第13話 あなたの曲を聴かせて

「えーっ、じゃあひばりちゃんの曲、聴かせてよ」

「…………聴いたら諦めてくれるか?」

「ほんとに無理そうだったら諦める」

「分かったよ、じゃあ聴かせてやるよ」


 家まで押しかけるというゴリ押しが効いたのか、ひばりちゃんが渋々といった表情で言った。


 ひばりちゃんが私にイヤホンを渡してくれる。おお……ようやくこのときが来た。ドキドキしながらイヤホンをつける。


 曲が再生されるのを待つ。

 ひばりちゃんがスマホで再生しようとした。


 けど、


「――――ごっ、ごめんやっぱ無理だ!」


 ひばりちゃんが私からイヤホンをぶんどった。ひばりちゃんの顔がみるみるうちに赤くなって、肩がふるふると震えだす。


「どうしたの……?」


「ぼっ、ボクが作ってるのは…………お前が思ってるような普通の曲じゃないんだ。お前が聴いたらドン引きするような、へんな曲なんだ」


 変な曲?

 そこまで恥ずかしがるってどんなのだ? 


 ゴリゴリのヒップホップ?

 ドラッグとロックンロールについて歌ってるラップとか? 


 でも、ひばりちゃんがそんな曲を作るイメージはない。じゃあ、他にどんな曲があるというのだろう?


「アイドルになりたいんなら、ボクみたいな変なやつと関わってちゃダメだ。お前には、もっとふさわしい人がいる」


 ひばりちゃんが思い詰めた表情で言った。


 ボクみたいな変なやつ、ね。


 ひばりちゃんが変なやつというなら、きっとそうなのだろう。そもそも、一人称が「ボク」な女の子の時点で、変わり者であることは間違いない。漫画やアニメの中ならともかく、現実世界のボクっ娘なんて変わってるやつがほとんどだ。


 人と違うことを変というなら、ひばりちゃんは昔から変だった。


 小学生のとき、私はみんなに『外国人おんな』と呼ばれていじめられていた。でもひばりちゃんだけは、私の容姿を一ミリも気にすることなく私に接してくれた。


 昔、なんで普通に接してくれるのか聞いてみた。

 すると彼女はこう言った。


『別にお前の髪が何色だろうが、お前の目が何色だろうが、お前はお前でしかないだろう』


 このときなんとまだ小学二年生だった。それでこのセリフだ。昔からひばりちゃんは頭がよくて、大人びたところのあるすごい子だった。


 人と違うことを変というなら、ひばりちゃんは変なのだろう。


 昔のかわいかったひばりちゃん(今もかわいいが)を思い出して、思わず懐かしいような嬉しいような気持ちになる。


「ねえ、ひばりちゃん。昔、私に言ってくれたよね。私の見た目がどうであれ、私は私でしかないって。それと同じだよ。ひばりちゃんがどんな音楽が好きでも、ひばりちゃんは私の大好きなひばりちゃんだよ」


