第2話 私には目標があります その2

 声が小刻みに震えるのを自覚しながら、ひと言ずつ言葉をつむいでゆく。


 私の目標。

 それは――――


「私はこの学校でアイドル部に入って、高校生アイドルの全国大会『リミットレス』で優勝します。そしてアイドルとしてプロデビューして…………っ、ソロのアイドルとして、全世界でのワールドツアーを成功させます!」


 最後は早口になりながら、自分の目標を言い切った。


 全世界でのワールドツアー。

 それも、ソロのアイドルとして。

 

 それが私の目標であり、私の母さんの目標でもあった。七年前に私は、母のかわりに達成すると約束したのだ。


 そして――――


 い……言えた。

 

 緊張とたくさん喋ったのとで、心臓は全速疾走した後のように弾んでいた。はあはあと肩を上下させながら、荒げた呼吸を落ち着ける。


 無事に宣言できたという実感が湧いてきた。


 思わず内心でガッツポーズする。

 グッジョブ私、グッジョブ私。


 ンー、ファンタスティック!


 でも――――なにかがおかしい。 


 私が喋るのをやめると、会場がしんと静まり返る。十秒、二十秒、三十秒…………静まり返ったまま、時間だけが過ぎてゆく。


 なにも反応がない。

 

 冷や汗が額をつうっと流れる。

  

 誰もスピーチを聞いてなかった? それとも、みんな私なんてどうでもいいだけ? これだけ大きな目標を言って無反応なんてある?


 …………………………。


 ガッカリしてる自分に気がついて、私は思わず自分を笑った。 


 私はなにを期待してたんだ?

 拍手喝采かっさいのスタンディングオベーション?


 馬鹿か私は。


 私はスティーブ・ジョブズじゃないんだぞ。みんな私のことなんてどうでもいい。それが当たり前だ。くだらない高望みはするな。


 …………………………。


 でも実際、私はどう思われてるのだろう? 


 無謀すぎる夢だなとか? 

 こんなやつにできる訳ない? 


 それともほんとに誰も興味なくて、ただ早く舞台から消えてほしがってる?


 耳の痛くなるような静寂せいじゃくに、心臓がはち切れそうなほど暴れ出す。


 そっ、そうだ。私がなにか喋らなきゃ。


 締めの部分を言ってスピーチを終わらせる必要がある。ポケットから台本を取り出した。手汗だらけの手でそれを広げる。


 それを読もうとして、


「……っ……そん……な……」


 緊張して手汗が出たせいか、水分で字がぼやけてしまっていた。それが紙をくしゃくしゃにしたのと合わさって、文字がほとんど読めなくなっている。


 なにか言わなきゃいけない。けど、頭が真っ白になって言葉が出てこない。ゾッとするほどの静寂に、震える私の吐息だけが聞こえる。


 指先から力が抜けた。

 台本が手をふわりとすべり落ちる。


 とにかく、次の人が待ってるから、とにかくこの場を離れなきゃ…………


 でも足が重くて一歩も動けない。

 冷や汗が出て下着がまとわりつく。


 穴があったら入りたい。

 入ってブラジルあたりまで逃亡したい。


 そんなことまで考えた、そのときだった。


 パチパチパチ、という音が聞こえた。


 それは最初は数人の拍手だった。

 でもすぐに輪のように広がってゆく。


 うそ…………みんなが拍手を?


 なんで…………


 いつのまにか、会場全体がひとつの拍手につつまれていた。あふれんばかりの拍手が空気を震わせる。


 新入生たちの席からこんな声まで聞こえてきた。


「スピカちゃん、がんばれ!」

「応援してる!」

「ファイトだよ!」


 私と話したこともないような人たちが、私に笑顔で手を振ってくれている。


 信じられなかった。


 予想外の事態に思わず体が固まる。それでも拍手は鳴り止まない。ワッと押し寄せてきて私を包みこむ。


 …………みんなが私を応援してくれてる。


 その事実にようやく気づく。


 司会の人が言った。


「…………すみません、私としたことが、冬空さんの目標があまりにも大きくて言葉を失っておりました。私たちは今、人類史の新たなるターニングポイントを目の当たりにしているのかもしれません」


 じっ、人類史のターニングポイント……?


