第21話 逢坂夏美の憂鬱 その1

 高校生活二日目の朝。


 逢坂おうさか夏美なつみは一番乗りで学校に登校してきた。

 誰もいない教室を見回して、さすがに早すぎちゃったかなぁ、と思う。


 今日はスピカちゃんとお話しして、アイドル部の仲間に入れてもらう予定なのだ。それが楽しみすぎて、早めに来すぎてしまった。


 まだ慣れない自分の席に座った。

 昨日話した冬空スピカちゃんのことを思い出す。


 金色の髪に青い目をした、お母さんがイギリス人のお人形さんみたいにかわいい女の子。


「はうぁーあ。あんなかわいい子が、わたしの衣装を…………」


 自分の衣装を着たスピカを妄想する。

 昨日、どんな衣装が似合うかをすでに考えてきたのだ。


 スクールアイドルだから、最初はやっぱり学校の制服をイメージした衣装。


 白と黒を基調に、スカート部分には優しい青のグラデーション。スピカちゃんが動くたびにスカートがふわりと広がって、スラっとしたふとももが見え隠れする。


 わたしの衣装を着たスピカちゃんが、目を輝かせて言う。


『すごいよなつみちゃん! こんなにかわいい衣装はじめて! なつみちゃんの衣装って最高! なつみちゃん大好きだよ!』


 スピカちゃんがわたしの手を握って、わたしのことを大好きって言って、キラキラとした目でわたしを見つめて…………えへ、えへへへ…………ああ、かわいいなあ。なんか髪の毛、いい匂いしそうだし…………匂ってみたい。顔をうずめて、匂いをかいでみたい。感触も柔らかそうだし…………


「ああっ、かわいいよぉ。かわいすぎるよっ!」


 妄想の中のスピカに脳をやられて、夏美は身をよじらせた。



 しばらくしてクラスメイトが教室にやってきた。

 あっ、スピカちゃんだ。


 スピカに話しかけようと機会を伺っていると、スピカがクラスの一軍陽キャ女子たちと話しはじめる。


「ねえねえ、私アイドル部を作りたくて、アイドルの衣装を作れる人を探してるんだけどさ、みんなの中には衣装を作れる子、いない?」


 スピカが衣装担当を探しているという事実にひとまずホッとする。すでに部員が集まった、というわけではなさそうだ。


 陽キャ女子たちが申し訳なさそうな顔で首を横に振る。


「衣装を作れる子はいない……か。分かった、みんなありがとね」 


 スピカが落ちこんだ様子でつぶやいた。


 って、危なっ!


 もしあのキラキラ女子たちの中に衣装を作れる子がいたら、わたしの出番、ここで終わってたかもしれない。


 手遅れになる前にこっちから話しかけなきゃと思う。けど、夏美は自分から人に話しかけるのが苦手だった。


 仲のいい友人なら大丈夫。だけど、昨日会ったばかりのスピカには、なかなか自分から話しかける勇気が湧かなかった。


 夏美が遠くからスピカを見ていると、スピカがこちらの視線に気づく。


 見てたのバレた⁉︎


 あわてて視線をそらした。

 のぞき見してたのがバレてしまい、焦って心臓の鼓動が速くなる。


 目を閉じて必死に祈った。


 変な子だと思われませんように。

 変な子だと思われません――――


「夏美ちゃん!」


 えっ?


 自分のすぐ正面で声が聞こえた。

 いつのまにか、スピカが夏美の目の前に来ている。


 状況を理解できず困惑する夏美をよそに、スピカは机にグンと体を乗り出して至近距離で夏美を見つめた。


 ちっ、近い。


 スピカの顔が目と鼻の先にくる。


 パッチリとしたまつ毛に囲まれた大きくて丸い青色の瞳。すべすべできれいな肌。桃のようにふんわりとした頬、輝くような金色の髪…………わたしの妄想よりも百倍かわいい。


 そんな美少女が、そんな美少女がっ……! 

 わたしと鼻のぶつかるような距離にっ、います!


 顔が熱くなるのを感じた。

 ドキドキして心臓の鼓動が跳ね上がる。


「やっほー夏美ちゃん、昨日ぶり。夏美ちゃんはどう? アイドルの衣装作るのに興味はない?」


 スピカが自分をアイドル部に誘ってくれている。その事実を咀嚼するのに十数秒かかった。理解して、今度はうれしさがこみ上げてくる。


 あります! 衣装作るの大好きです!