 私がそう言うと、ひばりちゃんはハッとしたように目を見開いた。


「ははっ…………そうだな、お前の言うとおりだ」


 ひばりちゃんが目を閉じて、決心するようにふーっと息を吐く。


「いいぜ、じゃあ聴いてくれるか?」

「うん、聴かせてほしい」

「ボクが歌ってるけど、笑ったりしないでくれよ」

「笑わないよ…………あでもゴリゴリのヒップホップとかだったら笑うかも」

「…………」


 ひばりちゃんからイヤホンを受け取る。ひばりちゃんが死を覚悟したみたいな表情でスマホの再生ボタンを押した。


 激しめのギターやドラムの音が聞こえてきた。


 ただのロックじゃないか、最初はそう思った。

 でもすぐに違うと分かった。


 ギターの音は歪みまくった重低音で、ドラムの方はマシンガンのように激しい。これはたぶん、メタルというジャンルなのだろう。


 ひばりちゃんのボーカルが始まる。


 この世の不条理をぶちまけるような、普通のロックでは聞かない叫び声。



『出口はいつでも開かれている――――鏡に映る私は――――』



 ひばりちゃんの歌は、お世辞にも上手いとは言えなかった。叫び慣れてない人が出した、聴いていて恥ずかしくなるような中途半端な叫び声。


 おそらくデスボイスというやつだ。

 メタルで使われる叫び声。


 ひばりちゃんが無理やりそれっぽい声を出そうとして、それでもうまくいかないのが伝わって、胸が締め付けられるような気持ちになる。


 でも…………曲自体は悪くない。

 というか、めちゃくちゃカッコいい。


 ひばりちゃんのボーカルが続いてゆく。



『先の見えない暗いトンネル――――命の意味はその向こう側に――――』



「もっ、もういいだろ!」


 ひばりちゃんが曲の再生を止めた。

 そして、ほとんど泣きそうになりながら言う。


「自分が変なのは分かってる。でも、ボクはこういうやつなんだ。だからスピカ、ボクにはアイドルの曲なんて――――」


「めっちゃカッコいいじゃん!」


「――――え?」


 ひばりちゃんがキョトンとした顔で私を見つめた。


「ねえねえ、こういうのってメタルっていうんだよね? 私はじめて聞いたけどさ、めっちゃカッコよかったよ!」


「おっ、お前…………怖いとか、気持ち悪いとか、変だなとか思わなかったのか?」


「ふつうにカッコいいと思ったよ?」


「そう……か……」


「ねえねえ、他の曲も聴かせてよ!」


「あ、ああ……」


 ひばりちゃんがためらいながらも他の曲も聴かせてくれる。


「うんうん、やっぱどれもカッコいいよ!」


 私がそう言うと、ひばりちゃんが小さく笑った。

 でもすぐに悲しそうな表情に変わる。


「はは、ありがとな…………そう言ってくれたのはお前だけだよ。ボクの母さんなんか、こんな曲作るのはもうやめなさいって言ったくらいだからな」


 まあ……お母さんにはウケないだろうな、と思う。


「ネットに投稿はしてないの?」


 ネットだったら、メタルというジャンルにも理解ある人は大勢あるだろう。


「投稿したことはある。でも――――」


 ひばりちゃんが曲についたコメントを見せてくれた。『曲はいいが、ボーカルがひどすぎる。というか女じゃこんな曲無理だろ。投稿主かわいそうw』


「このコメントの言う通りさ。ボクが女子である以上、本物のメタルの声は出せない。やっぱり女の喉じゃ中途半端になってしまう」


 確かに、ヘビィメタルの曲といえば、ゴツゴツの筋肉ムキムキの男性か、イカつい化粧をしたヴィジュアル系の男性が歌ってるイメージだ。


 普通の女性がデスボイスを出しても、微妙な感じにしかならないだろう。

 

「男性のボーカルに頼んでみたりはしないの?」


「ただでさえ楽器にお金がかかるからな。ただの趣味にそこまでやってられないさ。まっ、ボクの曲はぜんぶ未完成のままってことだ」


 ひばりちゃんが悲しそうに笑った。


「未完成…………」


「でも、これで分かっただろ? ボクはこういう曲しか作れないんだ。だから、ボクじゃなくて他の人を見つけてくれ。他に手伝えることがあったらやるからさ」


 こういう曲しか作れない……ね。


 ひばりちゃんは頭がいいから、勉強すればアイドル曲も作れるだろう。少なくとも私はそう信じている。


 けど、ひばりちゃんはそもそもアイドルに興味がない。興味がないものをやってもらうには、それなりの対価を差し出す必要がある。


 曲を作ってもらうかわりに、私がひばりちゃんに差し出せるもの。


 それは…………


「ねえ、ひばりちゃん。よかったら私の歌を聴いてみてよ。それでやりたくなったら、私と一緒にアイドル部をやってほしい。聴いても気持ちが変わらなかったら、私はもう諦める」


 ひばりちゃんがキョトンとした顔で私を見つめる。


「別にいいけど…………ただのアイドル曲とか歌われても、ボクは分からないぞ」


「うーん。まあ、そこは大丈夫かな」


 だって私が歌うの、ひばりちゃんの好きなメタルだし。

 ひばりちゃんの作った「未完成」の曲を、私が完成させてみせる。


 10000時間のボイトレの力で。

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