第5話 アイドル部が廃部に!?

 私は幼馴染の春野はるのひばりちゃんと別れて、部活勧誘を見に行くため校舎の外に出た。そこでは上級生たちが血みどろの新入部員争奪戦を繰り広げていた。


「そこのお前、テニス部の柱になれ」

「みんなーっ! サッカー、やろうぜっ!」

「われら伝統と革新のバスケ部。求めるは強者のみ」

「カバディ、カバディ、カバディ、カバディ」


 騒々そうぞうしい運動部たちの勧誘をすりぬけて、文化部ゾーンにやってくる。


「フェルトでエッフェル塔を作りませんか?」

「弓道部です。あなたのハートにラブアローシュート!」

「われら創造と破壊のプログラミング部。求めるは強者のみ」

「カバディ、カバディ、カバディ、カバディ」


 勧誘の嵐のあと、両手に抱えきれないほどのパンフレットを渡された。そして、いつのまにか勧誘ゾーンの終わりにたどり着く。


 あれ?

 アイドル部の勧誘なかったけど…………


 受け取った大量のチラシを一枚ずつ確認してみる。手芸、弓道、Eスポーツ、文芸、美術、合唱、プログラミング、ドローン…………アイドル部のチラシはない。

 

 もしかして通りすぎちゃった?


 アイドル部の勧誘を探して、勧誘ゾーンを逆戻りしてみる。でも、いくら探してもそれっぽい人は見つからなかった。


 あ、あれ…………

 なんでだ?


 アイドル部は勧誘してないのだろうか? でも、この新入生争奪戦は新メンバーを獲得する大チャンス。勧誘してそうなものだけど。


 再度アイドル部を探して敷地内を回ってみる。

 けど、


「あ…………アイドル部、どこ?」


 途方とほうに暮れて立ち尽くした。

 すると、誰かが私に話しかけてくる。


「あの…………冬空スピカちゃん、だよね?」


 声がした方を振り向く。

 そこにはひとりの女子生徒がいた。


 ふんわりとした長髪の、おっとりとした雰囲気の美少女だ。私がその子を見つめると、その子はなぜか顔を赤らめて地面を見つめた。その子が手をもじもじとして、恥じらうような仕草をする。


 誰だろう? 


「あなたは…………確か同じクラスの子だったよね?」


「わっ、わたしは逢坂おうさか夏美なつみだよっ、です」


「げっ。おっ、逢坂……?」


 逢坂ってことは、もしかしてあの逢坂おうさか秋穂あきほと関係があるのか? 確かによく見たら顔立ちが似てる気が…………


 思わずその子をじっと見つめる。するとその子はハッとした表情で、首をぶんぶんと横に振り回した。


「おっ、逢坂おうさかじゃなくて大阪おおさか! わたしは大阪おおさか夏美なつみだよ。大阪から来た大阪夏美!」


 あっ、なんだ。

 逢坂夏美じゃなくて大阪夏美か。


 大阪からきた大阪夏美ちゃん。

 覚えやくて分かりやすい。


「大阪夏美ちゃん、よろしくね。それで、私になにか用?」


「す、スピカちゃ――――こほん、冬空さんは、アイドル部に入りたいんだよね?」


「そうだよ。でもアイドル部が見つかんなくて……」


「あのね、とっても言いにくいんだけど、ほんとに言いにくいんだけど、単刀直入に言うとね、えっとね、そのっ、あの…………」


 大阪夏美ちゃんが単刀直入の「た」の字もないままモゴモゴと口ごもった。私がつづきを促すと、申し訳なさそうに言う。


「アイドル部は去年、解散になったの」


「か、かいさん……? マグロとかホタテのこと?」


「それは海産だよっ。わたしが言ってるのは解散。つまり部としては廃部になったってこと」


「…………はいぶ?」


「廃部だよ、廃部。だからアイドル部なんて部はこの学校にはもう無いの」


「――――えっ、ええぇえええぇえ⁉ ええぇえぇぇぇえええ⁉ えええぇぇぇえええええええぇぇぇええええ⁉︎ えっええっっええええええ⁉」


 驚きの事実に声を上げて、呆然として大阪夏美ちゃんを見つめた。


 アイドル部がなくなった? 


 なんで? なんでなんで?


 中学生のときに私が進学先を調べたときはアイドル部はあった。リミットレスの決勝まで行った実力派の部だ。だから私はこの学校を選んだ。確かにそれからアイドル部があるかなんて確認しなかったけど、でもまさか廃部? なんで廃部? 


