第12話 春野ひばり勧誘 その2

 ――――私とアイドル部になって、私のアイドル曲を作ってよ。


 春野ひばりは家に向かって歩きながら、親友である冬空スピカからのお願いについて考えていた。


 手伝ってやりたいという気持ちはある。

 他でもないあいつからの頼みだからだ。


 けど…………


 カバンからイヤホンを取り出した。スマホで好きなバンドの曲を再生する。アイドルが聴いたら眉をひそめるような、かなり激しめの曲が流れ出した。


 基本的には互いを知り尽くしている関係だが、スピカに言ってないことがひとつだけあった。それは、自分がメタルという音楽のジャンルが好きなこと。


 メタルにはまったきっかけは、スピカが小学三年生のときに交通事故に巻きこまれて、リハビリで一年近く学校を休んだときだった。学校で過ごす友だちがいなくなって病みかけていたときに、孤独やいきどおりをそのまま表現したようなメタルの世界観がピンポイントで突き刺さったのだ。


 孤独。

 スピカと出会うまでは、なんの不都合も感じなかった。


 けど、彼女と出会って仲良くなって、一緒に時間を過ごすことが当たり前になって、それからふたたび孤独に戻されたのは苦しかった。


 新しい友だちを作ってみようともした。けど、他の同級生と過ごすのは苦痛だった。他のやつらはみな、誰々くんがカッコいいとか、昨日見たテレビがどうだとか、芸能人やアイドルがどうのとか、そういうくだらない話しかしない。科学の話や読んだ本の話ができるのはあいつだけだった。


 だから学校では結局ひとりになって、孤独感や世界への不満――――なんで世の中の人間は馬鹿ばかりなのだろうという不満を感じるようになった。


 そのときに出会ったのがメタルというわけだ。

 

 世界への鬱憤うっぷんをそのまま書き連ねたような歌詞。怒りのままに叫ぶようなボーカル。重厚で複雑な音作り。すべてが自分の琴線きんせんにピタリとはまった。


 自分でもこんな曲を作ってみたいと思った。

 だから作ってみた。


 結果、親にはドン引きされた。


 親にドン引きされるのは別にいい。けど、スピカに引かれるのはいやだ。だからスピカには、自分の作った曲を聴かせたことはなかった。


 親はこんな音楽は聴くなと言った。

 でも、やっぱりメタルが好きだった。

  

 メタルで使われる激しいギターの音が好きだし、悪魔のような残虐な叫び声も好きだ。攻撃的な歌詞や、グロテスクなMVも好きだった。


 激しくて、攻撃的――――アイドルとはまさに対極にあるものだ。


 自分はメタルを聴くような人間だ、だから、自分にアイドルの曲なんて作れない。それに、スピカに自分はこんな曲が好きなんだ、とバレるのもいやだった。


 スピカにはきっと、自分よりもふさわしい人がいるはずだろう。

 

 そんなことを考えながら、春野ひばりは家についた。

 とくに変哲のない普通の一軒家だ。


 ひばりが家に帰ると母がむかえる。


「ただいまー」

「あら、スピカちゃんと一緒じゃなかったの?」


 なんでここであいつの名前が出てくるんだ? と疑問に思いながらも手を洗って、二階にある自分の部屋に向かった。


 ああ、やっぱり自分の部屋が一番落ち着く。


 我ながら洒落しゃれた部屋だ。モノトーンで統一された内装。壁にはギターやベースが立てかけてあって、いつでも練習できるようになっている。作曲やプログラミングに使うパソコン、集めたCDを収納する棚、音楽やデジタル関連の書籍が入った本棚。


 そして、ベッドには寝転がりながら漫画を読む金髪碧眼の女子高生。


 うん、いつもの見慣れた光景だ。


「――――って、なんでお前がここにいるんだよ!」


 春野ひばり十五歳、魂からの叫びだった。

 馬鹿なのかこいつは、と思いながらスピカを見つめる。

 

