第14話 知るがごとく聴くもの

「ひばりちゃんの作ったメタルの曲、私に歌わせてよ」


 私がそう言うと、ひばりちゃんは困ったような表情を浮かべた。


「おいおい、やめとけよ。これはそもそも女が歌うような曲じゃないんだ。それに、もしお前が喉を壊しでもしたら…………」


「大丈夫だよ、私の喉は壊れないから」


「どういうことだ……?」


「今はその話はいいよ。それよりひばりちゃんの曲、歌わせてよ」


「おい、ほんとに大丈夫なんだろうな…………」


「心配してくれてありがとう、でも大丈夫だから」


 なおも心配そうな様子だったが、やがて曲の歌詞を送ってくれた。歌詞を見ながら質問する。


「ねえひばりちゃん、ここはこんなふうに歌って、みたいなお手本はある? プロの人が歌ってるようなやつ」


 メタルの曲を歌うのは初めてだった。デスボイスとか、種類が色々あるのは知ってるけど、それらのお手本が必要だった。


「あるけど…………そんなの聴いてどうすんだ? プロのメタルバンドの男性ボーカルだぞ? 女はもちろん、男でも普通は出せないような声だぞ?」


「いいからいいから」


 ひばりちゃんが不思議そうにしながらもスマホを操作しだす。


「まずはこの部分だが…………ここはグロウルで歌うんだ」


「グロウル? デスボイスってのは聞いたことあるけど、それとは違うの?」


「デスボイスはメタルで使われる発声方法の総称だ。グロウルはその一種だな」


 ひばりちゃんがネットでプロのメタル歌手の「グロウル」を出してくれる。


 なるほどね。


「ヴォバゥゥルル……! ゴォォォォ……!」みたいな、低くうなるような声だ。

人間の声よりはトイレが流れる音に近い。


 音声をくりかえし聴いて、その発声方法を分析する。


 胸骨甲状筋きょうこつこうじょうきんを作動させた状態で、最低音域の地声を出す。それによって、喉頭こうとうが下方向に引っ張られた、いわゆる「響きのある深い地声」が出る。そこにさらに仮声帯かせいたい由来のノイズを合わせることで、トイレの流れるような極低音のノイズ混じりの声を出しているのだろう。


 問題ない。

 この程度なら、完璧に再現できる。


「よし、この声はだいたいオッケーかな。他には?」


「そうだな…………こっちの部分はスクリームってやつで歌うんだ」


 ひばりちゃんがスクリームの参考動画も見せてくれる。


「ギャアァーース! ガギャギャァッ!」みたいなノイズ混じりの甲高い叫び声だ。首を締められたニワトリが出す断末魔の叫び、といえば伝わるだろうか?


 こちらも発声方法を分析する。


 こちらはまず、甲状舌骨筋こうじょうぜっこつきんによって喉頭こうとうを引き上げた状態で裏声を出す。そうすることで喉の共鳴腔きょうめいくうせばまり、喉を絞めたような鋭い裏声になる。そこに仮声帯かせいたいを使ってノイズを加えて、悪魔の叫び声のような声を出しているのだろう。


 こちらも問題はない。

 十分に再現は可能だ。


 なんでこんなことが分かるかって?


 小学三年生からの七年間。

 私はボイストレーニングを10000時間以上やってきた。


 それも、ただのボイトレじゃない。

 解剖学の知識を活かした科学的なボイトレだ。


 それによって私にはある能力が宿った。


 声を聴くだけで、その声を出すのに喉のどの筋肉が使われているか分かるのだ。闇社会にて私の能力を知るものは、私のことをこう呼ぶ。


 "ひびきの解読者"――――ザ・ハーモニクス。


 "音色のマエストロ"。


 ”喉の彫刻家”――――スロート・スカルプター。


 "知るがごとく聴く者"――――ワン・フー・リッスンズ・アズイフ・ノウイング。


 ちなみにこの異名はぜんぶいま考えた。

 私の能力を知ってる人も、別にいない。

 

 さて。

 歌声の分析が終わって、ひばりちゃんの曲を歌う準備ができた。


 曲のカラオケバージョンを用意してもらう。カバンから筆箱を取り出して、マイク替わりに手に持った。


「お前、ほんとにこんな曲を歌うのか? 女が歌えるものじゃないぞ」

「いいからいいから」


 歌えるか歌えないかは問題じゃない。

 なぜなら、私は歌えるからだ。


 問題は…………人前で歌えるかどうかだ。逢坂秋穂の前で校歌すら歌えなかったという事実が脳をよぎる。


「じゃあひばりちゃん、お願いします」


 ひばりちゃんが納得のいってない顔で曲の再生を始めた。スピーカーから曲のイントロ部分が流れ出す。


 意識してはならない、それは分かってるはずなのに、これまでの過去の失敗が脳をよぎった。歌のテストでひとりだけ歌えなかったこと、自由研究の発表すらまともにできなかったこと、そして今日、逢坂秋穂の前で校歌すら歌えなかったこと。


 今こそ自分を変えるときだ、と自分に言い聞かせる。


 私は、ひばりちゃんに自分の曲が完成したところを聴かせてあげたい。それに、私の歌を認めさせてアイドル活動に協力してもらいたい。


 だから、歌わなければならないんだ。


 けど――――これから人前で歌わなければならない、そう考えると心臓が破裂しそうになって、脚がガタガタと震えだした。


 曲が進んで、ボーカルが入るところがやってくる。


「――――ごっ、ごめんちょっとタンマ」


 ひばりちゃんに曲の再生を止めてもらった。

 情けない自分がいやでいやで仕方がなかった。


 どうして私はこうなんだろう?


 なにがボイトレ一万時間だ。

 なにがザ・ハーモニクスだ。


 これでは、いくら歌がうまくたって意味ないじゃないか。


 どうして私は母さんのようになれないのだろう? 情けない自分が憎たらしくて、殺したいとまで思えるほどだった。


 私は死んでもアイドルにならなければならない。

 なのに、こんなところで…………


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