第6話 生徒会室での戦い

『スピカちゃんが宇宙でいちばんかわいい!』

『わたし、スピカちゃんのファンになる!』


 私のファン第一号になってくれた大阪おおさか夏美なつみちゃんのことを考えて、ひとりでニマニマしながら生徒会室まで走った。


 アイドルってことはあれだよね?

 サイン会とか握手会とかもしちゃうんだよね?


 大勢のファンが長蛇ちょうだの列を作って、一番先頭に夏美ちゃんがいるのを想像する。


『スピカちゃんが宇宙でいちばんかわいいよぉ』

『きゃー、スピカちゃん、かわいい!』

『スピカちゃん、私と握手してっ!』


 うん…………いいな、悪くない。


 人には見せられない気持ち悪い妄想に、人には見せられない気持ち悪い笑みを浮かべながら、人には見せられない全力ダッシュで生徒会室に走る。


 生徒会室にたどりついた。扉をノックすると「どうぞ」という声が聞こえてくる。生徒会長の逢坂おうさか秋穂あきほの声だ。


 逢坂秋穂と二人きりの密室。

 なにも起きないはずがなく…………

 

 入学式であれだけドンパチやったのだ。

 きっと戦争が起きるだろう。

 

 ゆるんだ心を引き締める。


 パッパッと頬を叩いて、意を決して扉を開けた。


 そこは普通の教室と同じくらいの大きさの部屋だった。中央には机がぐるっと並べられ、生徒会の会議ができるようになっている。


 逢坂秋穂は奥にある生徒会長の特別席に座っていた。学生には高級すぎる黒の革張り椅子に腰を下ろし、机でなにやら書類仕事をしている。


 なんというか…………ヤクザみたいな椅子が似合う女だ。


 私を見ると逢坂秋穂は手を止めて、不快そうな表情を浮かべてこちらを見つめた。


「入学式ではお世話になりました、逢坂秋穂さん」


「こちらこそ。あなたに会えて嬉しいわ、冬空スピカさん」


 言葉とは裏腹に態度が語っていた。


 ――――あなたなんて顔も見たくない。


 逢坂秋穂の刺すような視線を感じながら、覚悟を決めて要件を伝える。


「単刀直入に言います。アイドル部設立の許可をいただきにきました」


「単刀直入に答えるわ、却下よ。生徒会の許可は下りない」


 逢坂秋穂がキッパリとした口調で答えた。取り付く島もない口ぶりに、さっそく声を荒げてバトルを開始する。


「なんでですか? 納得のいく理由を説明してください」


「別に…………私はアイドルなどという軽薄なものがきらいなの」


「でも、逢坂さんはアイドルなんですよね? Moonlight Dreams 所属、人気ナンバーワンアイドル、逢坂秋穂――――ここに書いてます」


「あら、よく調べたのね。確かに私は人気ナンバーワンなどと呼ばれているわ。私なんかが一番になれるのだから、アイドルなんてくだらない世界よね」


 逢坂秋穂がせせら笑った。


 アイドルがくだらないだと?

 自分もアイドルやってるくせに、マジでなんなんだこの女。


「とにかく、生徒会の許可は下りないわ。諦めなさい」


「だから、納得のいく理由を説明してください」


「言ったでしょ? 私はアイドルなんてきらいなの」


「逢坂さんはなんでアイドルを馬鹿にするんですか? 好きだからやってるんじゃないんですか?」


 私がそう尋ねると、逢坂秋穂が鋭い目で私をにらみつける。


「あなたには関係のないことよ」


 彼女が氷河のような声で言った。逢坂秋穂はペンで机をコツコツと叩きながら、不快感を隠そうともせずに私を見つめる。


「私に関係ないとおっしゃるなら、あなたの個人的な感情で私の邪魔をするのはやめてくれませんか?」


「私情で判断しているわけではないわ。これは生徒会長としての公平な判断よ」


「だから、納得のいく理由を説明してくださいって言ってるじゃないですか」


 私がそう言うと、逢坂秋穂は心底面倒くさそうに息を吐いた。彼女が苛立ちを隠さない声で言う。


「いいわ、説明してあげる。あなたのように新しい部を申請したい者は多い。けど、学校の資金や顧問の数は限られている。ゆえに、すべての申請を受けることはできない。だから、私が見込みのないと判断した者の申請は断ることにしているの」


「…………つまり、私に見込みがないって言いたいんですか?」


「いちいちそう言わないと分からない?」


 逢坂秋穂があざけるような笑みを浮かべた。


 この女、ほんとに…………


 入学式でも同じようなことを言われたのを思い出す。『私には分かる、あなたにはアイドルの才能がないわ』


 この女に私のなにが分かるんだ。

 私がどれだけ努力してきたか知らないくせに。


 怒りで声が震えるのを自覚しながら、逢坂秋穂に尋ねた。


「…………私がアイドルになれないって、なんの根拠があってそんなこと言うんですか。あなたに私のなにが分かるって言うんですか」


「あら、まだ自分の弱点に気づいてないの?」


 逢坂秋穂が口の端をゆがめて笑った。彼女は持ってたペンを置くと、机の上で手を組んで余裕そうな笑みを浮かべる。


「いいわよ、せっかくの機会だし教えてあげる。あなた、入学式で私に言い返そうとしたとき、ステージまでこれなかったじゃない。人前に出るのが怖いのでしょう?」


「それは…………そんなこと…………」


 人前に出るのが苦手。入学式の一瞬でそれを見抜かれていたことに驚いて、私は思わず返答につまった。


 逢坂秋穂がさらに畳みかける。


「アイドルの舞台は、入学式よりもっと大勢の人がいるわ。入学式で口喧嘩すらできなかったあなたが、アイドルとして歌って踊れると思う?」


「わっ、私はただ……大人の対応をしただけで…………」


 言いながら、説得力のなさに尻すぼみになった。


「それだけじゃないわ。あなた、新入生代表のスピーチでは相当緊張していたわね。人前で話すことすらろくにできないのに、アイドル活動はできないわ」


 またもや剛速球で痛いところを突かれる。

 彼女の言ってることはすべて正しかった。


 小学生のときにいじめられたのをきっかけに、私は人前に立つのが苦手になった。人前に立つと吐き気がして倒れそうになる。事実、あのスピーチですら、私にとってはギリギリの綱渡りだった。


 …………けど、結果として私はスピーチを無事に終え、みんなの前で目標を宣言することができた。


 昔の私では考えられない芸当だ。

 私はもうかつての私ではない。


 練習すれば、アイドルのパフォーマンスだってできる。

 私はそう信じてる。


「人間は成長する生き物です。練習すれば絶対にできるようになります」


「あら、ずいぶんと楽観的なのね。じゃあせっかくだし、あなたのその考えが糖蜜のように甘いことを、今からここで証明してあげましょう」


 今からここで…………証明するだと?

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