 それはさすがに言い過ぎと思うけど。


「さあ、アイドル界の期待の新星、冬空スピカちゃんの誕生です! みなさん、今いちど大きな拍手をお願いします!」

 

 その言葉に合わせて、会場がさらに大きな拍手に包まれた。


「よっ、伝説のアイドル!」

「スピカちゃんかわいい!」

「絶対ファンになります!」


 みんなが、私を…………


 胸の奥から熱いものががこみ上げてきた。観客一人ひとりの顔を見渡す。私と視線が合うと、笑いかけてくれたり、軽く手を振ってくれるような人もいる。


 あっ、あれ……?


 前が見えない。

 ゴシゴシと目をこする。


 そして、頬を伝う熱いものに気づいた。

 

 わっ、私泣いてんの⁉


 いつのまにか視界が歪んで、目から自然と涙がこぼれていた。


 涙があふれて止まらなくなる。泣きじゃくりそうになりながら、頭に思い浮かんだ言葉をなんとか口にした。

 

「こっ、こんなに暖かい声援をくださって、感謝と感激で胸がいっぱいです……! みなさん、ほんとにありがとうございましたっ!」


 そう言って、観客席に向かって頭を下げる。


「今はまだ頼りない私ですが…………っ、どうか応援よろしくお願いします! こっ、これで新入生代表のあいさつを終わります。冬空スピカでしたっ!」


 ふたたび大きな拍手が沸き上がった。

 こうして私は無事(?)に、新入生代表のあいさつを終えたのだった。



「やったな、スピカ」


 私が席に戻ると、横の席の女の子が私に話しかけてきた。


 春野ひばりちゃん。


 一人称が「ボク」なタイプの女の子で、髪は短くてくしゃっとしている。背は低く、胸は農耕ができそうなほど平坦。動物にたとえると猫っぽい。


 小学校からの私の友だちで、いわゆる幼馴染の女の子だ。

 

 ひばりちゃんが私に拳を突き出した。

 拳をぶつけ合うアレをやって、自分の席にドサッと腰を下ろす。


「いやぁ、なんとかうまくいったね」


「お前が固まったときはこっちまでヒヤヒヤしたけどな」


「それはごめん」


「まっ、無事に終わって良かったよ」


「うん!」


 ひばりちゃんに頷いて、視線を前に戻した。


 校長先生、教頭先生、PTAの人…………


 いろんな人たちが当たり障りのないスピーチをしてゆく。


 新しい学びの日々…………

 学問だけでなく、人間性を…………

 多くの素晴らしい友人や…………

 挑戦を恐れず、自分の可能性を…………


 ダメだ。


 圧倒的につまらない。


 いつのまにか意識が目の前から離れて、私はこれからアイドル部で活躍する未来を妄想していた。


 私が手を振ると、ファンの子たちから黄色い悲鳴が上がる。


『きゃーっ、スピカちゃんかわいい!』

『スピカちゃん大好き!』

『スピカちゃんこっち見て!』


 私はひとりでニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべた。


 そのときだった。


「次は生徒会長による挨拶です。逢坂おうさか秋穂あきほさん、よろしくお願いします」


 司会の人がそんなことを言った。


 逢坂おうさか秋穂あきほ……?


 どこかで聞いたことがある気がして、意識を現実に引き戻す。後ろの方でひとりの女子生徒がスッと立ち上がって、堂々とした態度で前に出た。


 その生徒が前に立って――――そして、私をギロリとにらんだ。


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スピカ「初めまして、冬空スピカだよ! みんなも私を☆や♡で応援してね」

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