第13話 関わる人々の決断……③
ファスの実家の前に着き車を駐車場へ停める。
「これまたご立派な家だ……緊張してきたんですけど先輩!!」
さっきのウキウキワクワクかつ私に気を遣ってた雨湯児さんが壊れてきた。
「この大きな家に3人だからね……うーん、改めて思うと空き部屋がかなりありそうだな」
二人して屋根まで顔を上げて見てしまう。
「さ、行くよ」
私は歩き始める。付いてくる雨湯児さん。緊張する私。緊張する雨湯児さん。
インターホンを押して少ししたらドアが開く。
「おかえり、そしていらっしゃい2人とも、遠くからありがとう」
ファスのお母さんが微笑みながら私の前に立ち抱きしめてきた。
背は私より高くちょうど胸に私の頭が収まる。温かい、落ち着く少し甘めの香り、とても柔らかい感触。
葬式の後にも抱きしめて貰ったけどこの温かさを感じる程余裕は無かったようだ。今はよく分かる、温かくて気持ちのいい感触。
「ただいまです、お母様もお元気そうで良かったです」
体を少し離して顔を見て話しかける。
私にとってのファスは恋人だったけど、この人にとっては一人の娘を亡くした親なのだ。私より辛いはずだ。
「この子がデリスの後輩で雨湯児飛燕さんですよ」
雨湯児さんを紹介する。
「雨湯児です!デリス先輩とは同じ部活でした…たまたま夜月先輩と会ってデリス先輩の事を聞きました…とても残念です」
顔を少し伏せ挨拶を済ます雨湯児さんにお母様は私と同じように抱き寄せる。
「よく来てくれましたどうかあの子のことを思ってください、あの子はいい学友を得たのね」
言い終わると体を離し玄関は手を向けて声をかけてくれる。
「さあ、上がって、デリスのところに案内するわ」
私は緊張して気付けば目の前にファスの遺影、骨壷の入った箱の前に雨湯児さんと座っていた。
「少ししたら先輩と話がしたいって言ってましたので私はここで待ってますね」
雨湯児さんが声をかけてくれる。
「え、ああ、うん。分かった」
少し上の空、大丈夫、大丈夫と言い聞かせる。
「先輩」
一言雨湯児さんが言うと手を握ってくれた。
温かい手に包まれ落ち着きを取り戻していく。
「ありがとう、落ち着いたから行ってきます」
「行ってらっしゃい夜月先輩、私はもう少しデリス先輩と居ます」
部屋を後にしリビングへ向かうとお父様も座ってた。
「おや、もういいのかい?」と声を掛けてくれるお父様。
「はい、ありがとうございます。雨湯児さんはもう少しデリスといたいみたいですから私だけ来ました」
お父様は分かったと言いお母様を呼んだ。
目の前に紅茶が出されお母様も席に座る。
「紗凪ちゃん、結論から言うね」
お母様は私の目を見据えハッキリと言葉を出す。
「私達は息子の居るドイツにしばらく帰る事にしたの」
私の耳にもしっかりドイツに帰ると聞こえてしまった。聞き間違えのしようもないハッキリと。
こう言う時の母の予感は当たるのが憎らしい。けどある意味当然の決断だと思う。
「そう…なんですね、たしか叔母さんの家にいるのでしたっけ?」
弟くんの名前は確か……ミハイル君だっけか…
「そう、あの子はドイツの学校に通いたいからって妹に面倒みてもらってるの」
お母様が説明してくれるとお父様が補足だけどと口を開く。
「妻は7月中にドイツに帰る予定だよ、私は8月中頃に行く予定だから、それまでは時間を合わせれば来てもらって構わないよ」
ホントにここまで気を遣って貰えるのは嬉しい、でもみんな居なくなってしまう。
「ありがとうございます、分かり…ました。寂しくなりますね」
ああ、離れていく…
「デリスは…幸せだったと思うよ、紗凪ちゃんの話をするあの顔、いつも、いっつも楽しそうだったよ。日本に連れてきて良かったと心の底から思えたよ。君のおかげだよ」
お父様がいい終わると三人が同時に紅茶に口をつける。
「ええ、ホントに……」
ハンカチで顔を隠し涙を流してるのが分かる。
「ドイツは現時点に於いて同性愛についてはかなり寛容な国だから法律的には守られてるし宗教的にも無宗教な人も割といるんだ、だけど中にはキリスト教などを強く信仰してる人も他の宗教も色々な人が居るんだよ」
お父様がドイツにいた時の話しをしてくれる。私もファスから少し聞いたことがある。
「たまたま同じクラスの友達が敬虔なキリスト教徒でデリスが女性にばかり興味を持つ事に違和感を覚えたのか訊いてきたんですよね『女の子が好きなの?』と」
私が言い終わるとお母様が口を開く。
「子供は残酷な時があるよね、それからあの子に近づく子は男女共に減っていったの。『あの子と居るとおかしくなるから近づかないで』って親が子供に言ったのか分かんないけどそんな噂が流れたわね」
紅茶を一口飲んで少し静かになる。
「見かねて日本に来たけど、結果は良かったわ。ホントに楽しそうだったわ」
私に微笑みかけてくる。でも私は…ファスのガンに気付かなかった、近くにいた私は彼女を守れなかったのだ。本当は怒り散らかしてもおかしくないはずなのに。どうしてこんなにも温かいのだろう。
「紗凪ちゃん」
一言名前を呼ぶと私の席の横までお母様がが寄ってきて…私の頭を抱きしめてきた。
「ありがとう、これからもデリスの事想ってあげてね」
お母様の胸の中で私は頷く。もちろん忘れない、これからもずっと想って生きていく。
そう決意しかけた時にお母様が私を解放し『だけどね』と私目を見て言ってきた言葉は『大人』だからこその言葉だった。
「デリスに囚われてはダメだからね」
囚われてはダメ…私には想う事と囚われることの違いが直ぐには分からなかった。
「え?」
どこか抜けた声が出てしまった。
「うん、紗凪ちゃんはまだまだこれからが人生なの。だからデリスの事に囚われて新しい色々な人との出会いの障害にはなって欲しくないの」
何を言ってるのか、私の事を認めて分かって受け入れてくれる人なんてこれから現れてくれるわけなんて……
「大丈夫、意外と近くに居るものよ。直ぐに心を決めなくていいけど、引っ張られすぎたらきっと…デリスは夢に出てきて怒るかもね」
羨ましいぐらいに綺麗な欧州人の笑顔…
「紗凪ちゃん、今度は私達からご両親に挨拶をさせてもらうよ。今すぐいなくなるわけじゃないからまたおいで」
ホントに私の周りは優しくて現実を突きつけてくる。
「はい…分かりました」
子供じゃないから、自分は大人だから、駄々をこねるわけではないが…みんな離れて行くのは辛い……
グルグル思考が進まない中、お母様が手を叩き…
「うん!大人の暗い話はこれぐらいにして、私の焼いたバームクーヘン食べましょ!」
ホントに、ホントに私は……子供なのかもしれないと思った。
「では、雨湯児さん呼んできますね!」
唇を噛みながら雨湯児さんを呼びに部屋に向かった。
「あ、先輩」
少し目が赤い雨湯児さんを見て少し安心した。
「泣きそうなのは私だけじゃなかったみたいね。バームクーヘン…食べるわよ」
イタズラっぽく言い放ったら笑いながら答えが来る。
「はい!いただきましょう。先輩」
雨湯児さんはどんな事を想ってたのか、私はただただ気になりだした。
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