第18話 お前の曲を作らせてくれ

「ひばりちゃん、どう? 私と一緒にアイドル部をやってくれる気になった?」


 スピカが期待した目でひばりを見つめた。


 ――――私の歌を聴いて、もしやりたくなったらアイドル部を手伝ってほしい。


 ああ……そういえばそんな話だったなと思い出す。


 スピカの歌唱力があまりにも凄すぎて、そんなことは頭の中から吹き飛んでしまっていた。


「なあお前…………ほんとにボクなんかでいいのか? お金を払ってでもお前に歌を歌ってもらいたいって人、いくらでもいると思うぞ?」


 スピカの歌唱力を知れば、歌手としての契約の誘いも無数にくるはずだ。


「というかお前、アイドルを目指すより歌手を目指した方がいいんじゃないか?」


 どう考えてもスピカにはアイドルより歌手が向いている。

 ひばりはそう思った。


 令和の時代、ライブであっても顔出しをしない歌手は無数にいる。Vtuber のようにヴァーチャルの分身に歌わせたり、Ado さんのように顔出ししないままステージに上がったり…………


 メタル以外のジャンルに興味はないが、音楽に関わる人間として知識はあった。


 歌って踊らなければならないアイドルなんかより、顔出しに自由の利く歌手の方がどう考えてもこいつに向いている。


「…………実はね、お母さんが所属してた事務所から、年間一億円で歌手として契約しないかって誘いが来てるんだ」


「はあ⁉︎ いっ、一億円⁉︎ いやなんでお前アイドルやってんだよ! 部活がどうとか言ってる場合じゃないだろ!」


 無名の女子高生に提案すぎるには莫大ばくだいすぎる金額だが、スピカの歌唱力を考えれば十分に妥当だろう。


 なのに、こいつはなんで…………


「別にお金はいらないよ。それに有名になりたいわけでもない。私はただ、母さんの夢を叶えたいだけなんだ」


「………………」


 胸に手を当ててそう語るスピカの顔をまじまじと見つめる。


 母への愛?

 恩返し?

 

 一見すれば美談のように思えるが…………そのために富も名声も捨てて、本心ではやりたくないであろうアイドルを目指すのが、本当に正しいことなのか?



 ではなく、



 スピカの人生を縛る呪い。

 あるいは強迫観念。


 ずっと感じていたことが再び脳をよぎる。


 もちろん、スピカにはそんなこと言えるはずもなかった。


「分かった、アイドルになりたいってのは分かった。でも、だからって別にスクールアイドルをやる必要はないはずだ。お前の実力なら、リミットレスを経由しなくてもすぐに有名になれるだろ。どっかの事務所に応募してみればいいんじゃないか?」


 そうすれば、プロの作曲家に歌を作ってもらえる。

 わざわざ自分のような人間に頼る必要はない。


 そんな期待をこめながら言った。

 でも、スピカの答えは、


「…………事務所も応募したよ、でもダメだった。健康上の理由でね」


 健康上の理由。


 七年前の交通事故により、こいつは肺の大部分を欠損している。そのせいで体育の授業は全欠席だし、少し走っただけで息を切らす。


 確かに、そんなやつを歌って踊るアイドルとして雇うのは難しいか。


「だからね、リミットレスで優勝したいのは、アイドルとして注目を集めるのはもちろんなんだけど、自分がアイドルとしてやってけるって証明するためでもあるんだ」


「…………なるほどな」


「だからお願い、ひばりちゃん! 私と一緒にアイドル部をやって、私のアイドル曲を作ってよ!」


 スピカに正面から頼まれて、ひばりはやる方向に傾いていた。

 けど、少しの後ろめたさを感じる。


「でも…………ほんとにボクでいいのか? アイドルの曲はまあ、勉強すれば作れるようになると思う。でもボクはまったくアイドルに興味がないし、これからも興味がないままだと思うぞ? そんなやつに作曲を任せていいのか?」


 アイドルを好きでもないのに作曲を担当していいのかという問題。

 自分がスピカだったらそんなやつに任せるのはイヤだ。


「私はひばりちゃんの曲を歌いたいんだよ! アイドルが好きとか、別にそんなのはどうでもいい」


「ボクの曲がいいって…………なんで」


「だって、ひばりちゃんが私の大好きで大好きな親友だから!」


「そう……か」

 

 ここまで言われて断ることはできなかった。

 覚悟を決めてスピカに答える。


「分かったよ。アイドル部、協力してやる」


 スピカの曲を作る、そう考えると確かにワクワクしてきた。


 既存のどんなプロよりも歌がうまいやつの曲を作れる。人外レベルで歌がうまいやつが、自分の曲を歌いたいと言ってくれている。


「…………いや、悪い。協力してやるというのは間違いだ。直させてくれ」


 ひばりはそう言って、スピカに頭を下げた。


「お願いだ、ボクに協力させてくれ。ボクにお前の曲を作らせてくれ」


 スピカがきょとんとした顔でひばりを見つめる。


「いっ、いいの……? ひばりちゃんアイドルに興味ないのに…………」


「もちろんだ」


 曲のジャンルがどうとか、アイドルに興味がないとか、そんなことはもはやどうでもよかった。


 こいつの歌を作ってみたい。

 そういう感情が湧き上がってくる。


 スピカがひばりの手を取って飛び上がって喜んだ。


「じゃ、じゃあひばりちゃんもアイドル部に……!」

「ああ、これからよろしくな、スピカ」


 ひばりがそう言うと、スピカの表情がパアっと明るくなった。


「やったぁっ! 私ほんとに嬉しいよっ! これからよろしくね、ひばりちゃん!」

 

 スピカがひばりに手を差し出す。

 彼女の手をがっしりと握った。


 無邪気な顔で笑うスピカを見つめて考える。


 …………思うところはいろいろある。


 こいつがアイドルを目指すのが正しいことなのか?

 アイドルに興味のない自分が作曲をするのはどうなのか?

 そもそも健康面に問題あるこいつがうまくやってけるのか?


 でも、今は、


「アイドルのことは分からないけど、勉強して完璧なアイドル曲を作って見せるよ! お前と一緒なら、マジで世界のてっぺん取れそうだ」


 自分の作った曲でスピカを世界の頂点まで届ける。


 それが心からの気持ちだった。


 こうして、春野ひばりは正式にアイドル部(仮)のメンバーになった。


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ひばり「初めまして、春野ひばりだ。スピカのアイドル部に協力することになった。これからみんなもよろしく頼む」

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