第2章 中間発表会

第23話 作戦会議

 高校生活三日目の朝。


 私はアイドル部の二人と教室の一角で顔を突き合わせていた。


 中間発表会でのライブという逢坂秋穂の課題。

 それを達成するための作戦会議を始める。


 おっほんと咳払いをして、作戦会議の開始を宣言した。


「それでは、第一回アイドル部定例会議を始めたいと思います」


「はじめたいと思います!」


「いや、これが一回目なんだから定例会議ではないだろ」


「そこ、春野ひばり少尉、私語はつつしみたまえ」


「つつしみたまえ!」


 ひばりちゃんが私と夏美ちゃんに、「なんだこいつら」みたいな視線を向けた。


「気を取り直して…………これよりアイドル部定例会議、通称『死の会議』を始めたいと思います」


「だから定例会議ってなんだよ……なんで第一回目の定例会議にもう通称があるんだよ……あとお前『死の会議』ってそれ、ヨツバキラ編でノートに誰の名前書くか決めるときのやつだろ」


「私語は慎めと言ったはずだ。グリフィンドールに五点減点!」


「あ…………ぁあ…………ツッコミが…………追いつかねえ」


 ひばりちゃんが深刻なツッコミエラーを吐いて机に倒れた。

 動かなくなった彼女の死体を見てつぶやく。


「くっ…………ひばり隊員がやられたか」


「スピカ隊長、撤退てったいしますか?」


「かまわん。死体を越えて突き進めッ!」


「ラジャーッ! 突撃します!」


 熱が入って夏美ちゃんと二人で盛り上がった。すると教室中がシーンとなって、クラスメイトたちが怪訝な目で私たちを見つめる。夏美ちゃんが盛り上がった姿勢のまま固まった。


「たっ、隊長、このノリはいつまで続きますか? そろそろ限界が…………」


「ぜっ、全軍撤回ッ! 全軍撤回ッ!」


 口笛を吹いてなんでもないふうを装う。


「よし、じゃあ気を取り直して…………アイドル部の作戦会議、始めよっか」


「最初から普通に始めろよ」


 ひばりちゃんのぼやきはいったんスルーしておく。


 それはさておき、

 中間発表会。


 この高校のイベントで、それぞれの部活が新入部員たちの成長を見せ合うものだ。テニス部が講堂のステージでラリーをしたり、バスケ部がフリースローを見せたり、文化系の部が作品を発表したり、というのが行われる。そこに、私たちも参戦することになった。


 中間発表会までの猶予ゆうよは二週間。それまでに曲と衣装を作って、ライブができるようにしなければならない。


 それにしても、逢坂秋穂が課したこの課題。


 ひばりちゃんは、「二週間は短すぎる、これは無茶振りだ」と文句を言っていたが、私にはむしろ…………


 いや、それは後でいいか。


「まずはライブのテーマを決めたいんだけど、なにか意見ある?」


 私がそう尋ねると、ひばりちゃんが手を挙げて答えた。


「そのことなんだが、ちょっと考えてたんだ。…………ファーストライブでいきなりメタルの曲をぶちかますってのはどうだ? 知名度を一気に集める有効な手段だと思うんだが」


