第30話 悪くないかも

 夏美ちゃんと身体測定をした次の日。朝のホームルーム前の時間に、夏美ちゃんが嬉しそうな顔で私に話しかけてきた。


「スピカちゃん、今日は見せたいものがあるの!」

「えっ、もしかして…………」


 そのまさかだよ、と夏美ちゃんがうなずいた。


 もしかして衣装ってこと⁉


 はやっ…………


 なんか仕事早すぎじゃない?


 それはともかく、夏美ちゃんから紙袋を受け取った。紙袋を受け取って、おそるおそる開けてみる。


「うわ、すごい…………」


 新品ピカピカのアイドルの衣装がそこにはあった。


「ねえスピカちゃん、ホームルームまで時間あるから、ひばりちゃんも誘ってさっそく着てみない?」


「う、うん……!」



 私たち三人は学校の更衣室に向かった。

 紙袋から夏美ちゃんの作ってきた衣装を取り出す。


 手芸品店で見せてもらった、学校の制服をモチーフにした衣装だ。


 色は冬の夜空をイメージしたような黒と青。胸元や腰の部分にリボンがあしらわれている。スカートは可憐かれんなギンガムチェックに優しい青のグラデーション。そして、布地のいたるところに縫い付けられたきらめく星の刺繍ししゅう


「スピカちゃんの名前って、星の『スピカ』に由来してるんでしょ? だから衣装にも星をつけてみたんだ」 


 すごい…………


 じゃあほんとにこれ、私専用の衣装って感じじゃないか。


「き、着てみてもいい?」

「もちろんだよ!」


 二人に手伝ってもらって衣装に着替えてみる。


 うわ、なんか変な気分。


 見下ろした手や足

 胸やスカートの部分。


 見慣れないフリルやスパンコールがあって思わずドキドキする。自分は今アイドルの衣装を着てるんだ、という実感がなんとなく湧いてくる。


「どっ、どんな感じかな……?」


「こっちに鏡があるよ!」

 

 更衣室に備え付けの鏡をのぞきこんだ。

 そして、思わず息を呑む。


「…………すごい」


 鏡に映った自分をまじまじと見つめる。


 そこにいるのが自分だとは信じられなかった。

 自分で言うのもあれだけど…………すごくかわいい。


 天使? お姫さま? 妖精さん?


 夏美ちゃん特製の衣装に私の金髪碧眼や白い肌があわさって、現実離れした美しい女の子の姿がそこにはあった。部活とか体育の授業で使う更衣室にそんな子がいるものだから、夢みたいなありえなさ? 非現実感? を感じる。


 でも…………これは夢なんかじゃない。


「スピカちゃん、ほんとにかわいいよっ!」

  

 夏美ちゃんが興奮した様子で言った。


「ああ、マジで最高に似合ってる」


 ひばりちゃんも同じく興奮したように言う。


 私も同じ気持ちだった。


 鏡に映った自分を見て実感する。


 そうか…………私、アイドルになるんだ。


 これがアイドルになるってことなんだ……!


 アイドルになるのも悪くないかもしれない、初めてそう思えた瞬間だった。



「この流れで発表するが、曲の方も完成したぞ」


 教室に戻ったところで、ひばりちゃんがあっさりとした声で言った。


 えっ…………早くない?


 曲も衣装も、もうできてんの?

 なんか優秀すぎないか、私の味方。


「えっ、そうなの⁉ わたし聞いてみたい!」


「ああ、それなんだが…………スピカ、歌詞は書けたのか?」


 えっ?


 ひばりちゃんが私をじっと見つめる。


「二日前に曲のドラフト版送っただろ?」


 あっ、そういえば送ってくれてたな…………


 やる気がなくてぜんぜん無視してた。


「それで歌詞を作ってくれって言ったよな。で、どうだ? 作詞は進んだか?」


 歌詞…………ですか?


 歌詞。

 歌詞。


 白紙のままの歌詞ノートが脳裏のうりをよぎった。


 あ、あは…………あはははは…………


「スピカちゃんが書いた歌詞、楽しみだなぁっ!」


 夏美ちゃんがキラキラとした視線をこちらに向ける。


「どうだ、進んでるか?」 


 ひばりちゃんに期待した目で見つめられ、大きくうなずいて答える。


「うん! けっこういい感じだよね?」


「なんで疑問形なんだよ…………まあいいや。じゃあ見せてくれよ」


「えっ、見せる?」


「わたしも見てみたいな〜」


 やばい。

 やばいやばいやばい。

 

 全身の汗腺という汗腺から冷や汗が噴き出てくる。


 ひばりちゃんがジトッとした目で私を見つめた。


「おい、ほんとに進んでるのか?」


「うっ、うん! 進んだ! もう怒涛どとうの勢いで進んでるよ! 怒涛すぎて逆に止まってみえちゃうかも!」


「ほんとか? じゃあ見せてくれ」

「わたしも見たい」


「そっ、それはちょっと待ってね。まだ未完成だから、授業中にもう少しブラッシュアップして、コンテクストをフレキシブルにアジャイルしてからで…………」


 なんとか二人をせて、放課後に見せることになった。


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