 アイドル部が廃部になったら、リミットレスで優勝してプロデビューして世界を目指すという私のパーフェクトな計画が海のもくずに…………


「ああっ、ああアイドル部、なななくなっちゃったの? なななんで…………」

「それは……わたしからは言えない」


 大阪夏美ちゃんが暗い顔でうつむいた。

 なにか知ってるのだろうか?


「なななな夏美ちゃん、ななななにか知ってるの?」

「うん」


 夏美ちゃんが説明してくれるのを待つ。けど、彼女が口を開くことはなかった。彼女が話をすり替えるように私にたずねる。


「というかスピカちゃん、ほんとに知らなかったの? アイドル部が廃部になったってこと」


「知らなかったよ……私はなにも」


「そうなんだ。てっきりスピカちゃんもお姉ちゃ――――逢坂おうさか秋穂あきほさんみたいにアイドル部を作るのかと思ってた」


 ん? 

 お姉ちゃんが……逢坂秋穂?


 一瞬疑問に思ったけど、今はそれどころじゃない。


「アイドル部を……作る? そんなことできるの?」


 私がそう尋ねると、大阪夏美ちゃんが説明してくれた。


 いわく、この学校は新設校だからか、新しい部活がわりと簡単に作れるらしい。


 確かにさっきも、変な部活がいっぱいあったもんね。カバディとか、Eスポーツとか、ドローンとか。ああいうふざけた部活(というと怒られるからやめよう)が存在できてるのも、この学校の規則が緩いからなのか。


 アイドル部を作る…………その発想はなかった。


「どうやったら作れるの?」

「生徒会の許可が必要だよ」


 げっ。


 生徒会の許可……生徒会の許可……うん、早速いやな予感がしてきた。


「その生徒会の許可ってのはどうやって…………」


「生徒会長の逢坂秋穂さんに認めてもらう必要があるよ」


「あは、あはは…………そうだよね」


 いやな予感は当たった。逢坂秋穂からアイドル部設立の許可をもらう。タコにタップダンスを教えるほうが簡単そうだ。


 とはいえ、私が目指すレベルのアイドルになるには、リミットレスで優勝するのは必要不可欠。それに、みんなの前で優勝すると宣言した以上、アイドル部がじつは廃部になってました、あはは…………で終わらせることはできない。


 こういうのはグダグダ悩むより、即断即決で決める方がいいだろう。


 アイドル部がないなら自分で作ろう、と腹をくくる。


「よし、私、逢坂秋穂のとこに行ってみるよ。いろいろ教えてくれてありがとう」


「ううん、こちらこそ」


 夏美ちゃんいわく、逢坂秋穂は生徒会室にいるらしい。

 そっちに向かって走り出す。


 私が走り出したところで、


「ま、待ってスピカちゃん!」


 後ろを振り返った。

 どうしたの? と夏美ちゃんを見つめる。


 すると、


「――――わわっ!」


 思わず変な声が出た。


 夏美ちゃんが走って私に近寄って、私の手を胸の前でぎゅっと握ったのだ。夏美ちゃんがぐんと顔を近づけて、鼻のぶつかりそうな距離で私を見つめる。


 いきなり至近距離で見つめられ、心臓の鼓動が跳ね上がった。


 長いまつ毛に囲まれた夏美ちゃんの瞳が私を見つめる。ふわふわとした髪が軽やかに揺れ、シャンプーのいい香りが漂ってくる。


 ど、どど、どうしよう。

 夏美ちゃんが、夏美ちゃんが…………


 焦る私の内心には気づかずに、夏美ちゃんが真剣な表情で私を見つめて言った。


「あのねスピカちゃん。いろいろ大変かもしれないけど、がんばってね。スピカちゃんなら絶対にワールドツアーも行けるって、わたし信じてるから」


 私なら絶対に行ける?


 どうしてそんなことが言えるのだろう、と不思議に思った。

 夏美ちゃんの顔には一ミリの疑いも見て取れない。


「なんで……なんでそんなこと言えるの? 私たち初対面だよね?」


 思わず夏美ちゃんに尋ねる。


「それはね…………」


 ごくり、とツバを飲みこむ。

 夏美ちゃんの顔をじっと見つめた。



「だってスピカちゃん、かわいいんだもん!」



 ――――えっ?


 かわ…………なに?


 今なんて言ったの?


 ポカンとして夏美ちゃんに尋ねる。


「かわ……なんて?」


「かわいい! スピカちゃんはかわいいよ!」


 か……かわいい?


 かわいいって、あの「かわいい」か。

 時間をかけて夏美ちゃんの言葉を飲みこむ。


 ――――って、私がかわいい⁉


 かわいいって、私が?

