第19話 ひとだんらく!

「これからよろしくね、ひばりちゃん!」

「ああ、よろしく頼む」


 こうして、ひばりちゃんが私の仲間になった。

 いやはや、家に押しかけるというゴリ押しが功を奏したか。


 さて。

 窓の外を見ると、夕陽が沈んで暗くなっていた。


 長居しすぎてしまった。さすがに迷惑だからそろそろ帰ろうかといったところで、ひばり母が部屋にきて言う。


「ひばり、晩ごはんできたわよ。スピカちゃんも一緒にどう?」

「いいんですか⁉︎」

「ええ、もちろん」


 ということで、私はひばりちゃん家で晩ごはんを食べていくことになった。



「いただきまーす!」


 ひばりちゃんの家で食卓を囲む。


「お母さん、このとんかつすっごく美味しいです!」

「うふふ、よかった」


 サクッとした衣を噛みしめた瞬間、じゅわっと広がるジューシーな肉汁。ほどよい脂身が口の中で甘くとろける。それにソースのうまみが合わさって、私の語彙力じゃ表現できないくらい美味しい。


 ああ、やっぱり肉は最高だ。


 豚肉や牛肉などの赤身肉は、飽和ほうわ脂肪酸しぼうさんやコレステロールが多く含まれていることもあって、食べすぎると心臓病のリスクになるし、とんかつは揚げ物だから、カロリーも脂質も多いので、余計に危険だが…………

 

 医者である父から教育されたせいで、余計な健康情報が脳をよぎる。


「そういえば母さん、ボクはスピカとアイドル部をやることになった」


 ひばりちゃんがそう言うと、ひばり母が食事の手を止めて、手で口元を覆ってひばりちゃんをじっと見つめた。


「あら、あらあらあら…………ひばりがアイドルになるの? お母さん楽しみだわ」

「いや、ボクは作曲担当だ」

「あら、そうなの?」


 ひばり母が残念そうな表情を浮かべた。

 

「でも、よかったわね。これでスピカちゃんと一緒のことに取り組めるでしょう? あなた昔から、スピカちゃんともっと一緒になにかやりたい、って言ってたものね」


 ひばり母がなんでもないことのようにサラッと言った。

 ひばりちゃんの箸からとんかつがすべり落ちる。


 ひばりちゃんの顔がみるみるうちに赤くなってゆく。


「ちょ、母さん? あまり変なこと言わないでくれるか?」


 そんなひばりちゃんの訴えはむなしく、ひばり母が私にウインクして言った。


「この子は昔からずっと言ってたのよ。スピカちゃんがボイストレーニングするようになってから、一緒に遊べる時間が減ってさみしいって」


「ああっ、もう。変なこと言うなよな。この話は終わり、終わりだ!」



 晩ごはんを食べ終わって、ひばりちゃんの部屋に戻った。


「いやー、なんだぁ。かわいいところあるじゃん。なんか私のことメンヘラだとか言ってたけどさぁ」


「そ、それはもういいだろ…………」


「照れちゃって…………このこのっ!」


「ああもう、やめろってば…………それより、部を設立するには、最低でも部員が三人はいるんだろ? あとの一人に心当たりはあるのか?」

 

 ひばりちゃんが分かりやすく話題を変えた。まあ、これからの活動を考えるのに重要な話題なので、ここはしゃーなしで乗ってあげる。


 さて。

 他の部員の心当たりだが、


「ないよ」

「頼りにならないな、お前」


 息を吐くようなひばりちゃんの毒舌も、あんなかわいいところを見せられた後では気にならない。

 

 それはともかく、


「心当たりはないけど、衣装を作れる人が必要だよね」

「衣装を作れるやつね…………そう簡単に見つかるか?」

「明日、クラスの女の子たちに聞いてみるよ」

「ああ……まあ、そうだな」


 そう都合よく見つかるはずもない。それがお互いの共通認識だった。しばらく考えてから、ひばりちゃんが言う。


「もし見つからなかったら、手芸部を探してみてもいいんじゃないか?」


 手芸部。

 フェルトでエッフェル塔を作ると言っていたあのふざけた部活か。


 確かにそれなら衣装を作れる人も見つかるかもしれない。クラスメイトたちに協力者が見つからなかったら、手芸部にも行ってみようと決める。


 そう決めたところで、ひばりちゃんが私に尋ねた。


「てかお前、他にアイドルのメンバーは誘わないのか? 衣装を作れるやつがいたとして、ボクとお前と、そいつだけで行くつもりか?」


「そのつもりだよ」


「ほんとにそんなRTAみたいな構成で行くのかよ。アイドルって普通もっと大人数だろ? AKB48だったら48人いるわけだしさ。スクールアイドルがどうかは知らないが、メンバーは集めなくていいのか?」


