第25話 犬猿なふたり

「夏美、こっちよ――――って、あなたは…………」


 買い物に行こうとした私たちを、 ひとりの女子生徒が待ち構えていた。女子生徒が手を振る姿勢のまま凍りつく。

 

「冬空スピカ…………なぜあなたたちがここに?」


 鬼の生徒会長、逢坂秋穂が私たちをギョッとした目で見つめていた。

 

「おい夏美、これはいったいどういうことだ?」


 ひばりちゃんが小声で尋ねた。


「夏美、どうしてその二人が一緒なの?」


 逢坂秋穂も鋭い声で尋ねる。

 二人に詰め寄られ、夏美ちゃんが慌てた様子で答えた。


「お姉ちゃんも買い物に行きたがってたから、み、みんなで一緒にどうかなって」


「ボクはそんなの頼んだ覚えはないぞ」


 ひばりちゃんが逢坂秋穂をムッとにらむ。

 逢坂秋穂も不快そうな表情を浮かべた。


 夏美ちゃんが二人にお願いするように言う。


「わ、わたしはみんなに仲良くなってほしいの。だから…………」


「ボクはお前のことは好きだが、その女のことはだいっきらいだ。入学式であんなことをしておいて、今さら仲良くなんてできないな」


 ひばりちゃんが怒りのこもった声で言った。


「…………私も別に、あなたたちと馴れ合うつもりはないわ」


 逢坂秋穂も冷たい声でそう答える。周囲の目も気にせず火花を散らし合う二人を前に、夏美ちゃんが怯えたような表情を浮かべた。


「お姉ちゃん、ひばりちゃん…………」


 泣きそうな顔でオロオロする夏美ちゃんに逢坂秋穂が言う。


「私は今日は帰るわ。あなたはその二人と楽しんでくればいい」


「ああそうしてくれ。こっちはあんたの顔を見るだけで虫唾むしずが走るんだ」


 逢坂秋穂は冷たい目で私たちをにらんでから、きびすを返してこちらに背を向けた。そして、用はないとばかりに歩き去ろうとする。


「そんな…………」


 夏美ちゃんがうつむいて小さく肩を震わせた。


 歩き去る逢坂秋穂の背中を見ながら考える。


 確かにひばりちゃんの怒りも理解できる。


『調子に乗るなよ、冬空スピカ』

『断言してもいい、あなたはアイドルになどなれない』


 入学式で彼女の取った行動は、非難されてしかるべきものだ。けど、あれが彼女のすべてだとは思えない。


 あの心優しい夏美ちゃんが、あの人のことをしたっている。それだけで、逢坂秋穂が本当は優しい人だというのは想像がつく。


 それに…………中間発表会でライブを成功させろという課題。


 一見ただの無茶振りだが、きっとこれは…………


 悲しそうにうつむく夏美ちゃんの肩をぽんと叩いた。

 夏美ちゃんがハッとして私を見つめる。


「大丈夫、ここは私にまかせてよ」


 私がそう言うと、夏美ちゃんが驚きながらもこくりとうなずいた。夏美ちゃんに笑いかけて、逢坂秋穂の背中を追いかける。


「逢坂さん!」


 逢坂秋穂がこちらを振り向いた。

 私の姿を見て驚いたように目を見開く。


「私はあなたと仲良くなりたいです! だから一緒に行きませんか?」


 驚愕きょうがく動揺どうよう――――そんな感情が彼女の目に浮かんだ。


 逢坂秋穂が小さな声でつぶやく。


「どうして…………私はあなたに、あんなことをしたのに…………」


「私はぜんぜん気にしてないですよ! むしろ逢坂さんに感謝してるくらいです!」


「感謝って…………でも、あなたのお友だちはそうは思ってないみたいだけど」

 

 逢坂秋穂がひばりちゃんを見て言った。

 ひばりちゃんは「マジかよ⁉」みたいな顔で私を見ている。


 今度はひばりちゃんの説得に向かった。


「あのね、ひばりちゃんの気持ちも分かるけど、私はぜんぜん怒ってないよ。秋穂さんとも仲良くできるならしたい」


「でもお前、あんなことをされたんだぜ。怒って当然だろ…………」


「ううん、私はむしろ感謝してるんだ。秋穂さんのおかげで私、自分の弱点に気づくことができたから」


 私は逢坂秋穂の前で校歌を歌えなかった。その経験がなければ、アイドルのステージの本番で同じ目に遭っていたかもしれない。入学式の時点での私は、自分の歌唱力の高さを過信しているフシがあったから、そうなってたことも十分にありえる。


 だから、逢坂秋穂には感謝しているのだ。


「…………お前がそう言うんなら、分かったよ」


 ひばりちゃんが渋々といった表情でうなずいた。


 こうして私たちは、逢坂秋穂を入れた四人で買い物に行くことになった。



 電車に乗って市内まで出て、目的地に向かって歩く。ひばりちゃんと逢坂秋穂は買い物に行くことは同意したものも、互いに言葉を交わそうとはしなかった。 


 夏美ちゃんが気を遣ってひばりちゃんと話し出したので、口を結んで黙々と歩く逢坂秋穂に話しかけてみる。


「あの、逢坂さん。私ずっと思ってたんですけど、逢坂さんってほんとは優しい人ですよね?」


 私がそう尋ねると、逢坂秋穂がこちらをぎろりとにらんだ。


「はあ? そんなわけがないでしょう。私のどこをどう見たらそう思うの?」


「あなたが出した課題ですよ」


 二週間でライブを成功させる。

 一見するとただの無茶振りだ。


 でも、


「二週間という時間制限をつけたのは私たちに明確な目標を与えるため。中間発表会という舞台を用意してくださったのは、学校の内側という安全圏でファーストライブをさせるため、違いますか?」