 夏美がそう答えようとした、そのときだった。


「ねえ、いま冬空さんが話してる子、あの逢坂秋穂とかいう女の妹じゃない? 私、あの子があの女と一緒に帰ってるの見たよ」


「えっ、あの激ヤバ生徒会長の妹? マジでー? そんな子が、スピカちゃんに関わらないでって感じだよね」


 少し離れたところから、そんな声が聞こえてくる。とたんに、夏美は心臓に冷水を浴びせられたような気分になった。


「ご、ごめん…………わたしは、興味ない…………」


 思わず夏美はそう答えていた。

 


 それから悶々もんもんとした気持ちで授業を受けた。

 二限目の授業が終わって、休み時間になる。


 今度こそスピカちゃんに伝えよう。

 そう思って、夏美はスピカの席に向かった。


 スピカちゃんは入学式で、人前に出るのが苦手なのに自分の目標を宣言してみせた。あのときのスピカちゃんを見て、なんて勇敢なんだろうと思った。


 わたしもスピカちゃんみたいに勇敢になりたい。

 だから、頑張って自分から話しかけるんだ。


 勇気を出してスピカに話しかける。


「あっ、あの――――」


 スピカはひばりと二人で話していた。

 夏美が来ると、ひばりが夏美をじっと見つめる。


 春野ひばりさん。

 スピカと仲の良い同級生ということで、夏美もすでに名前は知っていた。


「…………誰だ、お前?」


 こ、こわっ。


 思わずピンと気をつけの姿勢を取る。

 背中と額に冷や汗があふれてくる。


 髪は短かめ。くせっ毛なのか全体的にくしゃっとしている。小柄だけど目つきが鋭くて、スピカちゃんと一緒じゃなければ不良だと言われても信じるくらい。


 初対面同士の夏美とひばりを気遣ってか、スピカが言った。


「この子は大阪夏美ちゃんだよ」

「逢坂? じゃあまさか…………」


 ひばりが怪訝そうな表情を浮かべて夏美を見つめる。


 まずい。

 まずい。


 めちゃくちゃ怪しまれてる。

 なんとかしてごまかさないと。


『あの激ヤバ生徒会長の妹? そんな子が、スピカちゃんに関わらないでって感じだよね』


 同級生の言葉が脳をよぎった。


 内心で慌てだす夏美を前に、


逢坂おうさかじゃなくて、大阪おおさかだよ! この子は大阪からきた大阪夏美ちゃん」


 スピカがそう言って、ホッと胸を撫で下ろした。


「大阪から来たってことは、関西人なのか?」

「う、うん…………そうだよ」

「そうなのか、その割には方言出ないんだな」


 うわっ、やばっ。

 バレそう!


 咄嗟とっさに新しい嘘を重ねる。


「いやぁ、普段は大阪弁だけど、学校では封印してるんだ!」

「ふーん、そうなのか」


 微妙な反応をするひばり。

 対してスピカは大阪弁と聞くとなぜか目を輝かせた。


「ほんと⁉︎ 夏美ちゃん大阪弁しゃべれるの⁉︎ 私じつはお笑い好きだからさ、大阪弁あこがれてたんだ! なにかしゃべってみてよ!」


「いっ、いいよ…………」


 自分の中の架空の大阪人を急いでインストールする。


「こほん。なんでやねん! なんでやねん! せやかてたこ焼きはうまいなー。やっぱり大阪ちゅうたらユニバや! 関西のうどんは出汁が透き通ってて最高やろ!」


「すごい……ほんものの大阪弁、初めて聞いたよ」


 スピカが感激したように夏美を見つめた。その後はスピカが日本のお笑いについて熱く語りだして、アイドル部の話は結局できなかった。


 あは、あはははは…………


 夏美は内心で泣きながら笑った。


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第一章完結までの更新について


22話、23話 → 日曜の朝と夜9時に投稿

24話 → 月曜夕方6時に投稿

??話 → 火曜のお昼に投稿


バラバラに読むより一気読みしたい方がいらっしゃったら、こちらをご参考にしてください。

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