第10話 頼れる味方

「よし。それじゃあ、私は行くよ。じゃあね夏美ちゃん。また明日!」

「…………うん、じゃあねスピカちゃん」


 大阪からきた大阪夏美ちゃんと別れて、私はアイドル部の部員を探しに向かった。


 スクールアイドルとして活動するには、アイドル本体(私)だけでなく、曲を作ったり衣装を作ったりできる人間が必要だ。


 衣装の方はともかく、曲の方には心当たりがある。


 春野ひばり。

 私の小学校からの友だちで、いわゆる幼馴染の女の子。


 一人称は「ボク」で、髪は短くてくしゃっとしている。背は小さくて胸は平坦。目つきが鋭いせいで、初対面で怖い人だとよく間違えられる。


 ひばりちゃんは自分で曲を作ったりしている。私に曲を聴かせてくれたことは今までないけど、彼女ならきっと協力してくれるだろう。


 ひばりちゃんのいるコンピューター室へと走った。部屋の扉をガラッと開ける。ひばりちゃんはパソコンの前に座って、プログラミング部の男子生徒たちに囲まれてなにかの実演をしていた。


「ほら、ここをこうすると…………な? エラー消えただろ?」

「おお、すごいな」

「新入生なのになんて優秀な……」


 プログラミング部の先輩たちが感心したように言った。さすがひばりちゃんだ。初日からすでに教える側に立っている。


 私が感心して見ていると、ひばりちゃんがこちらに気づいて軽く手を振った。


「おっ、スピカ、アイドル部のミーティングは終わったのか?」


 私に気づくと、プログラミング部の人たちがざわざわと騒ぎ出した。


「すげーっ、近くで見るとほんとにかわいい」

「マジで女神だな」

「金髪碧眼なんて初めて見るよ……」


 先輩たちにあいさつすると、なぜか全員が顔を真っ赤にして目を背けた。


 なんでだろ?

 みんな恥ずかしそうにして、私の顔を直視できない様子だが…………まあいいか。


 先輩たちに断りを入れて、ひばりちゃんと部屋の外に出た。


「あのさ、ひばりちゃん。ちょっと頼みたいことがあるんだけど――――」


 私はまず、アイドル部が去年廃部になったことを伝えた。


「はっ、廃部になったのか⁉ マジかよ、どうすんだよお前…………」


 目を丸くして驚くひばりちゃんに、自分でアイドル部を設立すると決めたこと、そして、部員が最低でもあと二人必要なことを伝える。


「ああ、なるほどな。そういうことか」


 ひばりちゃんが納得したようにうなずいた。 


「それでね、私と一緒にアイドル部をやってほしいの」


 私がそう言うと、ひばりちゃんが困ったように頭をかく。

 

「おいおい、人には向き不向きってものがあるんだ。ボクにはアイドルなんて向いてない。お前もそれくらい分かるだろ」


「えっ、そんなことないよ。ひばりちゃんかわいいし」


 背はちっちゃくて、目つきはするどい。

 髪はくしゃくしゃっとしてて、胸はほとんど平ら。


 それでもひばりちゃんはかわいい。本人が容姿に気を遣ってないから、私以外の人が見てもあまり分からないとは思うけど…………


 私に正面から褒められて恥ずかしくなったのか、ひばりちゃんが頬をほんのり赤らめながら答えた。


「それは…………ありがとな。でも、とにかく、ボクはアイドルなんてガラじゃないんだ」


 まあ、ひばりちゃんがアイドルとして華のあるタイプではないのは確かだろう。


 ひばりちゃん、おっぱい小さいしね。

 …………って、それは私もか! 


 あっはっはっは。

 イッツジョーク!


 ……………………。


「そうじゃなくてね、ひばりちゃんには曲を作ってほしいの」


「ああ、そういうことか。そうだな……作曲か……」


 ひばりちゃんが難しい顔で黙りこんだ。


 即断即決でやってくれる、というわけではなさそうだ。まあ、プログラミング部に入るというのは前から聞いてたし、急に言われても難しいのだろう。


「プログラミング部はどうだったの?」

「レベルが低くて退屈だった」

「じゃあ…………」


 ひばりちゃんを期待した目で見つめる。ひばりちゃんはこれまでも、小学生の歌のテストで私と一緒に歌ったり、夏休みの自由研究の発表を一緒にやったりしてくれた。だから今回も、ひばりちゃんなら乗ってくれると思った。でも、


「いや、すまない。無理だ」


 そっけなく断られて思わず動揺する。


「なっ、なんで……?」


 もしかして私きらわれてる? 

 そんな思考が脳をよぎった。


 思えば私は、ひばりちゃんに助けてもらうことはあっても、ひばりちゃんを助けてあげることはなかった。与えるより多くを与えてもらう関係。愛想をつかされたのかもしれないと、そんなことを考える。


 夏美ちゃんとの会話で回復した精神が、ダメージを受けて急激に悪化してゆく。


「ごめんひばりちゃん。私、ちょっとウザかったよね…………」


「はあ? 急になに言ってんだお前?」


 ひばりちゃんがポカンとした表情で私を見つめた。


「だって私、ひばりちゃんを頼ってばっかで、ひばりちゃんになにも返せてない。歌のテストでも助けてもらったし、自由研究の発表も一緒にやってもらったのに」


 小学一年生の歌のテスト。

 じつは再テストが行われていた。


 ひばりちゃんが一緒に歌ってくれて、なんとか最後まで歌いきることができた。


 私はひばりちゃんに助けてもらってるけど、私はひばりちゃんを…………


「おいお前、なんでいきなりメンヘラになってんだよ」


 あ、メンヘラか。


 あはは……そっか、私ってそう思われてたんだ。

 メンヘラか……うん、メンヘラか……

 

 ひばりちゃんをじっと見つめて尋ねる。


「ねえひばりちゃん、私のこと好き?」

「やっぱりメンヘラじゃねぇか! それとも頭でも打ったのか?」


 ひばりちゃんがギョッとしたような目で私を見つめた。


「ひばりちゃん、私のこと好き?」

「ほんとに大丈夫か? 脳震盪とか起こしてないだろうな」


 ひばりちゃんが真剣な顔で私の肩を揺さぶった。


「いいから、ひばりちゃん私のこと好き?」

「そりゃ、好きかきらいか聞かれたら、普通に好きだけどさ」


 よっ、よかったぁ……。


「ひばりちゃん、私も大好きだよっ!」

「うわっ、急に抱きつくなよ」


 ひばりちゃんにドン引きした顔で引きはがされる。


「うふふふふ…………いやぁ、よかったよかった」

「これはマジで重症だな…………」


 私が脳に損傷を負ったと信じてやまないひばりちゃんが、MRIスキャンがどうとかつぶやく。なんか勘違いされてるのはしゃくだが、まあそんなことはいい。


 曲を作る能力がある。

 ひばりちゃんは私が好き。

 プログラミング部は簡単すぎた。


 小学生でも分かる簡単な足し算だ。上記三つを足すと、答えはひばりちゃんのアイドル部加入になる。


「ねえひばりちゃん、私と一緒にアイドル部やろうよ」

「断る」

「やったぁ、ありがとう。ひばりちゃんならそう言ってくれると思ってたよ」


 ――――って、えええぇええぇええぇぇ⁉︎ えっ、ええぇえええぇえ⁉ ええぇえぇぇぇえええ⁉ えええぇぇぇえええええええぇぇぇええええ⁉︎

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