第9話 落ちこんでるスピカちゃんもかわいい!

「夏美ちゃんって、あの人とはどういう関係なの?」


「んっ? ううん! 逢坂さんとはなんの関係もないよ!」


 夏美ちゃんが首をブンブンと振りながら答える。


 そっか。

 関係はないのか。


 ほんとか……?


 まあいいや。


 ……………………。


 他にも気になってたことを聞いてみる。


「じゃあ、どうして夏美ちゃんがここに……?」


 すると今度は夏美ちゃんが申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「それは…………ごめんね、心配だったから、後をつけてたの」


「じゃあもしかして、私が校歌を歌えなかったのも…………」


「うん、ぜんぶ聞いてたよ」


 そっか。

 見せちゃダメなものを見せてしまったな、と思わず苦笑する。


 私のファンになると言ってくれた女の子。


 私が校歌すら歌えないと知ってどう思ったのだろう。夏美ちゃんの顔を直視できず、思わず足元に視線を落とした。


 いつものパターンだ。


 私は見た目で目立つから、みんなが私に期待する。でも私が本当は臆病な人間だと知ると、みんな失望して私のもとを去っていく。


 きっと幻滅されただろう。

 夏美ちゃんの期待を裏切ってしまい、申し訳ない気持ちになる。


「ごめんね、夏美ちゃん。私、校歌すら歌えなかった」


「スピカちゃん…………」


 アイドルにならなければならない。でも、自分がステージの上に立つことを想像すると、手足が凍りついて吐き気がこみあげてくる。


 逢坂秋穂の言う通りだった。

 私はアイドルには向いてない。


「夏美ちゃん、ごめんね…………こんなの、笑っちゃうよね」

 

 言いながら、自分の声が震えるのを感じた。

 私は……やっぱりアイドルには………… 


「…………かわいい」

「へっ?」

「落ちこんでるスピカちゃん、かわいい」


 うわ言のようにつぶやきながら夏美ちゃんが私に近づいてきた。


「かわいい、かわいい。落ちこんでるスピカちゃんかわいい! もう我慢できない、我慢できない、抱きしめたい、ぎゅーってしたい」


「な、夏美ちゃん?」


 夏美ちゃんが私の前で止まって、捕食する食虫植物のように腕をガバッと構えた。


 次の瞬間、夏美ちゃんが私を抱きしめた。


 …………なっ、なにが起きてんの?


「なななな夏美ちゃん? なななななにやってんの?」


「スピカちゃん、かわいいよぉ。大好き」


 そう言って、夏美ちゃんが大型犬のゴールデンレトリバーにするみたいに私の全身をワシャワシャとした。


「ちょっ夏美ちゃん? くっ、くすぐったい……あはっ、あはははは!」


 全身がくすぐったくて思わずもだえる。


「タンマタンマ、ギブアップ」 


 夏美ちゃんの肩を叩いた。すると夏美ちゃんがハッとして私から離れる。顔を真っ赤にしながら、無実をアピールするみたいに腕をバタバタして弁明した。


「ごっ、ごめんね。別に変な意味はないんだよ? わたし、かわいい女の子を見ると抱きしめたくなっちゃうんだぁ! 落ち込んでるスピカちゃんがあまりにもかわいかったから、つい…………」


 夏美ちゃんがジタバタしながらそんなことを口走った。


「かわいいって…………ガッカリはしなかったの?」

「ガッカリ? スピカちゃん、どうかしたの?」


 夏美ちゃんがキョトンとした目で私を見つめる。


「いや、だって、私、校歌すら歌えなかったんだよ? アイドルになるって、あんなに堂々と宣言しちゃったのに」


 私がそう言うと、夏美ちゃんがぐいっと私に近寄った。また抱きつかれるのか? と思って反射的に体をそらす。けど、夏美ちゃんが狙ったのは私の手だった。


 夏美ちゃんが私の手を握って激しく振り回しながら、鼻息混じりに熱く語る。


「そんなの関係ないよ。だってスピカちゃん、すっごくかわいいんだもん! スピカちゃんがアイドルになったら、ぜったい世間が放っておかないよ。世間が放ったとしても、わたしが放っておかない!」


