百合ヶ丘高校アイドル部へようこそ!
秋野ほまれ
第0話 やり残したことはない?
やっぱり私はアイドルがきらいだ。
ステージの裏で出番を待ちながらそう思った。
高校生アイドル部の全国大会『リミットレス』。決勝の舞台にきた一万人もの観客たちが幕の向こうで歓声を上げる。彼らは私がステージに出るのを待ってるのだ。
…………ああ、ほんとうに怖い。
無意識のうちに拳を握りしめた。
心臓が狂ったように加速してゆく。
これから私は一万人の前に出て、馬鹿みたいに歌って踊らなければならない。そんな恐ろしいことが世の中にあるだろうか。
さまざまな不安が脳をよぎる。
緊張で声が出なくなったらどうしよう。
また吐いてしまうかもしれない。
それとも舞台上で心臓が止まったら?
どれも過去に経験済みで、二度と味わいたくない最低最悪の経験だった。
人前に出るのは昔から苦手だ。
今になってもそれは変わらない。
行かなきゃダメなのは分かってる。
歌わなきゃダメなのも分かってる。
それでも体が拒絶をした。
…………イヤだよ、怖いよ。
呼吸がどんどん速くなる。
手足が遭難したみたいに震えだす。
胃が締め付けられるように痛い。
足元がふらついて倒れそうになる。
私は……っ、わたしはどうすれば――――
「お前ならやれるさ、スピカ」
作曲担当のひばりちゃんが私の背中をパンと叩いた。
「わたしたちもここで応援してるからね」
衣装担当の
二人の笑顔を見ると安心した。
裏方としてアイドル部を支えてくれた二人。
私の大好きで大好きな友人たち。
そして――――
「スピカ、行くわよ。準備はいい?」
絵に描いたような黒髪美人の
ああ、そうだ。
私はひとりじゃない。
となりには秋穂ちゃんがいて、私と一緒に歌ってくれる。
「リミットレス最終決戦、最後は
司会の人がそんなことを言って、会場を揺らすような歓声が上がった。
いよいよ出番がきたのだ。
夏美ちゃんとひばりちゃんが私たちを送り出す。
秋穂ちゃんとステージの中央に向かう。
「ねえ、スピカ」
歩きながら秋穂ちゃんが言った。
秋穂ちゃんが舞台の上で立ち止まる。
スポットライトの一歩手前。
舞台上の暗闇で秋穂ちゃんを見つめた。
秋穂ちゃんが静かな声で言う。
「あなたに
私も同じ気持ちだった。
秋穂ちゃんには感謝している。
「これが最後の舞台になるわね。あなたともう歌えないと思うとさみしい」
秋穂ちゃんがさみしそうな表情で言った。
これが最後の舞台。
そう、私たちの物語はここで幕を閉じる。
「泣いても笑ってもこれが最後よ。やり残したことはない?」
秋穂ちゃんが
やり残したこと。
なにかあったっけ?
…………あれ?
ふいに胸がざわつくような感覚を覚えた。
やり残したことなんてない。
勝っても負けてもこれが最後。
あとは練習してきたものを出すだけ。
なのに…………
言葉にしがたい奇妙な感覚。
正体の分からない不安感に胸が締めつけられる。重大な間違いを犯そうとしている、そんな感覚に心臓の鼓動が跳ね上がった。
私にはまだやり残したことがある。
根拠はないがそう確信した。
このまま進んだら絶対にダメだ。
このまま終わりなんて絶対にダメ。
焦り出した頭で必死に考える。
なにかあるはずだ。
私が見逃しているなにかが。
答えはきっと過去にある。
思い出さなくちゃ。
あわてて昔の記憶を脳内で探り出した。物語が始まってからの一年弱が、走馬灯のように目の前によみがえる。
始まりは高校の入学式。
気味が悪いほど晴れた空の日だった。
そこで私は三人の特別と出会った。
二度と忘れられないような最悪の出会いだった。
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