第28話 青春ってこと!?
「ねえスピカちゃんひばりちゃん、よかったらちょっと寄り道していかない? わたし、行ってみたい場所があって」
「うん、いいよ!」
「ああ、いいぜ」
☆
「プリクラ? ここが夏美ちゃんの行きたかったとこ?」
私たちが来たのは駅前のゲームセンター。
最新のプリクラ機の前だった。
「うん! わたし、友だちできたらみんなでプリクラ撮るのが夢だったから!」
プリクラか。
思えばいちども撮ったことがない。
この年齢の女子高生では珍しいのではないだろうか?
「プリクラ、いいね……! 典型的な女子高生ってさ、スマホの裏によくプリクラ貼ってるよね。もしかしたらそれが青春の本質なのかも」
「お前の青春、認識浅すぎだろ」
ひばりちゃんのツッコミはともかく、プリクラを撮ってみたいのは確かだ。みんなで操作パネルの前に立って、画面をじっと見つめる。
……………………。
…………。
「誰がさわる? 夏美ちゃん、どう?」
「わっ、わたしはいいかな……。こういうの初めてだし」
私も初めてだ。
というか、たぶんみんな初めて。
「じゃあひばりちゃんは? 機械とか得意でしょ? ハッキングとかできない?」
「できたとしてどうなるんだよ」
ひばりちゃんの回答に、うーんと頭を悩ませる。
ボケ芸人として、ここは面白いことを言わなければ。
よし。
「AIが未来の顔を予測してくれる!」
「…………コナン映画で見たやつだな」
「そうそう、天国のカウントダウン! コナンくんと哀ちゃんが――――」
「いいからさっさとやろうぜ。お前がやれよ、スピカ」
「えぇ…………私?」
私もやり方わかんないんですけど。
まあいいや。
アンチキラキラ女子日本代表。
ドゴスカバキッッ!! 女子こと私。
タッチパネルの真正面に立つ。
おそるおそる、
「うわっ、爆発した!」
「してないだろ」
「イッツジョーク!」
「うるせえ」
まだタッチパネルには触れていない。
気を取り直して、今度こそ触れてみる。
『プリクラへようこそ!』
「うわ機械がしゃべった!?」
「お前は原始人か」
驚きつつも、とりあえず次の場面に進んでみる。
『人数を教えてね』
「いち、にぃ、さん、し…………」
「あとひとり誰が見えてんだよ」
人数を選び終えた。
『背景をみっつ選んでね』
「じゃあサメの大群に追われてるやつと、エジプトでミイラが暴れてるやつと、凶暴化したトマトが畑で襲ってくるやつで」
「B級パニック映画の背景やめろ」
背景を選び終えた。
『好きなメイクを選んでね』
「じゃあぜんいん死に
「やめろ」
ということで設定がすべて決まった。
プリクラの機械にみんなで入ってみる。
『枠の中に入ってポーズを撮ってね』
機械音声がそう言って、写真を撮るカウントダウンを始める。
『10、9、8,7…………』
えっ、プリクラってこういう感じなんだ。
けっこう矢継ぎ早にきそうな感じ。
やばいやばい。
早くポーズとらなきゃ。
「夏美ちゃん夏美ちゃん、ポーズポーズ!」
「こう……かな?」
「うん、すっごくかわいいよ!」
「えへへ、ありがとう」
「ひばりちゃんはもっと殺人トマトに襲われて! 苦悶の表情を浮かべて!」
「…………」
「あー痛い痛い痛い痛い! ごめんごめんごめんごめん!」
「スピカちゃんこれってなんのポーズ……?」
「ギニュー特戦隊のポーズだよ!」
「スピカちゃんこれってなんのポーズ……?」
「対ブロリー戦での親子三人かめはめ波のポーズだよ!」
「スピカちゃんこれってなんのポーズ……?」
「フュージョンが失敗してガリガリのゴテンクスが出てきたときのポーズだよ! それでブルマとチチが心配そうに見つめてるときのやつ!」
「まじめにやれ」
「スピカちゃんこれってなんのポーズ……?」
「中忍試験でネジを止めるときのポーズだよ!」
「なんで最後だけナルトなんだよ」
そんなこんなで、みんなでプリクラ写真を撮ってゆく。矢継ぎ早に写真を撮って、いよいよ残すところあと一枚になった。
夏美ちゃんとひばりちゃんを近くにまねき寄せる。
「ねねっ、ふたりともこっちきて」
「こう……?」
「こうか?」
「うん、ありがとっ」
ふたりをぎゅっと抱きしめた。
「私、ふたりのことが大好きだよ! みんなに出会えてほんとに良かった!」
カシャっとシャッター音が鳴った。
☆
ウィーンガシャ! ギガギガフンフンガガガガ!!