「ほほう、なるほど」


 確かに、スクールアイドルのデビュー曲がゴリゴリのヘビィメタルというのは珍しい…………というか、前例がないだろう。


 デビュー曲でいきなり大バズリ、ってのも狙えるんじゃないだろうか。


「それ、けっこういい案かも! 夏美ちゃんはどう思う?」


 夏美ちゃんに話を振ってみる。すると、そもそも夏美ちゃんはメタルがなにか知らないみたいなので、まずはどんな曲かを聞かせる。


 夏美ちゃんが目を丸くして私を見つめた。


「すごい……こんな曲、初めて聴いた。スピカちゃん、これが歌えるの……?」


「うーん、歌えたり、歌えなかったりかなぁ」


 せっかくなら驚かせたいので、歌えるとは言わずに言葉をにごしておく。


「仮に私がこんな感じの曲を歌えたとして、それをアイドルとしてのデビュー曲に持ってくるのはどう思う?」


 私が尋ねると、夏美ちゃんがそうだねぇと言って考える素振りを見せた。


「わたしも、ネットでバズるのは間違いないと思う。でも、それでスピカちゃんがアイドルとして人気が出るかというと、それは別な話だと思うなぁ」


 夏美ちゃんが私たちのアイデアにやんわりと反対する。

 どういうこと? と続きを聞いてみる。


「ちょっと変な例えになっちゃうんだけど、たとえばこれがスピカちゃんを題材にしたアイドルアニメで、いきなりメタルの曲が出てくるんだったら、それはすごくいいと思うの。歌うシーンの切り抜きがネットでバズって、それで興味を持った人がアニメを見てスピカちゃんの魅力を知ってくれるでしょ?」


 …………ふむふむ、それで?


「でも今のスピカちゃんは、ネットでバズっても他に見せれるものがない。生放送のアーカイブとか、他のアイドル曲とか、ちょっとした日記とか…………なんでもいいんだけど、バズってスピカちゃんを知った人が、他に見れるものがない」


 ほうほう。


「アイドルはやっぱり歌だけじゃなくて、その人の性格とか成長とかにファンがつくから、今スピカちゃんがバズっても、ファンを増やすのは難しいんじゃないかなぁ」


 夏美ちゃんが説明を終えると、ひばりちゃんが納得したようにうなずいた。


「なるほどな。つまり今やっても一発屋で終わっちまうってわけか」


 ああ、いるよね。

 花火みたいに一瞬だけバズって、すぐにどっかに消えちゃう人。


 私も下手したらそうなるかもしれないってことか。


「じゃあ、あるていど活動を続けて、私というコンテンツが育ってきた後で、ドカンと一発かませばいいんだね?」


「うん、わたしはそれがいいと思う」


 なるほどなぁ。


「どう……かな? わたし、二人の役に立てた……?」

 

 夏美ちゃんが不安げに尋ねた。

 ひばりちゃんと顔を見合わせる。


「もちろんだ。お前がいなきゃ、たぶんボクたち悪い方向に突き進んでたと思う」


「うん、夏美ちゃんがいてくれて助かったよ。ありがとうね」


 夏美ちゃんがいなかったら、私たちはメタル曲で、


スピカ『お前ら準備はいいかーッ!』

ひばり『いつでも行けるぜッッ!』

夏美『魂こめてくよッッ!』


(ギター)ギュイーン! ズガガガッ!! 

(ドラム)ドゥルルルルルル! バッコーン!

(ベース)ゴワァァァァァ! ズシャーンッ!

(レシラム)ンバーニンガガッ!!


 みたいな感じになってたと思う。

 アイドルに詳しそうな夏美ちゃんがいてくれて助かった。


「…………よかった、ちょっといろいろ不安だったんだぁ」


 夏美ちゃんがそう言って嬉しそうに笑った。


 不安か。


 私とひばりちゃんは小学校からの付き合いだが、夏美ちゃんはまだ出会って三日。きっといろいろ思うところもあるのだろう。私は夏美ちゃんを完全に信頼してるし、ひばりちゃんもそうだと思うけど。


 まあ、じきに馴染んでくれるはずだ。


 にしても…………アイドルの成長をファンは見たい、ねぇ。


 アイドルって、ただ人前で歌って踊るだけじゃないのか……?



「よし、じゃあ気を取り直して! …………デビュー曲は王道のアイドル曲ってことでいいかな?」


「ああ」


「うん、それがいいと思う」


 こうして曲の方向性が決まった。


「じゃあひばりちゃんは作曲を、夏美ちゃんは衣装を頼めるかな?」


 作曲担当、春野ひばり。

 衣装担当、逢坂夏美。

 

 百合ゆりおか高校アイドル部の強力な裏方たち。


「うん、もちろんだよ」

「ボクもそれでいいが…………お前はなにをすんだ?」


 ひばりちゃんがじっと私を見つめる。


「えっ、私? …………私は二人の応援とか?」


「…………」

「…………」

 