「うーん…………」


 アイドルは残酷な世界だ。


 アイドルになるには、容姿が優れている必要がある。歌がうまい必要がある。それに、勉強や遊びに使う時間を、パフォーマンスの練習に捧げなければならない。しかも今の時代、ネットに顔や実名をさらす覚悟も必要になる。


 容姿に優れていて、歌がうまくて、私生活を投げ打つことができ、ネットに自分をさらす覚悟もある。そんな人間は、ひとつの学校に数人いればいい方だ。


 だからスクールアイドルでは少人数のグループが基本である。多くても五人とかで、ソロのアイドルも少なくない…………というのがネットで調べた情報である。


「探してみてもいいけど、期待はしてないかな」

「そうか……」


 私はひとりでやっていける。

 ソロで歌うことに別に問題はない。


「見た目だけなら、あの逢坂秋穂とかいう女もいけそうなんだがな。それに『カラーズ』人気ナンバーワンってくらいだから、歌や踊りもうまいんだろうし」


 鬼の生徒会長、逢坂秋穂。

 

 確かに彼女は飛び抜けて美しかった。ツヤのある黒髪。透き通るような肌。スラっとした体つき。容姿に関しては満点と言っても過言ではない。

 

 でも……


「いや、絶対にないでしょ」

「ははっ、確かにそうだな」


 私と逢坂秋穂が一緒にアイドルをやるなんて、天変地異が起きても絶対にありえない。それだけは断言できる。でも、あの人と比べても見劣りがしない美少女を私はもうひとり知っている。


 大阪夏美ちゃんだ。

 あの子はマジでかわいかった。


 そういえば…………大阪夏美ちゃんは手芸部に入ると言っていた。


 アイドル部をやらないかと言ったら断られたが、伝え方が悪かった。アイドルの衣装を作ってくれないかと頼んだらやってくれるかもしれない。


 明日、夏美ちゃんにも話を聞いてみようと決める。


 夏美ちゃん、今どこでなにをしてるんだろ?


 そんなことをぼんやりと考えた。



 ――――さかのぼること数時間前。


「夏美ちゃん、私と一緒にアイドル部やってみない?」


 生徒会室の手前の廊下。

 スピカにストレートにそう尋ねれ、夏美は思わずうつむいた。

 

「ごめん、スピカちゃん。わたし、手芸部に入るから」

「そっか」


 断られたものも、もともとそれほど期待してなかったのか、スピカが気にする様子はない。

 

「よし。それじゃあ、私は行くよ。じゃあね夏美ちゃん。また明日!」

「…………うん、じゃあねスピカちゃん」


 スピカがコンピューター室に走ってゆくのを、夏美は悲しそうに見送った。


 スピカちゃんと一緒にアイドル部をやりたい。スピカちゃんの衣装を作りたい。けど、お姉ちゃんの気持ちを考えるとそんなことはできない。


 姉が入学式でスピカに取った態度を思い出す。


『調子に乗るなよ、冬空スピカ』


 そう言って入学式の真っ最中で、みんなの前で攻撃をしかけた。姉があんなことをした理由はなんとなく分かるが…………一度ちゃんと話しておくべきだろう。


 ふーっと息を吐いて、生徒会室の扉を開けた。

 生徒会長の逢坂秋穂がこちらを見つめる。


「ねえ、お姉ちゃん。どうしてスピカちゃんにあんなことをしたの?」


 逢坂秋穂の妹、逢坂夏美は尋ねた。


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スピカ「ひばりちゃんが仲間になってくれて嬉しいよ! 部の設立に必要なのはあとひとり。最後はどんな子になるのかな?」

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