みたいな感じでプリクラ機からプリクラが出てきた。
「おい、誰だよボクに猫耳つけたやつ」
「犯人はひとりしかいないと思うけど…………」
「わっ、私じゃないよ? みんなには見えない四人目の人がやってた!」
「…………」
プリクラだけじゃなく、今度はクレーンゲームに挑戦してみる。
「す、スピカちゃんみぎみぎみぎみぎ!」
「こ、こうっ?」
「馬鹿、違うだろ。もっと左だ」
「えっ……こうかな?」
機械のアームが降りて虚空を切る。
「ぜんぜんダメじゃねぇか」
「く〜っ、もういっかい!」
「スピカちゃんお金大丈夫……?」
「お金ならあるから任せて!」
みんなでおそろいのストラップをゲットする。
今度はひばりちゃんの要望でレースゲーム。
「おいこら、赤こうらを後ろに投げるなよ」
「この世は強者生存、弱きものは
「スピカちゃんなんか速くない? ぜんぜん追いつけないよ…………」
「ジャイロ入力もできない初心者に負けるつもりはないね」
こうして私たちは、人生初のゲームセンターを満喫したのだった。
☆
ゲームセンターを出たところで、大満足した顔で夏美ちゃんが言う。
「ふぅ…………楽しかったぁ。今日はほんとにありがとう」
「私も楽しかった! ひばりちゃんは?」
「まっ、悪くはなかったな」
ひばりちゃんが
日の落ちた空。
夜風に向かって歩きながら、ふたりに尋ねる。
「ねえ、私もひとつだけわがまま言っていい?」
夏美ちゃんがプリクラに挑戦してみたかったように、私にも青春関連でやってみたいことがあった。
「せっかくだからさ、晩ごはんも一緒に食べてこうよ」
友だちとレストランとか、ハンバーガーショップとか。
そういう定番なのをやってみたい!
学校帰りに友だちと遊んで、一緒にごはんを食べて帰る。小学校ではそんなお金はなかったし、中学ではボイトレのせいで機会がなかった。けど、周囲のみんながそういうことをして、私もひそかに
だから――――
「うーん、今日はちょっと無理かな。お姉ちゃんがご飯作ってくれてるから。ごめんね」
「そうだな…………ボクも今日は、父さんが早く帰ってくるから家で食べる予定なんだ。悪いな」
ふたりが申し訳なさそうに答えた。
あっ、そうか。
普通の人は、急に晩ごはんとか行けないのか。
私とは違って、帰りを待ってる家族がいるから…………
「ううん、気にしないで。急に聞いちゃってごめんね!」
笑顔を浮かべてなるべく明るい声で言った。
☆
夏美ちゃんとは駅で別れた。駅を出て、ひばりちゃんと家の方角に歩く。分かれ道に差しかかったところで、ひばりちゃんが私に言った。
「今日はご飯に付きあってやれなくて悪かったな。なんならボクの家で食べてくか?」
「ありがとう、でもそれはいいよ。
「お前…………大丈夫か?」
ひばりちゃんが心配そうに私を見つめる。
「もう……心配性なんだから。ご飯くらいまた別の機会に行けばいいって!」
今日はありがとうね、と言ってひばりちゃんと別れた。
日が落ちて暗くなった帰り道を、家に向かってひとりで歩きだす。二人に持ってもらった分の荷物が帰ってきて、肩がふたたび悲鳴を上げる。
「おっ、重い…………」
作詞をするために買った大量の本。
教科書の詰まったカバン。
けど、今日はみんなと買い物に行けてよかった。二人とだけじゃなく、秋穂さんとも仲良くなれたような気はするし。
そんなことを考えながら、家に向かって足を動かす。
私の家は高級住宅街にある一軒家で、たぶんこのあたりでは一番大きい。どデカい庭つきの三階建てだ。
母は伝説のアイドル。
父は優秀な医者。
だから、私の実家はとてつもないお金持ちで…………
防音室、屋内プール、トレーニングルーム、ダンススタジオ、屋上にはジャグジーがあって自宅で露天風呂気分まで味わえる。これ以上ないくらい最高な家。
私がこんな家に住んでるのを知ったら、多分みんな
家の前門にたどり着く。
広い庭を横切って、家の扉の前まで来た。
鍵を開けて中に入る。
「ただいまー」
いちおう言ってみる。
誰もいない空っぽの家に、私の声が虚しく響いた。
返事はない。
私も別に、返事を期待しているわけではなかった。
家の中は照明が消えていて薄暗かった。なんの物音もせず、しんと静まり帰っている。靴を脱いで廊下に上がった。
姉妹がいるってどんな感じなんだろ?
