第1章 アイドル部はじめました!
第1話 私には目標があります その1
高校の入学式の朝。
鏡で最終チェックをする。
新品の制服を着た自分がこちらを見つめた。
長い金髪の女の子。
年は十五歳。
目は大きくて、ぱっちりとした二重まぶた。
瞳は青く、肌は透き通るように白い。
イギリスと日本のハーフで、名前を
スピカというと変な名前だが、それでも気に入っている。
両親が私に
……………………。
鏡に映った自分の姿をじっと見つめる。
うん、準備オーケーだ。
「…………行ってくるね、父さん、母さん」
机の上の両親の写真に話しかけた。
返事はない。
写真に向かって笑いかける。
…………見守っててね。私、頑張るから。
カバンを片手に家を飛び出した。
☆
新入生たちに囲まれながら、新入生代表のあいさつの台本を必死に読み返す。私はこれからみんなの前で目標を宣言しなければならない。
(私には目標があります。私はこの学校でアイドル部に入って――――)
「次は新入生代表のあいさつです。
司会の人に名前を呼ばれて立ち上がった。台本を握りしめ、なるべく堂々とした足取りでステージに向かう。
私が照明の下に出ると、みんながハッと息を呑むのが聞こえた。周囲の女の子たちが私を見てひそひそと囁きあう。
「見てあの子、金髪だよ」
「すごっ、かわいすぎ」
「イギリス人のハーフなんだって」
オォウ…………サンキューデース。
私の容姿は日本ではよく目立つ。
注目を浴びるのは昔からのことだった。
今はただ目立っているだけだが、昔はそれでイヤな思いをしたこともある。
『やーい、外国人おんな』
『泣き虫スピカ』
『日本語しゃべれますかー?』
かつての同級生たちの声が聞こえてくる。
小学生のころ、私は容姿が原因でみんなにいじめられていた。そのせいもあって、人前に出るのが今でも苦手だった。
マイクの前に立って、ステージの中央から講堂を見わたす。
目、目、目。
みんなが私を見ている。
背中から冷や汗が出て、胸の奥底から吐き気がこみあげてきた。首を振って過去の幻想を追い払う。あのときの私とは違う、自分にそう言って聞かせる。
そう、あのときの私とは違うのだ。
コミュ障は克服した。
ハーフである自分の容姿も好きになれた。
そしてなにより、私はボイトレを一万時間やった。
10000時間。
秒数にすると36000000秒。
小学三年生から始めて一万時間だ。
おかげで私は歌がうまくなった。
だからもっと自信を持て、と自分に言い聞かせる。
舞台の上で深呼吸をして、新入生代表のあいさつを始めた。
「私たちは今日から
そんな感じの文章から始めて、当たり
ここまではいい。
本番はこれからだ。
かーっと息を吸って、ゆっくりと長めに吐く。
眠たくなるような挨拶は終わり。
ここからは本音で語る時間だ。
「突然ですが、みなさんは死にます」
観客たちをぐるりと見回した。
「みなさんはやがて死にます。人間の人生は有限です。どんな命にも終わりがある。みなさんには、死ぬまでに達成したい目標はありますか?」
緊張はしていた。
心臓はバクバクいってる。
でもそれは悪いことじゃない。心臓が血液をめぐらせて、このスピーチを乗り越えようとしてるんだ。
「私、冬空スピカには目標があります」
そう言って、いったんひと呼吸。
台本をくしゃくしゃに丸めてポケットにつっこんだ。もう台本はいらない。言うべきことは心の中にある。
ふーっと息を吸いこんだ。
よし、大丈夫。今ならいける。
「私は――――」
目標を言おうとした、そのときだった。
胸の中に疑念が生まれる。
ほんとにこんなことを言うのか?
達成できる保証はないのに?
疑念はすぐさま
私にできるのか?
達成できるのか?
こんなことを言って、できなかったらどうする? 失敗したら一生みんなの笑いものだぞ?
ごくり、とツバを飲みこもうとした。飲みこもうとして、口の中がカラカラになってることに気づく。
手が震えて足も震えだした。
それでも必死に言葉を出そうとして、
「…………わたっ、私は――――ひゃっ⁉」
マイクがハウリングを起こして、キーンという
みんなが顔をしかめて耳をふさいだ。私も驚いて、手からマイクを落としてしまう。ゴトっというまぬけな音がスピーカーから響いた。
なにをやってるんだ、と自分でも思った。新入生代表でこんなにテンパってるやつ、私以外にいないだろう。
――――今ならまだ引き返せる。こんなことする必要はない。別に目標の宣言などしなくても、ひっそりと挑戦することは可能だ。
そんな声が聞こえてくる。
でも、それじゃダメなんだ。
七年前に母と交わした約束を思い出す。
『おかあさん、わたしアイドルになるよ! おかあさんみたいなアイドルになって、おかあさんのかわりに――――――を成功させる!』
病院のベッドに横たわる母に、私はなるべく明るい声で言った。力なく脱力した母の手を握って、母が目を覚ますよう必死に呼びかける。
『それでね、そのときはわたし、おかあさんをゲストとして呼ぶの。わたしとおかあさんで一緒に歌えるんだよ? きっと楽しいよ! だからそれまでは死んじゃイヤだよ…………っ……死なないでよっ、おかあさん…………』
母が目を覚ますことはなかった。
それでも、私はこの目標を達成すると決めた。
けど、私の目標はあまりにも大きい。
一万時間努力しても、達成できるか分からないほどに。
だからこそ、今日ここで目標を宣言すると決めた。
みんなの前で宣言して、退路を断ち切ってしまう必要がある。失敗しても、
だから私は、こうするって決めたんだ。
しゃがみこんでマイクを拾いあげた。観客席をぐるりと見渡す。こちらを見つめる無数の視線を正面から受け止める。
「私には……っ、死ぬまでに達成しなければならない目標があります」
声が小刻みに震えるのを自覚しながら、ひと言ずつ言葉を
私の目標。
それは――――
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