 夏美ちゃんがすごい勢いで言った。


「あのね、良かったらスピカちゃんのこと聞かせてほしい。スピカちゃんって人前に出るのが苦手なんだよね? そうなった理由とか…………わたし、もっとスピカちゃんのこと知りたい!」


「夏美ちゃん……」


 夏美ちゃんとは今日会ったばかりで、互いのこともほとんど知らない。それでも、彼女の前では不思議と自分のことを話せた。


「私ね、こんな見た目だから、小学生のときにいじめられてたんだ。それがきっかけで、人の視線とかが怖くなっちゃって…………」


「…………そうなんだ。それは大変だったね。分かるよ、わたしもちっちゃい頃いじめられてたから」


「えっ、夏美ちゃんも?」


 夏美ちゃんがこくりとうなずいた。


「でもね、お姉ちゃんが守ってくれたんだ〜」


「夏美ちゃんのお姉ちゃんかぁ。きっと優しい人なんだろうな」


 私がそういうと、夏美ちゃんが生徒会室の方にチラっと視線を向けた。


「…………うん、ほんとはすっごく優しい人だよ。でも、今は遠くに行っちゃって、会うことができないけど」


 夏美ちゃんは高一だから、姉は大学生とかでもおかしくない。それで実家を離れてひとり暮らししてるのかな、とかそんなことを考えた。


「それよりスピカちゃん、あのね、わたしスピカちゃんを初めて見たとき、カッコいいなって思ったよ。わたしもスピーチとか苦手だから分かるんだけど、あんなに緊張してたのに、自分の言いたいこと言ってカッコいいなって思った」


 夏美ちゃんがそう言って私に笑いかけた。


「スピカちゃんはとっても勇敢な人だよ。だから、最初は大変かもしれないけど、スピカちゃんなら絶対に大丈夫だと思う」


 勇敢な人、か。

 自分をそんなふうに考えたことはなかった。

 

「スピカちゃんならぜったいアイドルになれるよ! わたし、応援してるから!」


 夏美ちゃんが笑顔で言った。


 私なら絶対にアイドルになれる。夏美ちゃんにそう言われると、不思議と信じられるような気がした。


「…………ありがと夏美ちゃん。なんか話してたら元気でたよ」


「うん! 力になれたみたいでよかった」


 そうだな、落ちこんでる暇はない。

 弱点が分かったなら、それを克服するだけだ。


 とはいえ…………まずは部員集めから始めなければ。


「そういえば夏美ちゃんは、アイドルって好き?」


「そうだねぇ。わたしはかわいいものが大好きだから、アイドルも大好きだよ」


「ほんと? じゃあもし興味があったら、夏美ちゃん一緒に…………」


 私がそう言うと、夏美ちゃんが目を輝かせた。


「ほんと? いいの?」

「興味があったら、もちろんだよ」

「じゃあ、わたしもスピカちゃんと一緒に――――」


 夏美ちゃんがそこまで言いかけて、ハッとしたように口を押さえた。夏美ちゃんがちらっと生徒会室の方を盗み見る。


「わたしがスピカちゃんと一緒になったら、お姉ちゃんきっと怒るよね……」

「お姉ちゃん?」

「なっ、なんでもないよー。なんでも」


 夏美ちゃんが高速で首を横に振った。


「夏美ちゃん、私と一緒にアイドル部やってみない?」


 私がストレートにそう尋ねると、夏美ちゃんが申し訳なさそうな顔でうつむいた。

 

「ごめん、スピカちゃん。わたし、手芸部に入るって決めてるから」

「手芸部? そっか……」

「ごめんね」

「ううん、気にしないで」


 無理なものは仕方がない。 

 ここはいったん切り替えよう。


 では他に誰を勧誘するべきかだが…………高校生アイドルとして活動するには、曲を作る人が必要不可欠だ。


 曲を作る人…………あの人の顔が思い浮かぶ。


「よし。それじゃあ、私は行くよ。じゃあね夏美ちゃん。また明日!」

「…………うん、じゃあねスピカちゃん」


 私は夏美ちゃんと別れて、音楽を作れそうなあの人のもとに向かった。

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