逢坂姉妹のことを考える。
親は子どもより早く死ぬ。年齢を考えればそれは自然なことだ。でもきょうだいがいれば、親が死んだあとも家族は残る。
…………秋穂さん、ご飯を作るって言ってたな。今ごろ夏美ちゃんは、秋穂さんが作ったご飯を食べてるんだろうか?
……………………。
廊下を歩きながら思う。
この家は、ひとりで過ごすには広すぎる。
来客用の部屋だけで五室以上。
庭にはプール。
屋上には露天風呂。
トレーニングルーム。
防音室。
ちょっとした高級ホテルのような家だ。
母が現役だったころは、有名人を呼んでパーティーを開いたりしていた。今は無数の来客用の部屋が、使われないまま眠っている。
冷たい廊下を歩いてキッチンについた。
冷蔵庫を開けて、作り置きのお味噌汁を取り出す。
チンしてお味噌汁をあっためた。
ひとりで食卓に向かって座る。
「いただきます」
無心で食事を口に運んだ。
味はよく分からない。
ひばりちゃんは今ごろ、家族三人で食べてるのかな?
……………………。
ひばりちゃんにはきょうだいはいない。でもお父さんもお母さんもいい人で、部外者の私にもときどきご飯を食べさせてくれる。
家はうちほど広くないし、お金をたくさん持ってるわけでもない。それでもあの家は暖かくて、明るくて…………幸せが詰まってる。
それに対してこの家は、だだっ広くて空っぽで、暗くて寒い。
住んでいるのは私だけ。
私も……また家族みんなでごはん食べたいな。
小学生だったとき、誕生日になると父が巨大なケーキを買ってきてくれた。母が誕生日の歌を全力で歌って、振り付けまで考えて踊ってくれた。
去年の誕生日。
私はスーパーで数百円のケーキを買って、それを家でひとりで食べた。
…………さみしいな。
中間発表会の少しあとに私の誕生日がくる。
けど、きっと私は…………
………………………………。
両親でもいい。あの二人でもいい。逢坂秋穂でもいい。ひとりでごはんを食べるのはいやだ。また誰かと一緒に食べたい。
食器を持つ手が小刻みに震えだした。
胸に冷たいものが押し寄せてくる。
「ああ……っ……」
四人がけのダイニングテーブル。
かつて両親が座ってた席を見つめた。
『スピカちゃん、学校は楽しかった?』
『勉強の方は進んでいるのか?』
そんな他愛もない会話をした。
家族三人での食事の記憶が脳をよぎって、自分の中でなにかが壊れてゆく。
「お母さん……っ、お父さん……」
いつのまにか私は泣いていた。
目の前のご飯がぼやけて見えなくなる。
こんなのダメだよね……?
私はもう15歳。
高校生なのに…………
『スピカちゃん、あなたはあなたのやりたいことをやりなさい』
『ならなきゃダメに縋るより、なりたいを探した方がいいんじゃないか?』
『あなたまさか、アイドルが好きでもないのに、アイドルになりたいなどという
やりたいことなんて分かんない。
好きなことなんて分かんない。
今日みんなで遊んだのは楽しかった。でもアイドルの本番のことを考えると、吐き気がして泣きそうになる。
人間の人生は有限だ。
人はみんないずれ死ぬ。
私はどうやって生きればいいのだろう?
正解があるなら教えてほしかった。
私、分かんないよ。
だれか…………
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夏美「スピカちゃん、大丈夫かな……? ちょっと心配だな」
ひばり「そうだな……なあ、夏美。今度ボクたちであいつを夕飯に誘ってやろうぜ」
夏美「うん、いいかも!」
ひばり「中間発表会の後とかどうだ? ライブの打ち上げも
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