第10話 変わりゆく何か…④
「夜月先輩はデリス先輩の両親とも仲いいんですか?」
咀嚼した物を飲み込んだ雨湯児さんが疑問を投げかけてきた。
確かに同性の人と同棲してた訳なのだから親はどう思うのかなど疑問に思っても不思議ではない、嘘をつく必要もないから素直に答えるべきかと悩む。
「うん、いいと思うよ。色々気にかけてくれたし、家に招いてくれてご飯も一緒にしたり、私の母とも一緒にご飯食べたよ」
少し懐かしい光景を思い出しながら答えた。
「そうなんですね、なんだかとても楽しそうな雰囲気を感じますね。そうですね………」
何か聞きたいけど聞けないと言うのが素人目にでも分かる様子の雨湯児さんだ。私もこの部屋の事を聞きたいし少し助け舟をだしてあげる。
「聞きたい事があるなら聞いて、答えられる事は答えるよ」
微笑みながら言ってあげると雨湯児さんはこちらを見て少し考えてるようだ。
「いえ、その…。それほど仲が良くて若くしてデリス先輩は亡くなったんだな、と…。普通ならもっと仕事に行けないほど落ち込んでもおかしくないのに夜月先輩は仕事に来れてたのは何故なのか気になったんです」
そうか、雨湯児さんはそう感じてしまってるんだ。けど答えは簡単である。
「そうね…そう見えるのが不思議なんだね」
私がそう答えると彼女はうんと首を縦に振った。
「答えは簡単だよ、ファスファイトは死ぬ時期が分かってたからだよ」
私が最も落ち込んだのはもう助からないほど病気が進行してた事に気付かなかったあの時だ。……思い出したくもないけど。
「え?どう言う事ですか?」
意味がわからないと言わんばかりの言葉が帰ってくる。
「みんながみんなそうとは限らないけど…少し話はずれるけど死刑囚が一番取り乱す、動揺しやすい時って知ってる?」
私はそう投げかけた。
「いえ、知らないです。けど執行前が一番何じゃないのでしょうか?」
それ以外ないのではないかと言わんばかりの答え方だったが私は首を横に張る。
「死刑が確定した時に被告人は取り乱すんだよ。人は避けられない死に直面した時に取り乱したり落ち込むものよ」
もちろん突然の死の知らせに動揺するのは当然ではある。
「だから私はファスの検査結果を知らされた時に落ち切ってたし一人じゃなかったから私は『助かった』のよ、助かってほしかった人よりね」
自嘲気味に言うしかなかった、今でも悔しくて虚しくて気付かなかった自分が憎いとも思う時もあるけども…
「先輩…」
「けど私はあの人の分まで生きなきゃいけないのよ。幸せになれって言われてしまったしね」
けど今の私にとっては暗闇の中から黒光りする宝物を見つけるような気分だ、私だけ生きてて良いのか苛まれる。
「……先輩は自殺とか考えたのですか?」
物凄い真剣な顔で聞いてくる雨湯児さんが私に僅かな焦りを与えてくる。
「私は考えた事はないよ、そりゃここから消えたいーとかはあったけど死にたいとは思わなかったと思う」
何が正解かわからない問いには素直に答えるのがいいだろうと思った。
「もし突然ファスが死んだならあり得たかもしれないけど、雨湯児さんはそう思う時あるの?」
「いえ!今は無いですよ!それと先輩は自殺はいけない事だと思います?」
『今は無い』と言う言葉に驚きを禁じ得ないが深く聞くことは今はしない、聞いてしまっては距離感に私は絶対悩む事になる……
「私はいけない事とは思わないよ」
その言葉に雨湯児さんは息を呑んだ。
「これは自論みたいなものだけど、自殺って生きる権利の行使をやめた結果に起きる事だと思うの」
つまり自殺がいけないのでなく自殺してしまう環境がいけないと思う、雨湯児さんは黙って聞いてる。
「雨湯児さん、生きるのが辛くて明日が来るのも耐えられない人に死すら選ばせてくれないなんて、残酷じゃないかな?そんな人達がどうなるか分かる?」
問いかける。
「自暴自棄になって何するか分からないか何もできないで廃人みたいになるとか?」
雨湯児さんの過去に何があったのが気になりだす…
「そうなってくるとそれはもう本人の意思で狂人になってるのか廃人になってるのか分かんないでしょ?だから自分が自分であるうちに終いをつける事は悪いとは私は思わないかな」
言い終わると真剣な顔をした彼女が口を開く
「先輩が初めてですね、死んじゃダメとか言わないのは」
彼女の顔は暗く言葉も重い。私は言葉を重なる。
「勘違いしないで欲しいのだけど、死にたかったら死んだらいい訳じゃなく本当に死ぬしかないのか他に出来ることがあるか待つことができるかを考えてどうしようもない時だけ死を選べばいいってだけだからね」
死にたきゃ死ねばいいも生きてたらいい事あるも生きてていい事しかなかった人の言葉だと思う、運がいいだけだと思う。
「先輩、ありがとうございます。少し気分も落ち着きました」
少し明るい声で雨湯児さんは顔を上がる。
「お役に立てて光栄です、思い詰めることがあったら話だけはとりあえず聞くわ」
ありきたりな言葉しかでないけど変に気取ってなにか適当な事を言って変なことがあったら…変なこと…
「それじゃ、いい時間だし帰るね。また明日の昼過ぎに迎えにくるね」
地元まで1時間半ぐらいの道のりだ、約束は3時のオヤツ時と言うことになってる。
「あ、はい!お弁当の容器は処分するので置いといてください」
ありがとうと言って玄関へ向かう。
「夜月先輩、今日はありがとうございました。とても楽しかったです!明日もよろしくお願いします!」
満面の笑みで手を振る雨湯児さん。表情の落差が激しい彼女が私の脳裏から離れることはなくなってしまった。
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秘密と秘密で百花蜜 紅色甜茶 @hwved_19
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