「あっ、ひばりちゃんおかえり」

「いや、なんでお前がボクの部屋にいんだよ」


 ひばりが尋ねると、スピカが漫画を読みながら説明した。いわく、あそこで別れたあと、この家に猛ダッシュして先回りして、家に入って部屋まで上がったとのこと。


「いやお前馬鹿だろ。やっぱり馬鹿なのか?」

「それよりひばりちゃん、私のアイドル曲を作ってよ」


 スピカがパタンと漫画を閉じて、ひばりに正面から向き合った。


「だ・か・ら、ボクはアイドルみたいなキラキラ曲は作れないんだ」

「じゃあひばりちゃんの作った曲、聴かせてよ」

「絶対にイヤだ」

「そんなぁ、お願い」


 スピカが上目遣いでこちらを見つめた。


 こいつ…………

 

「お前さ、なんでそんなにアイドルになりたいんだよ?」


 普段感じていた疑問があった。

 いい機会だと思って尋ねてみる。


「それは…………」


 ひばりが尋ねると、スピカは青い目を伏せて、なにかをこらえるようにくちびるを噛みしめた。それがアイドルになりたいやつのする顔かよ、と思う。



「お前さ、?」



 聞きながら、答えはなんとなく分かっていた。


 スピカがアイドルになりたいと言ったことは一度もない。彼女はいつも、自分はアイドルにならなければならないと言う。



 ではなく、



 それはもはや夢や目標といった生ぬるいものではなく、彼女の人生を縛る強迫観念――――こんな言い方が許されるのなら、ある種の呪いだとさえ思えた。


 本当はアイドルなんてやりたくないのだろう。


 歌のテストを泣いていやがって、学芸会の劇では青くなって固まって、自由研究の発表ではガタガタと震えながらなにも言えなくなって…………


 そんなやつが、観客の前で歌って踊りたいとは到底思えないのだ。


「お前がアイドルになりたいのってさ、やっぱりお前の母さん――――メリアさんが関係してるのか?」


「…………うん」


 冬空メリア。

 旧姓メリア・ブリガンディン。


 日本育ちのイギリス人女性で、スピカの母にあたる人物。当時は『伝説』とまで呼ばれたアイドルだ。


 七年前、アイドルとしては初の全世界ワールドツアーの直前に、メリアさんは原因不明の謎の引退をげた――――少なくとも世間にはそう知られている。


 自分も詳しい事情は聞かされていない。

 けど、ある程度の推測はできる。


 小学三年生のときにスピカは交通事故で全身に大怪我を負った。体中の骨が折れるような怪我だが、中でも酷かったのが肺の損傷。総体積の八割が失われたらしい。


 普通、そんなことになった人間は死ぬ。

 でもスピカは今も生きている。


 そして、事故の直後メリアさんが姿を消した。


 そこから予測すると…………臓器移植?


『私ね、お母さんの夢を叶えたいの。お母さんから夢を奪ったのは私だから』


 そう考えると、スピカのこのセリフにも辻褄つじつまが合った。


 夏休みの自由研究の発表すら泣いていやがったスピカが、自分には絶対向いてないだろうアイドルになると言い出すのも、納得のいく話だった。


 悲痛な覚悟を抱えた唯一無二の親友を、助けてやりたいという気持ちはある。


 が、


「手伝ってやりたいけどさ、ほんとにボクじゃ無理なんだ」

「えーっ、じゃあひばりちゃんの曲、聴かせてよ」


 スピカがねたような目でこちらを見つめる。


 これはもう多分、曲を聴かせるまで諦めてはくれないだろう。聴かせるしかないか、と腹をくくった。


 ふーっと息を吐いて、ひばりは言った。

 

「…………聴いたら諦めてくれるか?」

「ほんとに無理そうだったら諦める」

「分かったよ、じゃあ聴かせてやるよ」


 自分なんかにこだわりつづけるより、他に人を探す方がスピカのためだ。


 自分の作った曲をスピカに聴かせる。

 本当にイヤだけど、その覚悟を決めた。

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