第7話
溝口は速足で駅の方角に歩いていく。僕は一定の距離を維持しながら、その後を追った。彼が駅について電車に乗ったのを確認して、僕も同じ電車に乗る。電車が発車すると溝口は資料を取り出し、読み込んでいた。きっと商談の前の最終確認だろう。僕は溝口の行動を監視しつつ、怪しいストーカーがいないか、あたりを確認していた。
溝口は働いているビルの最寄駅から二つ隣の駅で降りた。電車の中では特に怪しい人物は見つけられなかったが、彼は商談前で緊張した様子だった。駅を出ると溝口は駅の目の前にある大きなオフィスビル、水島商事の本社に入っていった。
僕は少し時間をあけてから、イヤホンを外してビルの中に入る。
「こんにちは。本日はどのようなご要件ですか?」
当然の如く、受付で止められた。僕は深呼吸しながら笑顔を作った。誰にも探偵だとばれないように振舞わなければならない。僕は社内見学に来た大学生のような気分で言った。
「僕は青山健司と言います。僕はこの会社に興味があって、できればぜひ社内を見学させていただきたいんですけど」
受付のお姉さんは僕の話を聞いて、パソコンで何かを調べている。
「承知いたしました。今から担当の者が参りますので暫く掛けてお待ちください」
そう言って受付にあるソファで待たされることになった。僕は溝口がどこに行ったのかを考えていた。スマホで水島商事の内部構造を検索し、応接室や談話室、商談室がどこにあるのかを覚えていた。怪しいのは一階と四階、そして六階。
「お待たせいたしました」
後ろから声を掛けられ、振り返るとそこには黒髪ロングで背の高い、美しい女性が立っていた。
「青山さんですよね?」
「はい、そうです」
「本日社内見学を担当させていただきます鶴見香菜と申します。短い間ですがよろしくお願いします」
そう言って、会社の金をヤクザに流している彼女は頭を下げた。僕は心の中でガッツポーズした。
僕が受付に止められていた間に、溝口はどこかに行ってしまって、僕はその姿を見失ってしまった。しかし、殺し屋の仕事の方のターゲットが見つかったので結果オーライだったかもしれない。
鶴見香菜、彼女はきっと、この会社の中でも優秀なのだろう。仕草や話し方から仕事ができるオーラがすごく出ていた。
「本日はよろしくお願いします」
僕はそのオーラを感じ取っていないように、無邪気に笑いながらお辞儀をした。
「では、実際に会社の中を見学していきましょうか。まずはエレベーターに乗って八階に参ります」
彼女はそう言うとエレベーターの方まで歩いていき、ボタンを押した。僕もエレベーターのドアの前から大きな応接室を横目に確認する。電気もついてないし、人影もない。ここに溝口は居なさそうだ。少しするとエレベーターのドアが開いた。エレベーターに二人で乗ると鶴見は⑧と書かれているボタンを押して、ドアを閉めた。
「八階より上は見ることはできないんですか?」
僕は首をかしげながら鶴見に聞いた。
「ええ、大変申し訳ないのですが、それより上には契約の相手様の情報や企業秘密が多くありますので、原則、社員しか入れない規定になっております」
八階より上には社員しか入れない。一階は受付と応接室。その応接室には人の影がない。つまり、今、溝口が居るところは二階から八階のどこか。だんだん絞れてきた。階がわかれば、鶴見を巻いて、様子を見に行くことができるだろう。
「そうなんですね」
そこでエレベーターは八階に到着し、ドアが開いた。そこには誰もが想像するようなオフィスが広がっていた。机の上に一台ずつパソコンが置かれ、社員がパソコンとにらめっこをしている。そんな景色だった。
「ここが大体社員が作業するオフィスになっています。ここには、これと言ったすごいものがあるわけではありませんが、集中して作業ができるような環境が整っております」
結構な声の大きさで説明をしているが、誰一人として、こちらを向かない。ある意味不気味な空間だ。
「この階には、オフィスしかないのですか?」
「そうですね。この八階は個人で作業をするための階、という感じです」
この感じ、八階には溝口は居なさそうだ。そう切り替えて、鶴見の行動を見張る。鶴見にも今のところ隙が見えない。施設を紹介しながらも僕の目の動きをよく見ている。
「では次の階に参りましょうか」
そう言って鶴見と共に連絡用階段で七階に下りた。七階はすべてを使って一つの大きな部屋、いや、講堂と言った方がわかりやすいかもしれない。そんな大きな部屋が一つあるだけだった。
「ここはとても広くて、すごいですね」
僕は調査のことも忘れて本気で広さに圧倒されてしまった。
「七階は年に一回開催される社員総会で使われる階なんです。社員総会では社員全員が出席して、企業会議を行います。後は、株主総会でも使われますね」
鶴見は淡々と機械のように説明していく。僕は帰ったら、水島商事の株を買うことを検討しようと思った。
「では次は六階に参りましょうか」
そう言って鶴見は僕の前を歩いていく。その背中はまるで「殺せるものなら殺してみろ」と言わんばかりだった。しかし、僕の影や気配から動きが読まれているのだろう。ここはおとなしくしておくべきだ。
僕は歯痒くて上唇を噛んだ。
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