 初めてのライブが必ずしも成功するとは限らない。それを、外の世界ではなく学校の内側でやらせてくれるのは、この人なりの優しさなんじゃないだろうか。


 私がそう伝えると、逢坂秋穂がふいと目をそらした。


「あなた、人の好意を信じすぎよ。世の中の人間は、あなたが思っているほど良心的ではないわ」


「誰でも信じるわけじゃありません、逢坂さんだから信じてるんです」


「…………買いかぶりすぎよ。私はただ、あなたが人前で醜態をさらすのを見て笑いたいだけ」


「私にはそうは見えませんけど」


 逢坂秋穂は口をつぐんで、それ以上はなにも言わなかった。



 ひばりちゃんが行く予定だったのはCD屋さん。

 逢坂秋穂が行きたがってたのもCD屋さんだった。


 ということで、私たちはまず市内のCD屋さんに来ていた。


「すごい…………CDがいっぱい置いてある」


 こういう場所に来るのは初めてだった。

 物珍しさに思わずキョロキョロと周囲を見回す。


 私が周囲を見回していると、


「おっ、Slaughter to Prevail の新作じゃないか」


 ひばりちゃんが自然な動作でメタルの棚に吸い込まれていった。


「ひ、ひばりちゃん……?」


「ディルにノクブラまで置いてるとは、なかなかやるなこの店」


 ひばりちゃんが嬉しそうに言った。いつもは冷静沈着なひばりちゃんが、目を輝かせてメタルCDが詰まった棚を物色しはじめる。


 かと思うと、


「わあっ! Twilight Sky と Mysterious Painting の新作が置いてある! 果てなき青の新作アルバムもあるよ!」


 今度は夏美ちゃんがアイドルの棚の前でキャッキャしはじめた。はしゃぐのはいいが…………私たちは作曲の資料を買いに来たのではなかったのか。


 ひばりちゃんと夏美ちゃんが私に手を振る。


「おいスピカ、こっち来てみろよ! すごいぞ!」

「スピカちゃん、見てみて! すっごくかわいいよぉ、このジャケット!」


 逢坂秋穂がそんな二人を見てツンとした声で言った。


「呼ばれてるわよ、冬空スピカ。行かなくていいの?」


「え、ああ、まあ…………」


「あの二人のこと、頼んだわよ。それじゃ」


 そう言って逢坂秋穂がどこかに歩き出す。

 

 頼んだって言われても、保護者じゃないんだし…………


 どっちに行こうかと考えて、ここは裏をかいて逢坂秋穂の後を追いかけた。すると彼女がぎろりと私をにらむ。


「なんで私の方に来るのよ」


「だって私、逢坂さんと仲良くなりたいですし」


 あの二人は学年もクラスも一緒だから話す機会は多い。けど、逢坂秋穂と仲良くなるチャンスは今くらいしかなさそうだ。


「…………私は別に、あなたと馴れ合うつもりはないわ」


 そう言って逢坂秋穂が逃げるように歩き出した。

 彼女を追いかけて、となりに並んで歩く。


「逢坂さんはなにを買いに来たんですか?」


「…………アイドルのCDよ、中古のね」


「アイドルのCD? でも逢坂さん、アイドルはきらいじゃなかったんですか?」


 この人は言っていた。

『アイドルなどという軽薄なものはきらいなの』と。


 なので私が尋ねてみると、逢坂秋穂が「しまった」みたいな表情を浮かべる。


「こっ、これはただの市場調査よ。ライバルの動向を分析して、なにが売れるか見極めているだけ」


「あっ、そうなんですか……」


 逢坂秋穂がアイドルCDの物色を始めた。棚からCDを手に取って、無表情のままジャケットをじっと見つめる。それをしばらく繰り返して、逢坂秋穂が突然わっと声を上げた。


「どうしたんですか?」


 すると焦った顔で私にCDを見せつける。


「果てなき青のサイン入りアルバム! 市場に百枚しか流通してないレア物だわ!」


「? でも逢坂さん、アイドルに興味ないんじゃ…………」


 私がそう言うと、逢坂秋穂はふたたび能面のような無表情に戻った。


「…………もちろん興味はないわ。ライバルのサインなど不快でしかないもの」


 なに食わぬ顔でCDを棚に戻す。かと思うと…………私の見てなさそうなタイミングで、やっぱりCDをカゴにそっと忍ばせた。


 この人、ほんとはアイドルが好きなんじゃ…………


 生徒会室で言ってたセリフを思い出す。『10235人、これは昨年度の文部科学省の調査によって分かったスクールアイドルの総数よ』


 アイドルに興味がない人が、そんな数字を把握しているだろうか?


 ……………………。


 逢坂秋穂がわざとらしく咳ばらいをして、話題を変えるように私に尋ねる。


「私のことはいいの。それより冬空スピカ、あなたはアイドルは好きなの?」


「えっ? はい。好き……だと思いますけど…………」


「ずいぶん歯切れの悪い返事ね。あなたは好きなグループとかはいないの?」


 好きなアイドルグループ……?


 逢坂秋穂に尋ねられ考える。

 けど、なにも名前が出てこない。


 アイドルになるため小学生のころからボイトレをやってきたが、曲を聞いてみるという発想はなかった。よく考えたら、私はアイドルの曲をひとつも知らない。


 あれ?

 私はアイドルが…………好き、なのか?


 好きなグループはいる? そんな単純な質問に私がなにも答えられずにいると、逢坂秋穂が怪しむように言った。


「冬空スピカ。あなたまさか、アイドルが好きでもないのに、アイドルになりたいなどという戯言ざれごとを吐いているわけじゃないでしょうね?」


 あれ?

 私は…………

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