「あっ、あと曲の練習!」


 曲ができたら、歌詞を覚えたりする必要があるだろう。というか、本番のライブでちゃんと歌えるよう、人前で歌う訓練をして緊張を克服こくふくしなければならない。


「夏美、これは…………」

「うん、ひばりちゃん」


 ひばりちゃんと夏美ちゃんが目を見合わせた。二人が小声でなにやらコソコソと相談する。しばらくして、夏美ちゃんがバッと挙手をして言った。


「スピカ隊長、これは隊長のライブでありますゆえ、ご自身も製作のプロセスに加わるべきかと思います」


 隊長って…………そのノリまだ続いてたんだ。


「でも私、曲も衣装も作れないよ?」


 そりゃ、私だって二人に任せきりになるのは心苦しい。

 手伝えることがあるなら手伝いたいと思う。


 でも、私は作曲もできなければ、衣装を作ることもできない。


「じゃあ大丈夫だ。お前にしかできないことがある」


「ほんと? じゃあやるよ、私なんでもやる!」


「よし、なんでもやるって言ったな?」


 え? なんかまずいこと言った?

 内心でちょっと焦りだす私に、ひばりちゃんが尋ねる。


「お前、歌を作るのになにが必要か分かるか?」


 曲を作るのに必要なもの?

 うーん…………


「愛と勇気と、諦めないど根性?」


「面倒くさいから正解を言うが、曲と歌詞だな。で、ボクが作れるのは曲の方だ」


 曲と歌詞。

 

 つまり、ひばりちゃんはメロディやインストなどの音楽的な部分は作ることはできる。けど、その曲の歌詞を書くことはできない、ってことか。


「そこでだ、お前に作詞を頼めるか?」


 さ、さくし……?

 なにそれ? 


 パプアニューギニアで見つかった新種の植物とか?


 ポカンとしてひばりちゃんを見つめた。


「いや、なんでこの流れで分からないんだよ」


 あっ、そういうことか。


 さくしってことは錯視だ。

 図形の大きさが違って見えたりするやつね。


「ミュラー・リヤーとか、エビングハウスとかだ」

「それは錯視だ。ボクが言ってるのは作詞だ」


諸葛しょかつ孔明こうめいとか、ナポレオンとか?」

「それはたぶん策士だ。ボクが言ってるのは作詞だ」


 さ、さくし。

 それってまさか…………


 状況を飲みこめてきた私に、夏美ちゃんがトドメを刺した。

 

「曲の歌詞を作るってことだよ」

「ああ、その作詞ね…………なっとくなっとく――――って、ええぇえぇぇええ⁉」


 私が歌詞を書くってこと? 

 いや、そんなの急に言われても無理なんですけど。


 なんで私ができる感じになってんの?


「さっ、作詞はちょっと厳しいかも。ひばりちゃんできないの?」


「できなくはないが、お前がやった方がよくないか? お前の曲になるんだから、お前の気持ちをこめて歌うべきだと思うが」


 確かに…………と思わず納得する。


 でも、 


「そっ、そうかもしれないけど、なんかポエムみたいになっちゃいそうだし、歌詞より黒歴史になっちゃいそうだし、作詞より白紙になっちゃいそうだし」


 ひばりちゃんが呆れた目で私を見つめた。


「なんだよお前。なんでもやるんじゃなかったのかよ」


「ぜっ、全軍撤回ッ! 全軍撤回ッ!」


「そこは前言撤回しろよ」


 ひばりちゃんが冷静にツッコんだ。

 その横で、夏美ちゃんが笑顔で言う。


「難しかったらみんなで手伝うから、まずは当たってくだけろだよ、スピカちゃん」


 あ、私が砕けること前提なんだ。

 かわいい顔して辛辣しんらつなこと言う。


「むむむ、私の曲なんだから、私が作詞したほうがいいと言われたら、確かに否定はできないんだけど、でも、作詞なんてやったことないし、けど、やる前からやらずに諦めるのはよくないって言うし…………」


「おいお前、思考が全部言葉に出てるぞ」


 ひばりちゃんが私を白い目で見ながら言った。

 夏美ちゃんはニコニコしながら私を見守っている。


 ふたりの視線に後押しされて、私はうなずいた。


「よし、分かった。挑戦してみるよ」


 歌詞、書こう。

 私のデビュー曲にふさわしい、とびっきりの歌詞を。


「大船に乗ったつもりで見てて。私、すっごいの書いてみせるから」


「泥舟じゃないといいけどな」

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