第十四話 お持ち帰り

 カンヌキの様な役割をしていた足元の十字架を俺が浮遊魔法を使って引き抜くと、同時に父は頭側の十字架を引き抜いて俺達は引き抜いた十字架を部屋の隅に投げ捨てた。

 黒く大きな棺の蓋を父が持ち上げて横に立て掛けたので皆で恐る恐る覗き込むと、棺とは全くサイズが合っていない二・三才ぐらいの女の子が死んだ様に眠っていた。

 棺の真ん中に横たわっているので頭と足に刺さっていた十字架はかすってもなさそうだが、肌は不健康そうな程に白く、髪の毛も真っ白で服も白のワンピースなので白尽くしだ。

 それを見て父が、


「小さな女の子…?」

「だね…声も聞こえたし生きてる…よね…?」


 俺がそう言うと父は二本指を首に当て脈の確認をし、続いて鼻の前に手の平をかざして呼吸の確認をした。


「脈も呼吸も弱いが微かにしてると思う…

 出してみるか?」

「そうだね…

 ここは寒いし清潔じゃないから出してあげて家で看病した方がいいかも…」

「分かった、じゃあ抱き上げるぞ?」


 俺は黙って頷くと父はそっと優しく女の子を抱き上げた。


「じゃあすまんがゲートを家まで頼めるか?」

「あぁ、いやその前にまずはこの地下から出て肖像画の仕掛けを元に戻したり玄関の戸締まりをした方がええんちゃうか?」

「確かに…じゃあとりあえず館の入口にゲートを出すね」


 その後俺達はゲートで入口に戻り、肖像画の仕掛けを戻して地下室が再度隠れた事を確認したり玄関を施錠したりしてから再度ゲートで家に戻った。



 白く儚い少女を連れ帰った俺達はひとまず空き部屋のベッドに寝かせ、俺は水玉をポーションやマジックポーションに変化させて口から無理矢理飲ませた。

 前世の記憶を参考にファンタジー要素を含めて考えると血を与えるのがいいかもしれないが、この世界ではそれは正しくないかもしれないのでやめておいた。


 なお、口を無理矢理開けさせて水玉を喉奥まで流し込ませた時、少女にはまるで吸血鬼の様な立派な犬歯があった。


「この白い肌と髪、それに牙…

 この子はもしかしたら、絶滅したと言われている吸血鬼族かもな…」

「父さんは吸血鬼族の事詳しいの?」

「いや、人伝や書物なんかで軽く聞いたり見たりした事がある程度かな…

 実際に見るのは初めてだ…」

「どんな言い伝えがあるん?」

「んー、人間族と、悪魔族か魔族のミックスが起源って聞いたがそれ以外は特に思い出せないな…」

「そっか…」

「まぁ様子見するしかないんやし看病するヒトが倒れてもあかんからとりあえずお二人さんは夕飯でも食うて来たらどや?この子は儂見とくし!」

「そうだな、ニョロさんにお願いして俺らはパパっと食事を済ますか」



 ニョロを部屋に残して俺と父は夕飯を取ったが、父は翌日も仕事の予定があったのでこの後の看病は俺がする事になった。

 夕飯や入浴を終えて俺が少女の部屋に戻ると、


「相変わらずやな…」

「そっか…」


 そう言って俺は少女の脈と呼吸を再度確認したが連れ帰った時と変わらず非常に弱いままだ。


「いずれ良くなるんかなぁ…?」

「どやろなぁ…」

「試しに血を飲ませてみるのはどうかな?」

「まぁお前さんの記憶にあったから言うて来るかなぁ思うてたけど儂もこの世界の吸血鬼にそれが正解かどうか分からんからなぁ…」

「ね…それにもしかしたら人間族以外の血は毒とかの可能性もあるしね…」

「ほんまそれな」

『ダイ…ジョウ…ブ…』

「「お!?」」

『ダイジョウ…ブ…アナタノ…チヲ…スコシ…ワケテ…』

「今大丈夫言うたよな、この子!」

「うん、俺も聞こえた!やっぱり血を飲ませた方がいいみたいだね!」


 声が聞こえて安心した俺は少女の口を無理矢理開かせ、自分の親指の腹を少女の牙に強く押し当てた。

 そのままの状態で十数秒俺の血を飲ませていると、


「ん…」


 少女が呟いてゆっくりと真っ赤な目を開いたので俺はそっと指を引き戻した。


「お!起きた!?」

「ここ…は…?」

「おはよう!体は大丈夫?痛いところとかない?」


 突然目の前に知らないヒトがいて急に質問攻めをしたから少し怯えたのか、少女は上半身を起こしながら後退りし、掛け布団を引っ張って肩まですっぽりと包まった。


「あな…たは…?ここ…は…どこ?」

「俺はサンノ!このフワフワ浮いてるのはニョロ!

