第23話 そんなの関係ない
逃げ出した夏美を追いかけて、スピカとひばりは学校中を探し回った。しかし、トイレに逃げた夏美を見つけることはできず、二人は仕方なく教室に戻った。
放課後、泣き腫らした目でこっそりと教室に戻っていた夏美にスピカが話しかけようとする。
「ねえ、夏美ちゃん」
夏美はスピカの顔を見ることなく教室を飛び出した。夏美に逃げられ、スピカは途方に暮れた表情で立ち尽くした。
「逃げられちゃったね……」
「逃げられたな」
「夏美ちゃん、どうしたのかな……」
心配そうな様子のスピカに、ひばりが少し考えてから言う。
「ひとまず時間をおいてみるのがいいんじゃないか? 明日になったらあいつも落ち着くだろ。そのときに話せばいいさ」
ひばりの言葉にスピカも納得した。
「…………そうだね。じゃあ、今日は予定どおり手芸部に行こっか」
衣装を作れる人材を探す。
そのために二人は手芸部の部室へと向かった。
☆
教室を抜け出した夏美が向かったのは手芸部の部室だった。部室の扉を開くと見知った顔が夏美を出迎える。
「おや、夏美ちゃんじゃないか。泣きそうな顔してどうしたんだい?」
三年生の女子生徒で、手芸部の部長にあたる人物だ。
秋穂がスクールアイドルをやっていたころ、その衣装は夏美が作っていた。最初は衣装制作の経験がなかったので、手芸部の人たちに手伝ってもらった。部長とはそのときからの付き合いだった。
「なにかあったのかい? 話してごらん」
部長が優しい声で言って、夏美に温かいお茶を出した。お茶を飲むと体があったまって、少しだけホッとした気分になる。
夏美は部長に今日あったことを話した。
スピカにアイドル部をやりたいと言おうとしたこと。クラスメイトに自分や姉の陰口を言われたこと。逢坂秋穂の妹であることを隠すため、自分は大阪夏美だと嘘をついていたのがバレたこと。
夏美の話を聞き終わると、部長がなるほどねとつぶやく。
「まっ、入学式であんなことをやったら、秋穂が新入生たちに敵視されるのも仕方ないか。それが夏美ちゃんにまで行ってるのは問題だけど」
「あの、お姉ちゃんは、どうしてあそこまで…………」
夏美には、姉があそこまで怒った理由が理解できなかった。
「あれは確かにすごかったね。さすが秋穂だなって思ったよ。私だったら同じ立場になってもあんなことはできないな」
部長がそう言ってヘラヘラと笑った。笑い事じゃないのに、と思わずムッとする。しかし、部長はすぐに真剣な表情に戻って言った。
「でも、秋穂があそこで怒った気持ちはよく分かる。私もね、冬空さんがスピーチを終えて、みんなが冬空さんに拍手をしたとき、ものすごくムカついた。もう殺意すら感じたよ。こいつら全員ぶっ殺してやりたいってね」
部長が物騒なことを言い出して、夏美は思わず彼女をじっと見つめた。
「ぶっころ…………って、スピカちゃんをですか?」
夏美が尋ねると、部長が首を横に振る。
「違うよ。私が怒ったのは、在校生たちの方。とくに、私たちの同級生である三年生たちにね」
姉が怒ったのは三年生に対して?
でも、どうして…………
夏美が理由を尋ねようとして、
「ごめんくださーい!」
底なしに陽気な声とともに誰かが部室のドアを叩く。
部長がどうぞと言うと、部室の扉が開いた。
ノックした人物が大きな声で名乗りを上げる。
「失礼します。一年A組の冬空スピカです――――って、夏美ちゃん⁉」
部室に入ってきたスピカとひばりが驚いた表情で夏美を見つめた。夏美も
「スピカちゃん、春野さんも…………どうしてここに…………」
「君は冬空スピカさんだね? 手芸部になにか用かい?」
夏美がいることに驚いていた様子のスピカだったが、ひとまず部長の質問に答えた。
「私はアイドル部の衣装を作ってくれる人を探してここにきました」
スピカがそう言うと、部長がふっと笑って答えた。
「それなら、夏美ちゃんが君の探している人材だよ。彼女は以前もアイドル部の衣装を作っていたことがあるからね」
部長がそう言って夏美にウインクをする。
「そうなの、夏美ちゃん……?」
「わっ、わたしは…………」
スピカにじっと見つめられ、夏美は思わずうつむいた。騙していたという負い目から、彼女を直視することができなかった。
「夏美ちゃん、アイドルの衣装作れるの? よかったら私に見せてよ!」
スピカに明るい声で言われ、スマホで衣装の写真を見せる。
写真を見たふたりは目を丸くして顔を見合わせた。
「すごい……」
「ああ、プロの作品と言われても驚かないレベルだ」
スピカが夏美の前でバシンと両手を合わせた。
そして、夏美に頼みこむように言う。
「夏美ちゃん、お願い! もしよかったら、私の衣装を作ってほしい!」
スピカの言葉に夏美は思わず尋ねた。
「わっ、わたしでいいの……? わたし、スピカちゃんを騙してたのに」
「そんなの気にしなくていいよ。別に怒ったりなんかしてないから」
「じゃあ、わたしのお姉ちゃんのことは…………」
「夏美ちゃんのお姉ちゃんが、逢坂秋穂さんだってこと? そっちも別に気にしてないよ」
スピカがあっさりとした声で言う。
「じゃ、じゃあ春野さんは…………」
「あんたの姉が誰であろうと、あんたはあんただ。気にすることはない」
ひばりが答えた。
二人を見つめて恐る恐る尋ねる。
「ほんとにわたしでいいの……?」
「むしろ、こっちからお願いしたいくらいだよ。夏美ちゃんの衣装、すごかったし、それに私、夏美ちゃんのこと大好きだし!」
「――――――――!?」
夏美ちゃんのこと大好きだし。
スピカの言葉が夏美の頭の中でこだました。
夏美は目をパチパチさせながら、口元を手で隠す姿勢になって固まった。唖然とした顔でスピカを見つめる。
わっ、わたしのことが大好き?
