
なかなか斬新な発想ではないだろうか?
「夢は水面に映るひとひらの枯れ葉、心は沈む太陽の影」
こちらはシンボリズム。比喩と似ているが、具体的な物や事象を用いて、抽象的な意味や感情を表現するテクニックだ。
「君はアニマ、私はシャドウ、我ら集合的無意識の海を泳ぐ」
ユング心理学のアーキタイプを歌詞に取り入れてみた。
「夢はカオス、希望はアモス、未来はサーモス」
「内なる自分を解き放つ。自己実現への道を歩み、潜在能力を引き出してこう」
ポジティブなアイドル曲に、心理学的な自己啓発の言葉は相性抜群だ。
「君の瞳は輝きぬ、我が心は揺るぎなし。
やはり詩といえば古文。
古文の要素を歌詞に入れてみた。
「存在は虚無であり、意味を持つのは我々の選択のみ。私は自由だが、その自由に私は縛られて…………」
これはサルトルの実在主義をアイドルと――――
ってあれ?
ひばりちゃんが歌詞の朗読をやめた。
キョトンとしてひばりちゃんを見つめる。
「どうしたの?」
「いや…………すごいな」
ひばりちゃんがつぶやいた。
「うん…………すごいね」
夏美ちゃんが同意する。
そりゃもちろんだ。
学んだ知識を最大限に活かして書いたからね。
「すごいけど…………これってほんとに曲の歌詞?」
夏美ちゃんが不思議そうな表情で私に尋ねる。
えっ。
歌詞だと思われてないの?
「お前、一回冷静になって読んでみろ」
「分かった、冷静になってみるね」
ひばりちゃんから歌詞を受け取って、言われた通り冷静になって読んでみる。
…………なんだこれ?
「あれ、これほんとに私が書いた? ひばりちゃん、
「ボクはヒソカじゃないからな」
「えっ、じゃあこれほんとに私が書いたってこと……?」
「まことに
「えぇ…………」
なんだこれ。
えっ、これほんとに私が書いたの……?
「当たって砕けろだったね、スピカちゃん」
夏美ちゃんが笑顔で言った。
あはははは…………笑えないんですけど。
あは、あはははは…………
えっ、私ってもしかして馬鹿⁉
いや、そんなことないと思うんだけどな…………これでも入学テストの成績は1位だったし。いや、ほんとうに。
……………………。
どうしようかと考えていると、夏美ちゃんが提案する。
「ねえスピカちゃん、お姉ちゃんに聞いてみたら?」
「秋穂さんに?」
「うん。お姉ちゃん、スクールアイドルやってたときは自分で歌詞書いてたから、コツとか聞けるかもしれないよ」
☆
「歌詞の書き方を教えてほしい、ですって?」
「はい!」
訪れるのは二回目になる逢坂家のリビングで、逢坂秋穂がテーブルを挟んで私をギロリとにらんだ。
怒った美人は迫力があると言うが、まさにその通りだと思った。左右対称な顔立ちは怒りによって崩れるどころか、美しさと凄みが増している。けど、この人がツンデレなだけなのはもう判明してるので、とくに怖いとかは思わなかった。
「中間発表会用の曲はできたんですけど、歌詞がなかなか書けなくて」
「それで、私があなたを助けるとでも?」
逢坂秋穂がムッとした顔で私を見つめる。
「お姉ちゃん、スピカちゃん。お茶とお菓子をもってきたよ」
ニコニコ笑顔の夏美ちゃんが、日本茶とようかんを持ってきてくれた。逢坂秋穂がムスッとした表情のまま礼を言って、静かにお茶に口をつけた。
すごい…………なんか絵になるなぁ。絵に描いたような黒髪美人だから、日本茶を飲むのがよく似合ってた。そのままようかんを食べるのを見つめていると、「なにジロジロ見てるのよ」と怒られる。
逢坂秋穂がようかんを流しこむためにふたたびお茶を口に含む。そして、コップを静かに置いて言った。
「あのね、この中間発表会での課題は、あなたたちがうまくやってけるかのテストなの。私が助けたら意味がないでしょう」
た、確かに…………
ふつうに納得しそうになる。ということで夏美ちゃんに助けを求めると、夏美ちゃんが私のとなりに座って、逢坂秋穂に上目遣いをしながら言った。
「お姉ちゃん、わたしからもおねが〜い。わたしのためだと思って、スピカちゃんを助けてあげて?」
夏美ちゃんが体の前で両手を合わせて、あざとかわいい仕草で逢坂秋穂を見つめる。すると逢坂秋穂が苦渋の決断といった様子で言った。
「わ、分かったわよ。まったくしょうがないわね…………」
チョロすぎないかこの人?
逢坂秋穂が重度のシスコンだったことに感謝しつつ、「ありがとうございます、逢坂さん」とお礼を言った。すると彼女は私をにらんで答える。
「勘違いしないで。あなたのために教えてあげるわけじゃないの。あなたが
ザ・ツンデレみたいなセリフ。思わず夏美ちゃんと顔を見合わせて、「かわいいね」と笑いあった。
逢坂秋穂がおほんと咳払いをする。
「それで、歌詞はどこまで進んでいるの?」
真面目な表情で尋ねられ、テーマが「始まり」「希望」といったものに決まったことや、曲もできていて必要な文字数などは分かっていることを伝える。
「あなた、歌詞作りの経験は?」
「今回が初めてです」
「なるほどね」
逢坂秋穂があごに手を当てながら考えるように目をつむった。しばらくして彼女が口を開く。
「作詞の経験がないのなら、最初からすべてを自分で書こうとする必要はないわ。好きな歌詞を参考にしたり、複数の曲の歌詞を組み合わせてみたりすればいい」
「つまり、歌詞のコピペしたり、切り貼りしたりってことですか?」
「もちろん、
「でも、そんなのってありなんですか……?」
著作権とかの法律的なことは分からない。でも、クリエイター見習いとして、既存の歌詞を参考にしちゃうのはモラル的にどうなんだと思った。
逢坂秋穂が真面目な表情で言う。
「すべての芸術は模倣から始まる。どの分野においても、最初から完全にオリジナルの作品を作れるような人はいないわ。例外はあるでしょうけど、それはあなたや私ではない」
「じゃあ、逢坂さんも最初はそうだったんですか?」
「ええ、そうよ。私も、最初は好きなアイドルの曲を真似して歌詞を書いたわ」
なるほどなぁ……
私が納得していると、横から夏美ちゃんも言ってくる。
「そういえば…………それってわたしも同じかも。わたしもね、最初はいいなって思った衣装を真似して作るだけだったんだ。でもそれを繰り返すうちに、衣装を作るのがうまくなって、オリジナルのアイデアも出てくるようになったの」
夏美ちゃんもか。
「最初は既存の歌詞の切り貼りでも構わないから、とにかく完成させてみることね。やってるうちに、ここを変えてみようという発想も生まれてくるはずだから」
それは割と目からウロコの発想だった。確かにその方法なら、歌詞を形にすることもできるかもしれない。
静かにお茶を飲む逢坂秋穂に頭を下げる。
「ほんとにありがとうございます。逢坂さんのおかげでなんとかできそうです」
私がそう言うと、逢坂秋穂がムスッとした顔のまま言う。
「…………手伝ってあげたんだから、ちゃんと成功させるのよ」
「はい、絶対に成功させて見せます!」
私がそう言うと、逢坂秋穂が小さく笑った。
こうして私は逢坂家を後にして、自分の家で歌詞作りに取り組んだ。
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