 で、ここは俺んちだからもう君は安全だよ!」


 まだ状況が飲み込めていない様で完全にこちらを警戒しながら怯えている。


「記憶はある?」

「記憶…?分か…らない…何も…分からない…」

「まぁ目覚めたばっかで混乱しとんかもしれんしな」

「あぁ確かにそうだね…

 目が覚めたら急に知らない所にいて怖いかもしれないけど、ここには誓って君にひどい事するヒトはいないから安心して!」

「安…心?怖い…ヒト…は…いない?」

「うん、いないよ!

 明日君が起きるまで俺とニョロが付いてるからまだもう少し休んだら?」

「分か…った…」


 少女はか細い声で返事をしたらもぞもぞとまた体を仰向けに倒して目を閉じた。

 俺は静かに部屋の明かりを消し、少女の寝息が聞こえて寝た事を確認したら、少女が寝ているベッドの足元に床座りをして落ち着いた。



 翌日、日が出てすぐの早朝に突然の、


「痛い!」


 と叫びにも似た少女の声で俺はビクッと飛び起きた。


「どうした!?」

「あぁ、日の光かもしれん!」


 ニョロにそう言われてとりあえず急いで俺は窓の遮光カーテンを閉じた。


「そっか、吸血鬼族は前世の記憶と同じで日の光に弱いのか!

 ごめんね、気付くの遅くて」

「大丈夫…前世の記憶?って何?」

「あぁ、えっと…何て言えばいいかな…

 生まれる前の記憶があるって感じかな…?」


 小さな子供に言葉の意味を詳しく話してもまだ分からないかなと思って俺はざっくりとした説明をした。


「まぁこいつが生まれる前の、こいつとは別の人の記憶があるっちゅう感じやな!」

「別の人?自分じゃない記憶?」

「ま、まぁそんな感じかな…深く気にしなくていいよ!」

「私もある…自分じゃない…別の生き物の記憶…」

「え?」「ん?」


 俺とニョロがびっくりしてハモった。


「よく分からない…色んな記憶が…グチャグチャになってる…」

「そ、そうだよね!病み上がりみたいなもんだしね!

 まずはお腹空いてない?」


そう言うと少女はお腹を触り、


「お腹…空いた…」

「了解!じゃあちょっと待ってて!

 父さんに君が起きた事を報告して何か消化に良さそうな物持って来るよ!」

「うん…有難う…」


 とりあえずは少女が落ち着いた様で安心した俺は報告と食事の準備をする為、ニョロを残して部屋を出た。



 少女の部屋を出た俺は父の寝室に向かいドアをノックした。


 コンコンッ


 まだ早朝の為寝ているのか反応がない。


 コンコンッ


 先程より少し強めに再度ノックすると、


「ん?サンノか?」


 中から寝起きの声が聞こえた。


「おはよう父さん、朝早くにごめんね。

 昨日連れ帰った子が目覚めたから起こしに来たんだけど…」


 寝惚けているのか少し間が空いた。


「え!目覚めたのか!すぐ行く!ちょっと待ってろ!」


 中からバタバタと音が聞こえる。

 そう、父はパンイチで寝るセミ裸族なので恐らく今急いで部屋着を着ているのだろう…

 少し待ち静かになったと思ったらドアが激しく開かれた。


 バタンッ!


「待たせた!部屋に行こう!」

「あ、ごめん、できたら何かあの子が食べれそうなご飯ってある?」

「あぁ、じゃあ昨日の夕飯の残りになるけどチキンスープにトマトを入れて温めて持って行くわ」


 そう言うと父はキッチンに向かい、俺は少女の部屋に戻った。

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