今大好きってわたしに言ったの!?
大好きってどういう意味?
それってもしかして、えっと、そういう…………
嬉しいけど。
嬉しいけど。
嬉しいけど!
急に言われたら心の準備が…………
変なことを想像して、夏美の顔が真っ赤になった。
心臓の鼓動がドッと跳ね上がる。
「はっ、はうぅ…………す、スピカちゃん……好きって、えっと、その…………」
夏美がおずおずと尋ねると、きょとんとした顔でスピカが言う。
「? そのままの意味だよ。夏美ちゃん、私のこと勇敢だって言ってくれたし、私が落ちこんでたときも励ましてくれたし。だから私、夏美ちゃんと友だちになって仲よくなりたいな」
あっ。
そういう意味か。
夏美はホッと胸を撫で下ろした。
――――っていやいやいや。
普通に考えたらそういう意味じゃなくてそういう意味だよね。
わたしなにを勘違いしてたんだろう。
ああ恥ずかしい。
ほんとに恥ずかしいよ……
そんな夏美の内面の
「だから夏美ちゃん、私と一緒にアイドル部になってよ」
差し出された手を見つめる。
裏表のない純粋な人なんだろうと思った。わたしが騙してたことなんて気にしてないし、お姉ちゃんにあんなに言われてたことも気にしてない。
かわいいだけじゃなくて、純粋で優しくて、すっごく勇敢な人だ。
見た目だけじゃなくて、スピカの内面にも惹かれて、夏美は心からこの人と一緒にアイドル部をやってみたいと思った。
スピカの手を取る。
「…………うん、わたし、やりたい。スピカちゃんと一緒にアイドル部やりたい!」
夏美の返答に、スピカの表情がさらに明るくなった。
「ありがとっ! やっぱり大好きだよ夏美ちゃん!」
スピカがそう言って夏美に思い切り抱きついた。スピカに抱きつかれ、普通に戻っていた夏美の顔がみるみるうちに赤くなる。
スピカちゃんの髪っ、やわらかい!
それに体温も人より高め?
うぅ…………距離感が近い。
嬉しいけど、心臓に悪いよ…………
顔を赤らめながら身をよじらせる夏美。
そんな夏美を見てひばりが言った。
「悪いな。こいつはハーフだからちょっと距離感がバグってるんだ。ほら、海外の人ってよくハグとかするだろ?」
ああ。
そういうことなのね。
納得する夏美を前に、ひばりがスピカに注意する。
「おいスピカ。あんまり人に抱きつくなよ。ここは日本だから」
「えっ、日本じゃハグってダメなの?」
「そうだ」
「オォウ、カルチャーショック…………」
「お前ずっと日本暮らしだろ」
「そっ、それはそうだけど…………」
ひばりに注意され、さみしそうな顔でスピカが離れた。
「ごめん……いやだった?」
「うっ、ううん! いやじゃないよ。驚いたけど、むしろ嬉しかった!」
「ほんと?」
スピカが嬉しそうな顔で夏美にふたたび抱きつく。
ああ、やっぱりスピカちゃんはかわいい。
夏美は幸福感につつまれた。
「あー、すまない君たち。部員たちが困っているから、じゃれあうのは
部員たちが困ってる……?
部長の言葉にハッとして周囲を見回すと、いつのまにか手芸部の部員たちが集まっていた。公衆の面前で抱き合う夏美とスピカを見て、目を丸くしたり顔を赤らめたりしている。
「ごっ、ごめんなさい!」
二人は同時にそう言って、急いで部室の外に出た。
☆
部室の外で、あらためてあいさつをする。
「よっ、よろしくお願いします。えと、冬空さん、春野さん」
「スピカでいいよ」
「ひばりでいいぞ」
スピカとひばりが笑顔で言った。
「スピカちゃん、ひばりちゃん…………じゃあ、これからよろしくね!」
「ああ、よろしくな、夏美」
「よろしくね、夏美ちゃん!」
こうして、逢坂夏美が正式にアイドル部(仮)のメンバーになった。
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夏美「みっ、みなさん初めまして! わたしは逢坂夏美です……だよ? スピカちゃんにふさわしい、とびっきりかわいい衣装を作るから、これからよろしくおねがいしますねっ!」
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