 

 私は今、かわいいって言われてんのっ?


 …………今まで容姿のせいでいじめられてきた。外国人と笑われたり、肌が白くて幽霊みたいと言われたこともあった。

 

 私をかわいいなんて言ってくれた人はいなくて、こんなふうに褒められるのは初めてで面食らってしまう。


「かわっ、かわいいって…………ぜっ、ぜんぜんそんなことないよ」


 顔が熱くなるのを感じながら、下を向いて否定した。すると夏美ちゃんがさらに追撃を加えてくる。


「スピカちゃんはかわいいよ! どこがかわいいか発表してもいい⁉」


「えっ、どうぞ……」


 困惑しながらもうなずくと、夏美ちゃんが鼻息を鳴らしながら言った。


「まずその金色の髪! 入学式で見たときもキラキラしてて、お姫様みたいにかわいいって思った」


「は、はうぅ…………」


「それから目もかわいいよ! さっき話してて思ったけど、青い瞳がすっごく綺麗! なんていうか…………氷みたいに透き通ってて冷たそうだけど、よく見ると優しいのが伝わってくるんだ~」


 無理無理無理。

 

 顔が熱い。

 火がついたみたいに熱い。


 恥ずかしさのあまり、手をバタバタを振って必死に否定する。


「ぜっ、ぜんぜんそんなことないよ! ほんとにそんなことない!」


「えーっ、ほんとだよ! ねえスピカちゃん、目見せて」


 夏美ちゃんがそう言って、私のあごを手で持ち上げた。いわゆる「あごクイ」という体勢になりながら、うっとりとした表情で私の顔を見つめる。


 まって、心臓がやばい。


 夏美ちゃん超美少女だし、なんかめっちゃドキドキする。


「スピカちゃんの目、かわいいなぁ。さわってもいい?」


「いや、さわるのはダメでしょ!」


 夏美ちゃんが私の眼球に手を伸ばした。

 身の危険を感じて後ろに飛び下がる。


「うふふ……なんで逃げるのスピカちゃん?」


 満面の笑みで壁際まで追い詰められた。

 殺されるかもしれない、私はそう思った。


 夏美ちゃんがいわゆる壁ドンをする。


 あ、ああ…………


「それからスピカちゃん、スタイルがすごくいいよね! 胸はちょっと控えめだけど、そこが逆にかわいいし――――」


 胸は控えめだけど逆にかわいいってなんだ。

 そこはちょっと不満なんですけど。


 夏美ちゃんの胸を見る。

 同世代の中ではだいぶ大きい。


 ……………………。


「――――それから、笑ったときの口元がかわいい! 真面目なときは意外ときりっとしてるのに、笑った瞬間にふんわり優しくなる感じが――――」


「あーあーあー。聞こえませーん!」


 耳をふさいで大声を出す。


 けど、腕をガシッと掴まれた。

 夏美ちゃんが私の手を耳から引きはがす。


「スピカちゃんは宇宙で一番かわいいよ?」


 あっ…………ダメだ。

 私、褒められる耐性がない。


 あまりに多く褒められすぎたせいで、自分の中でなにかがエラーを起こした。足元がふらついて、思わず地面にうつ伏せになって倒れる。


「わっ、倒れちゃった。スピカちゃん大丈夫?」


「だ、だいじょいぶ」


 顔が熱い。地面の冷たさで体と顔面を冷やしながら、土を食べそうになりつつ命に別状はないと答える。


 体が冷えたところで、気を取り直して夏美ちゃんに向き合った。


「夏美ちゃん、いろいろありがとう。今日会ったばかりだけど、夏美ちゃんに出会えてよかったよ」


「で、出逢えてよかった……? きゅっ、急にどうしたのスピカちゃん? そんな、わたしまだ心の準備が…………」


 夏美ちゃんがなぜか頬を赤く染めて、手で口を覆ってアワアワとしだした。


「部活のこととか教えてもらったし、たくさん褒められて元気ももらった。だから、ありがとうって伝えたくて」


「あっ、そういうことか…………」


 夏美ちゃんがホッとしたように胸をなでおろす。

 …………いや、なにをどう勘違いしてたの?

 

 まあいいや。


「夏美ちゃん、私がんばるよ!」

「うん。応援してるね。わたし、スピカちゃんのファンだから」

「えっ、もう?」

「もうだよっ」

「そっか……ふふ、ありがとね」


 期待に応えられるよう頑張らなきゃだ。

 夏美ちゃんと別れて、生徒会長の逢坂秋穂のもとに走った。

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